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シリアのアサド政権は「まだ」化学兵器を使っているのか、そして「また」使うのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

米国がシリアのバッシャール・アサド政権による化学兵器使用へのバッシングをにわかに強めている。

2月2日付のロイター通信によると、ジェームズ・マティス米国防長官は「シリア政府は度々塩素ガスを兵器として使用している」としたうえで、「我々はサリン・ガスが使用された可能性についてこれまで以上に強い関心を持っている…。ただし、その証拠は握っていない」と述べた。

マティス国防長官はまた「現場で活動するNGOや戦闘員が、サリン・ガスが使用されてきたと言っている」と付言、「我々がどのように対応するか見てきたはずだ」と述べ、再び懲罰攻撃に踏み切る可能性も示唆した。

これに先立って、1月23日にも、フランスの首都パリで開催された「化学兵器使用不処罰に反対する国際パートナーシップ発足会議」で、レックス・ティラーソン米国務長官が「シリア政府がおそらく化学兵器を再び使用した」と述べていた。

米国に介入の「好機」を与えるアジェンダ

化学兵器問題は、米国がシリア情勢に介入する「好機」を与えてきたアジェンダだ。

2013年8月にダマスカス郊外県グータ地方で発生したサリン・ガス使用疑惑事件では、化学兵器を「ゲーム・チェンジャー」と位置づけていたバラク・オバマ前米政権が軍事介入をちらつかせることで、アサド政権に圧力をかけた。アサド政権は、ロシアとの協議の末、一貫して否定してきた化学兵器の保有(使用ではなく、あくまでも保有)を認め、化学兵器禁止条約(CWC)に加盟することで、米国の攻撃を回避した。化学兵器禁止機関(OPCW)は2015年1月、シリアで化学兵器が全廃されたことを確認した。

一方、事件を機に採択された国連安保理決議第2118号を起点に、米国はロシアとともに、国連主催のジュネーブ会議(シリア内戦の政治解決を目的とする和平協議)の共同議長国となった。

なお、グータ地方での事件は、2013年12月に国連調査団(同年3月にアサド政権の要請に基づいて設置)が発表した最終報告書において、「地対地ロケット弾にサリン・ガスと思われる有毒ガスが装填され、住民に対して使用された」と結論づけた。だが、調査団は化学兵器使用の実行犯を特定する権限を持たなかったため、アサド政権は追及・制裁を免れた。

その後、アサド政権(そして反体制派)による塩素ガスの使用が問題視されるようになると、国連は2015年3月、米とロシアの合意に基づき安保理決議第2209号を採択、サリン・ガスなどの化学兵器に加えて、塩素ガスの使用を禁止、国連とOPCWの合同査察機構(JIM)を設置し、シリア国内での調査と責任追及を行うことを決定した。

JIMは2016年8月に提出した報告書で、調査対象となった9件の事件のうち3件でアサド政権が塩素ガスを使用したと結論づけた。だが、これに先立って「塩素そのものは歴史的に化学兵器には挙げられない」と述べ、アサド政権による使用を「レッド・ライン」としないとの立場を示していたオバマ前政権は、行動に訴えることはなかった。

化学兵器問題を幕引きした米露のかけひき

化学兵器問題のなかでもっとも記憶に新しいのは、2017年4月4日のイドリブ県ハーン・シャイフーン市でのサリン・ガス使用疑惑事件、そしてこれを受けてドナルド・トランプ米政権が同月6日に敢行したシリアへのミサイル攻撃だ。

59発ものトマホーク巡航ミサイルが使用された攻撃では、ヒムス県中部にあるシャイーラート航空基地が標的となった。だが、アサド政権の化学兵器開発・使用能力を奪うというトランプ米政権の意気込みとは裏腹に、基地は1日足らずで復旧、また有毒化学物質や関連装備が存在し、破壊されたことが確認されることもなかった。しかも、攻撃は同地に進駐していたロシア軍部隊に被害が及ぶことを避けて実施されており、中長期的な戦略を欠く中途半端な威嚇にしか見えなかった。

事件をめぐっては、JIMが10月26日、国連安保理に報告書を提出し、アサド政権の犯行だと断定した。

2017年4月4日の午前6時30分から7時にかけてハーン・シャイフーン市上空から装備が投下された…。

シリア・アラブ共和国所属の航空機がこの時間にハーン・シャイフーン市上空を旋回していた…。

まさにこの時間にサリン・ガスが飛散したことで、ハーン・シャイフーン市で多くの中毒患者が出た。高速で旋回していた航空機からの爆撃によって穴が生じた…。

午前6時半から7時にかけて多くの人がサリン・ガスの被害を受け…事件の10日後もその穴は残っていた…。

このことは、飛散したサリン・ガスが大量だったことを示している。これは、化学物質による空爆が行われたとの見方に合致する。

ロシアやアサド政権は、現地での実査が行われないままに作成された報告書の内容を拒否した。とりわけ、ロシアは、アサド政権だけでなく、ロシアの責任も非難・追及しようとする欧米諸国に強く反発した。ロシアは10月24日と11月17日、JIMの任期延長を求める国連安保理決議案に対し、調査の中立性が担保されないとして、拒否権を発動し、シリア内戦下の化学兵器問題に幕引きを図った。

その後の化学兵器の使用実態

ハーン・シャイフーン市でのサリン・ガス使用疑惑事件以降、シリア国内での化学兵器の使用実態はどうなったのか?

筆者は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」でシリアの政治、軍事情勢をフォローしているが、そこで収集したデータによると、2018年2月3日までの期間に少なくとも8件の事件が報告(ないしは主張)されている。

  • 2017年4月7日、反体制系サイトのクッルナー・シュラカーなどによると、ダマスカス県カーブーン区で、シリア軍が塩素ガスを装填した手榴弾を使用し、1人を殺害。
  • 2017年4月9日、クッルナー・シュラカーなどによると、イドリブ県マアッラト・ヌウマーン市で、有毒ガスを装填したと思われる砲弾による砲撃が行われ、複数人が負傷。
  • 2017年4月23日、クッルナー・シュラカーなどによると、シリア軍がダマスカス郊外県東グータ地方のアルバイン市、ザマルカー町に対して塩素ガスを装填した手榴弾などを使用して攻撃を行い、10人あまりが負傷。
  • 2017年4月29日、クッルナー・シュラカーやシリア人権監視団によると、戦闘機(所属明示せず)が塩素ガスを装填した爆弾でハマー県ラターミナ町を爆撃。
  • 2017年9月10日、米国の支援を受けヒムス県タンフ国境通行所一帯で活動する武装集団の一つ東部獅子軍のサアド・ハーッジ報道官は、ロシア軍戦闘機がシリア砂漠奥地にある東部獅子軍と殉教者アフマド・アブドゥー軍団の拠点に対して、塩素ガスを装填した爆弾や白リン弾によって爆撃を行ったと主張。
  • 2018年1月13日、反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤなどによると、シリア軍が塩素ガスを装填した砲弾複数発でダマスカス郊外県東グータ地方のドゥーマー市やハラスター市を砲撃し、市民複数名が負傷。
  • 2018年1月22日、シリア人権監視団やホワイト・ヘルメットなどによると、ドゥーマー市シリア軍が塩素ガスを装填した砲弾9発を撃ち込み、女性と子供を含む民間人20人以上が負傷。
  • 2018年2月1日、ドゥラル・シャーミーヤなどによると、シリア軍が有毒ガスを装填した砲弾でドゥーマー市を攻撃。

シリア軍(ないしはロシア軍)の関与が疑われる化学兵器使用はこれ以外にもあるだろう。だが、反体制系メディアや反体制派の報告は、なぜかハーン・シャイフーン市でのサリン・ガス使用疑惑事件発生直後の2017年4月と、米国がアサド政権へのバッシングをにわかに再開した今年1月半ば以降に集中している。

また、上記の事件では塩素ガスが使用されているのに対し、冒頭で紹介したマティス国防長官がサリン・ガスの使用を疑っている点も興味深い。トランプ政権によるミサイル攻撃は、塩素ガスではなく、サリン・ガス使用に対する懲罰だったからだ。

再燃するバッシングの狙いは?

再燃した米国のバッシングは、北朝鮮の核・ミサイル問題やイスラエルの安全保障問題の文脈のなかでエスカレートしているように思える。

匿名高官の証言をもと、シリアでの化学兵器使用に関する最近の報道を主導するロイター通信は2月3日、北朝鮮が国連安保理の制裁に違反し、禁輸対象となっている産品を輸出し、2017年だけで2億ドル近い収益を上げたとしたうえで、同国がシリアと弾道ミサイルや化学兵器の開発をめぐって協力を続けていると伝えた。

2017年4月のトランプ政権によるミサイル攻撃が、核実験やミサイル開発を続ける北朝鮮への「警告」だったとみなされることを踏まえると、今回のバッシングもまた、北朝鮮、そしてその暴走に真摯に対処しようとしない中国やロシアへのメッセージなのかもしれない。

一方、イスラエルは、2017年半ば頃からアサド政権の化学兵器がヒズブッラーの手に渡ることへの警戒感を露わにするようになっており、9月にはハマー県ミスヤーフ市近郊の科学研究センターに対する越境爆撃を敢行した。化学兵器の開発や貯蔵に使用されていたとされるこの施設は、シリア人権監視団によると「イラン人とヒズブッラーが使用し、ハマー県郊外での戦闘に参加する全ての親政権民兵が利用する基地」だったという。米国によるバッシングは、こうしたイスラエルの安全保障対策を側方支援するものだとも解釈できる。

だが、シリア内戦の文脈において、塩素ガスの使用はともかく、アサド政権が反体制派に対してサリン・ガスを使用する合理的な根拠を見出すことは難しい。

シリア国内において、アサド政権はアル=カーイダ系のシャーム解放委員会を中軸とする反体制武装集団との戦闘を有利に進めている。イドリブ県では、アレッポ市とハマー市を結ぶ国際幹線道路上の要衝の一つサラーキブ市に迫る一方、ダマスカス郊外県東グータ地方でも反体制派への包囲は盤石だ。

この軍事的優勢は、言うまでもなく、シリア軍やロシア軍の「無差別攻撃」の結果で、数年前であれば厳しい非難を浴びせてきた欧米諸国の政府やメディアの無関心によって、その効果は高められている。こうしたなかで、国際社会の非難を呼び起こすような化学兵器の使用に踏み切るメリットはどこにあるのであろうか。

米国の懸念が再び現実のものとなったとしたら、それは「アサド政権であれば躊躇なく化学兵器を使うはず」、「市民に恐怖心を与える」という感情論でしか説明できないのかもしれない。だが、そうした推定有罪が、シリア情勢に劇的な好転をもたらすとは考えられない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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