データと科学に基づく米の経済封鎖緩和 感染対策に必要なデータは徹底検査から(下)
高まる経済封鎖へのいら立ち
米国のほとんどの州で緊急事態宣言のもと、外出禁止や多くが休業を求められて1カ月あまり。米国の新型コロナウイルスの感染者数は、4月26日現在ですでに98万人を超え、死者も5万5000人を超えた。
多くの人が職を失い、失業率は16%に達するともいわれている。失業率が3.5%だった今年の2月が遠い昔のようだ。米国の好景気を強みに11月の大統領再選に臨みたかったトランプ大統領には、一刻も早く経済を再開させたいという焦りが見える。
4月12日のイースターから経済封鎖を緩和させるという大統領のかつての目標はもろくも崩れ去ったが、4月16日には経済再開への道筋を発表した。その後すぐに、各地で経済の即時再開を求める抗議活動なども行われ、今週末から若干の緩和を始めた州もでてきている。
再開時期はウイルスが決める
トランプ大統領が再開時期についてイースターをほのめかした際、また連邦政府の「社会的距離」を保つ方針の期限となる4月末について、メディアは新型コロナ対策本部に安全に経済再開にこぎつけるのはいつか?と口々に尋ねた。
そんな時、対策本部の要でもあるアンソニー・ファウチ国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長は、「再開時期は、残念ながら我々が決めるのではなく、ウイルスが決める」と答えてきた。すべてはどれだけ新型コロナウイルスの感染を抑え込めるか、クラスターが起きた際に感染者への対応準備ができているかによるという意味だ。
またDr. ファウチがしばしば口にするのは、封鎖緩和は電気のスイッチをオン、オフに切り替えるのではなく、明るさを調整するスイッチのようなもの。少し明るくして(封鎖を緩和して)みて、感染が戻ってくる気配を感じたらまた暗くする(社会的距離策を強化する)という繰り返しで、ワクチンや治療薬ができるまでの時間を稼ぐのだという。
ウイルスの脅威がなくなるまでは、何らかの警戒を続けなければならない。完全な再開は、まさにウイルス次第というわけだ。
地域で異なる感染状況
米国各地で経済封鎖に対する抗議活動が見られたものの、4月中旬の段階ではそうした抗議活動を行っていたのは主に極端に保守主義の市民。89%の市民は社会的距離や必要に応じた経済封鎖継続方針を支持している。(注1)
しかし米国は広く、地域によって環境も大きく異なる。ニューヨーク州では30万人の感染が確認され、2万2000人以上が命をおとしたが、例えばモンタナ州では感染者は500人以下、死亡者も14人、ハワイ州では感染者が約600人、死亡が14人だ(4月26日現在)。
このため連邦政府としては、経済再開のガイドラインを設け、その地域のさまざまな状況に応じて各州知事が実施判断を下すこととした。政治的判断ではなく、「データと科学をベースに地域ごとに適切なペースで再開する」方針だ。(注2)
段階的に経済を再開する前提条件
経済再開へのハードルは高い。まず14日間で次の経過がみられることが前提だ。1.インフルエンザやCOVID-19のような症状を訴える人の数が減る、2.感染者数またはPCR検査の陽性率が減る、3.医療機関で十分に感染者対応ができ、かつ医療従事者が全員、抗体検査を含む新型コロナウイルス検査を受けられる状況にあること。
そして、個人や企業への感染予防指導の継続、老人保健施設や刑務所、福祉施設などハイリスクな環境の定期的なモニタリング、感染発生時には感染者および濃厚接触者を迅速に特定、感染経路追跡、隔離できる検査体制や、クラスターに対応できる医療従事者の防護服や人工呼吸器、集中治療室など医療資源の手配ができる体制を確立する。以上を猶予期間中に達成できて、はじめてフェーズ1に移ることができる。
3段階の経済再開
フェーズ1では、社会的距離を保ちつつ仕事を再開するが、できる限りテレワークを続ける。物理的な距離をあける工夫次第で10人を超える集会も可とするが、不必要な旅行は避ける。また、高齢者やハイリスクな人は引き続き外出を控える。学校やバーは閉鎖を続け、老人保健施設への訪問も禁止のまま。ただし選択的医療手術の再開や、社会的距離を保つ厳格な対策をとることで運動ジムやレストラン、劇場、スポーツ施設も再開できる。
フェーズ1に移っても、引き続きインフルエンザやCOVID-19のような症状を訴える人の数や感染者のデータを取り続け、上昇傾向が見られたら、すぐに行動制限を行う。
逆に14日にわたり感染を示唆するデータがさらに下降傾向にあれば、フェーズ2に移る。この段階になると、学校も再開し、予防措置をとりつつ50人程度の集まりや旅行も可とする。ただし高齢者、ハイリスク者は引き続き外出を控える。
さらに感染の脅威が低下した場合には、フェーズ3に移る。ここまでくれば、老人保健施設への訪問も可とし、より通常に近い社会生活を送ることができる。それでも地域での感染状況のモニターを行い、つねにデータをもとに、緩和に進むか、行動制限強化に戻るかを続けていくのだ。
経済再開のカギを握るPCR検査と抗体検査
新型コロナウイルスの感染が下火になったとしても、当面、完全に消えることはなさそうだ。むしろ不用意に緩和措置を急げば感染の第2波がやってくるし、「秋に感染が戻ってくることは間違いない」と、Dr. ファウチは言う。市民全員をPCR検査することは現実的ではなく、その必要もないが、医師が疑わしい症状だとみなす人は全員PCR検査で特定し、その接触者も探し出して感染者を特定し、隔離できる体制を作ることが経済再開のカギになると話す。
Dr.ファウチによれば、米国では現在、週に150万から200万件のPCR検査を実施しているが、少なくともこの倍くらいの検査能力が必要だという。つい最近、医師の指示のもと、自宅で検体を採取し検査機関に郵送するキットも登場し、行政、民間、大学等の試験機関の協力による検査処理能力も上がりつつある。それでも現実には、まだまだ検査が不足していると悲鳴を上げている州ばかりだ。
またニューヨークやロサンゼルスなどでは、「これまでに新型コロナウイルスに感染したか」を調べる抗体検査も始まりつつある。無症状の人を含め実際にどこにどれだけ感染が広がっているのか手掛かりがつかめれば、今後の感染対策を決める上で有用だ。
ただし米国では数多くの抗体検査が市場に出ているが、今のところ、食品医薬品局(FDA)から承認を受けているのは8つだけ(4月27日現在)。多くの検査で正確性が十分に担保されておらず、あてにならないという声もではじめた。
また抗体を持つことで免疫を獲得すれば、安心して社会生活に戻れるという考え方もあったが、WHOからは「抗体を獲得しても、今のところ再感染しないというエビデンスはない」という声明が出されており、さらに詳しく研究する必要がある。
新たな「普通」に戻る
連邦政府も州知事も、「データと科学に基づく封鎖緩和」を掲げる。しかし現実にはPCR検査能力も不十分、感染者の行動トレースと濃厚接触者への連絡体制もほとんどの州で確立されていない。ワクチンや治療法の開発、感染状況のモニター、経済を再開した際の感染者の特定と隔離施策、医療資源の増強とサプライ・チェーンの見直しなど、課題は山積している。
しかしデータよりも政治を優先して、すでにフェーズ1もどきの状態に突入しようとする州もあれば、逆に封鎖対策を5月中旬まで延長した州もある。その結果は、何週間後かに州民が体験することになるのだろう。
いずれにしても何カ月か待てば、新型コロナ感染が遠い国の話で、失業率が3.5%だった米国に戻れるわけではない。ワクチンができるまでは、新型コロナウイルスの脅威があることを意識しながら、以前とは「大きく異なる普通」の社会生活を送ることになるのだ。
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