金正恩氏が新年辞で韓国に接近…韓国は「その上」をいけるか
北朝鮮・金正恩氏は1日発表した新年辞の中で、平昌五輪への参加や南北対話に言及した。韓国側では肯定的な反応と共に、今後の課題が浮き彫りになった。韓国の立場をまとめる。
「金正恩」「平昌」がトップ…韓国政府は「歓迎」
2日、韓国紙の一面は金正恩氏の顔写真と「平昌(ピョンチャン)五輪」の文字で埋まった。文在寅(ムン・ジェイン)大統領も元旦に新年辞を書面で発表しているが、2面以降の扱いに追いやられた。
金正恩氏は1日午前、朝鮮中央テレビで放映された新年辞を通じ「南朝鮮(韓国)の五輪について、民族の位相を誇示する良い契機になるだろうし、我々は大会が成功裏に開催されることを真に願う」とした。
続いて「こうした見地から、我々は代表団の派遣を含め、必要な措置を執る用意があり、このために南北当局が早急に会うこともできる」と明かした。
韓国政府が待ちに待った、金正恩氏からの肯定的なメッセージだ。
韓国政府は新年辞の約6時間後、朴秀賢(パク・スヒョン)報道官による「歓迎」との論評を発表した。
「青瓦台(大統領府)は南北関係の復元と朝鮮半島の平和に関する事案であるならば、時期・場所・形式にとらわれず対話する用意があると明かしてきた」とし、積極的に対応する姿勢を強調した。
また、南北関係を主管する統一部でも「『わが民族同士』、『核戦争演習の中断』などは従来の主張と変わらない」としつつも「対南関係で出口を模索している。韓国に対する非難よりも早期対話を表明したもの」と評価した。
文大統領本人も2日午前に行なわれた国務会議で「(金正恩委員長の発言は)平昌五輪を南北関係の改善と平和の画期的な契機にしようという、我々の提案に応えたものと評価し、歓迎する」と発言した。
韓国に対する懸念
こうした政府の対応の一方で、韓国の国内外では懸念の声が高まっている。
それは韓国が「朝鮮半島非核化に向けた最大限の圧迫」という国際協調の枠組みから外れ、独自の南北交流へと突き進むのではないかというものだ。読売、朝日新聞など、日本のメディアもこうした論調が目立つ。
実際、1日の新年辞で金正恩氏がことさらに強調した「民族」「同族」「わが民族同士」というキーワードは金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)といった歴代の進歩派政権が非常に重要視してきたものだ。
筆者が昨年11月に会った、与党・共に民主党の有力議員は「米国が多少反対することがあっても、南北対話は進める」と明言していた。
06年10月に北朝鮮が初めての核実験を行った後にも、時の盧武鉉政府が北朝鮮への援助を続けたことは記憶に新しい。当時も国際社会からの非難を浴びたが、同じ構図が繰り返されるのではないかという見方は当然だ。
だが、韓国政府はこうした反論を見越しているようだ。この日の論評についても、すぐに反応せず「米国を始め周辺国との外交チャネルを稼働させ協議した(ハンギョレ)」と各紙は伝えている。
専門家は「千金のチャンス」とも
政府に近いと見られる「自主派」に分類される北朝鮮専門家たちも、政府の慎重で現実的な対応を注文している。
代表的な南北交流推進論者である、金錬鉄(キム・ヨンチョル)仁済大学教授は自身のフェイスブックに「今日からパラリンピックが終わる3月末まで3か月の猶予ができた。千金に値する機会だ。南北関係が悪化から改善へと転換する過渡期の時間であると同時に、北朝鮮核問題の解法を模索する探索の時間だ」との見方を示した。
その上で、「この3か月は朝鮮半島情勢で過去10年間消えていた『当事者』が帰還する時間だ。北朝鮮を説得できれば、その分、韓国の外交的な立場は広がる。急がず、大きな期待もせず、ゆっくりと周囲を見回しながら、一歩一歩あゆむ時だ」とした。
また、海軍将校出身の金東葉(キム・ドンヨプ)慶南大・極東問題研究所もやはり自身のフェイスブックに「(北朝鮮の提案を)『米韓同盟の亀裂を狙い、韓国政府を動揺させ、米国を圧迫するもの』程度に受け取ってはならない。(北に)そういった意図があることは当然だ」と評価した。
だが、警鐘も鳴らす。「こうした状況を我々(韓国)に有利に導けるように、正しい状況評価と戦略が必要だが、それが無いのではないかと反省する。(今回の北の提案が)我々にとって機会にも危機にもなり得る」と見通した。
米国への姿勢は依然として変わらず
金正恩氏は新年辞の中で、韓国への具体的な提案に先立ち、米国に対しては「国家核武力の完成」を再度宣言すると共に「米国全域が射程圏内にあり、核のボタンが私の事務室の机の上に常に置いてある」と対決姿勢を鮮明にした。
繰り返すが、核保有国家としての立場を強調・維持しつつも韓国に対し対話を提案する北朝鮮の姿勢は「朝鮮半島非核化」という日中米韓の共通目標と、究極的には一致しない。
外交専門のシンクタンク・世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)博士は2日発表した論評の中で「平昌五輪が南北和解の雰囲気の中で成功裏に終わったとしても、その後、米韓軍事訓練が再開される場合、南北関係が再び急激に冷え込む可能性がある」と見立てる。
その根拠として「韓国は南北関係改善を通じ、北朝鮮を非核化対話に導くことを目標としているが、北朝鮮は非核化や核プログラムの凍結にも関心が無い」点を挙げると同時に、「9月9日の政権樹立70周年に合わせ『銀河4号』の打ち上げを控えている」点を指摘している。
つまり、今回の金正恩氏による韓国への対話提案は、南北双方にとって、その「限界」が見えるものでしかない。韓国としては、これを最大限利用して、新しい交渉の下地を作っていきたいところだろう。
そのためには韓国が「交渉の時間稼ぎ」のために米国・北朝鮮・中国など利害関係者に「強い」インセンティブを与える他にない。だが、今のところその具体的な中身について、明らかになっているのは何も無い。韓国としては「行き当たりばったり」は避けたいところだ。
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