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ため池のDXに挑戦!しゃべる看板が水難事故を防止する丸亀市の取り組み

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
ため池の縁に設置された看板のQRコードで動画に誘導する(筆者撮影)

 昨年5月に父子がため池に落ちて死亡した丸亀市に、ため池の怖さを動画で伝える看板の第1号が設置されました。QRコードで動画につなぐデジタルトランスフォーメーション(DX)。全国に広がるか楽しみです。

丸亀市のため池水難事故

 うどん好きなら誰もが知っている丸亀市。昨年5月に父子がため池に落ちて死亡しました。詳細は筆者記事「ため池に落ちると、なぜ命を落とすのか」をご覧ください。

 筆者は1月29日に事故の調査に改めて現地を訪れました。ちょうど冬の今頃は「かいぼり」の時期にあたり、水はすべて抜かれていました。かいぼりにあわせて、現在ため池の補修工事が行われています。図1は水抜き前後の事故現場の様子を比較した写真です。

図1 (a)事故現場のため池にある斜面。黄丸は釣人が好んで入る箇所を示す、(b)かいぼり中に黄丸を逆の方向からみた。赤丸が(a)の写真を撮影するために選んだ箇所(いずれも筆者撮影)
図1 (a)事故現場のため池にある斜面。黄丸は釣人が好んで入る箇所を示す、(b)かいぼり中に黄丸を逆の方向からみた。赤丸が(a)の写真を撮影するために選んだ箇所(いずれも筆者撮影)

 (a)の写真だけ見ていると水面があるせいか、斜面を落下するという危険性をあまり感じることができません。でも実際に矢印に従ってため池に落ちる例は後を絶ちません。

 ところが(b)を見ると黄丸の箇所がたいへん危険だということに気づきます。実際にここに立ったら、そのまま矢印に従って斜面を滑って転がり落ち、ため池の底で身体を地面に強打して大けがをするような予感に襲われます。

 図1から、水を張ったため池だと水面の下の様子など知る由もないということを思い知らされます。

丸亀市の取り組み

 筆者は昨年9月から丸亀市の神田泰孝さん(丸亀市議)と隣町の綾川町の住民で事故現場の近くにお住まいの川崎泰史さんとため池水難事故の防止策について意見交換を行ってきました。

 今回、せっかくの丸亀市訪問の機会となりましたので、神田さんの発案で設置された、水難事故防止のための看板を案内していただきました。

 カバー写真がその看板になります。神田さんに早速説明していただきました。看板そのものはこれまでに設置されているものですが、そこに図2のようなシールを張りました。

図2 ため池の水難事故防止用シール。右下のQRコードをスマートフォンで読み込むと危険を知らせる動画につながる(筆者撮影)
図2 ため池の水難事故防止用シール。右下のQRコードをスマートフォンで読み込むと危険を知らせる動画につながる(筆者撮影)

 神田さん、「QRコードで動画につながるところがポイントです。」なるほど、早速試してみると、つながりました。ため池転落の実験の様子を示す動画や、小学生がういてまて教室で背浮きにチャレンジする動画などが紹介されます。ため池事故の危険性について説明する動画を再生すると、スマートフォンがしゃべりだすという仕組みです。

 神田さんは、「全国のどこの池でも使えるように池の名称とため池管理番号を入れられるようにしました」と、このシールが全国のため池に広がってほしいとの想いを語りました。

 そのほかとして、ため池に落ちたら「落ち着いて、浮いて待つ」まわりの人は「飛び込まずに、119番通報」ときちんと要点を伝えています。そして、右端に「落ちても大丈夫、と思う方はこちら」と、やや挑発的にQRコードに誘導しています。

 デジタルの力で人がため池に近づかないようにする。しかもシール1枚のコストで。これは、まさにDXです。「こんな簡単なことがDXか?」と思えるところがデジタルでコストを抑えられている点です。神田さんは「ぜひ地域の皆さんが、QRコードで動画を再生し、その場で学んで気づいてほしい」と強調します。学校や地域活動でそういった癖を付けられるように教育・啓蒙することでDXが進んでいくのではないでしょうか。

看板活用の重要性が増してきた

 日本の3本の指に入るくらい、ため池の数の多さで有名な香川県。近年で言えば、実は県内のため池での水死はきわめて少ないのです。

 綾川町の川崎さんは「地元ではため池と生活が昔から密接につながっていて、例えば昭和の時代なら子供たちがため池で遊んでいると「コラー!」と怒鳴り声がやってきてこっぴどく怒られた」と教えてくれました。「あそこのため池で釣りをすると怒られる」という警報が子供の間で飛び交うほどだったそうです。

 怒鳴り声も、子供の間の情報共有も、アナログ的な声による事故防止だったわけです。それが有効に働いている時代はそれでよかったのです。川崎さん、「ため池に様々な所から釣り人が来るようになって、注意がしづらくなりました。」やはり、怖いのはトラブルです。注意したことによるトラブルは、この令和の時代においては気を付けなければならないことになりました。逆上されて、注意した方が襲われたら、たまったものではありません。

 昨今の物騒な逆上事件を考えれば、事故防止にはやはり注意喚起する看板に頼らざるを得ないわけです。でも、神田さんは「地元に住み続けて40年、看板が何も進化していないことに気が付いた」そうです。

「丸亀市は、看板向けQRコード付きシールの普及に積極的に乗り出した」と神田さん。自治体が費用負担するにしても、ため池の管理者がシール添付に了解しなければ普及しません。丸亀市ではため池管理者の把握が進んでいて、了解を得やすい環境が整っているため、シールの普及に乗り出したそうです。

さいごに

 しゃべる看板は、丸亀市土器町にある聖池(ひじりいけ)で見ることができます。カバー写真の聖池では池の水が抜かれている様子がわかります。現場で説明をいただいた丸亀市役所の担当者の方によれば、水が張ってあるのは3月から11月。今の時期は池の水を抜き水底を天日に干し、補修工事を行っています。

 今回紹介した看板向けQRコード付きシールが全国のため池水難事故の防止につながることを期待しています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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