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パレスチナ:解散も崩壊もできないパレスチナ自治政府

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 過去数カ月間、パレスチナとイスラエルとの間で衝突や戦闘が相次ぎ、死傷者が増え続けている。現実の問題としては、イスラエルを抑止できる主体が存在しない中で、日々「パレスチナ人の権利」と信じられているものが着実に削り取られて行っているにすぎないというのが一連の衝突や戦闘の結果だ。この点については、パレスチナ側の諸当事者の政治的目標が「全パレスチナの解放」だろうが、「1967年6月4日ラインを境界とする独立国の樹立」だろうが、「二国家解決」だろうが、「現在の地位や立場を守る」でも同じことだ。そんな中、近年のパレスチナの政治、軍事、外交動向で各国政府や報道機関に言及されることがめっきり減ってしまったのが、パレスチナ自治政府(PA)だ。例えば、去る4月と5月の戦闘の際にも、戦闘の勃発はもちろん、停戦合意を通じた事態鎮静化のための交渉や働きかけでも、PAの存在はほとんど感じられなかった。パレスチナ自治区を代表する政体はPAなので、本邦も含めてこれに関する支援や外交交渉の当事者はPAなのだが、肝心の自治区は2007年以来ハマースが「実効支配」するガザ地区と、ファタハを与党とするPAの下のヨルダン川西岸地区の諸都市とに分かれ、今や自治区全体を代表する政府の編成も、議会選挙もできなくなっている。

 そうした中、PAによる統制は確実に弱体化している。6月19日のヨルダン川西岸地区のジェニンでの戦闘では、パレスチナ側が強力な爆弾を用いてイスラエル軍の車両を攻撃し、イスラエル軍もジェニンに対し戦闘ヘリで攻撃するという、近年見られなかった展開があった。また、イスラエルはヨルダン川西岸地区でパレスチナ側がロケット弾を発射した(ロケット弾は空き地に落ちたので被害はなし)と発表したが、同地区で長距離飛翔が可能なロケット弾を用いた闘争が行われるならば、画期的(?)作戦、或いは事態をさらに激化させる暴挙となる。このような展開こそが、PAが反イスラエル武装闘争を取り締まったり制御したりできなくなっている証左であり、イスラエルはPAによる統制が弱体化した治安上の空白を埋めるため、最近ヨルダン川西岸での軍事行動を強化せざるを得なくなったとの立場だ

 実際、PAの立場は相当困難なようだ。PAは、本来「中東和平プロセス」が妥結し「二国家解決」に基づきパレスチナの国家ができるまでの過渡的存在だ。交渉や権限移譲や経済開発が着実に進んでいる間はよかったのだろうが、そのいずれにも好転のめどが立たないとなると、「中東和平プロセス」の当事者からも、パレスチナ人民からも、PAの存在意義が問われることになろう。特に、PAが反イスラエル抵抗運動を統制することは、PAの対外的な交渉力を高めるためには必須のことだが、だからといってPAの刑務所が抵抗運動諸派の活動家で満員になってしまうようでは、パレスチナ人民から「誰の、何のための自治政府なのか?」と問われることにもなる。PLO(パレスチナ解放機構。こちらが「パレスチナ」以外のところに住んでいる者も含む全パレスチナ人を代表する機関)の高官は現在の状況を、イスラエルによる占領こそが事態の悪化とPAの権威や統制の弱体化の原因であるとみなし、PAが解散してしまえば「二国家解決」をパレスチナ側で担う当事者が消滅し、「二国家解決」を否定するイスラエルを利することになると主張している。その是非はともかく、「二国家解決」を目指すのならばPAは解散させるわけにも崩壊させるわけにもいかないようなのだが、現実の諸問題に対処する上でのPAの当事者能力と権威の低下もまた明らかだ。PAは、立て直しの方策も展望もないまま、「二国家解決」の象徴としてただ存在し続けるだけになるのか、という憂鬱な世界を生きているのだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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