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『ONE PIECE』のサンジは「空中歩行」ができる! 悪魔の実も食べないのに、なぜ?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『ONE PIECE』にはすごい能力を持つキャラがいっぱい登場するから、少々のことでは驚かないつもりでいた。でも、この人にはビックリ仰天!

「黒足のサンジ」の異名を取るコック・サンジ。

無類の女好きだが、料理人としては超一流で、その腕を決して傷つけないよう、戦いでは足技しか使わない。

そんなサンジが空を飛んだのだ!

この能力を見せたのは、海底の魚人島で、全身トゲだらけの魚人たちに四方八方から突進されたとき。

サンジは空気をタタタタタタタタと蹴って、真上に上昇した。

その名も、空中歩行(スカイウォーク)。

サンジは「悪魔の実」による特殊能力は持っていないのに、なぜそんなスゴイことができるようになったのか?

秘密は、カマバッカ王国で過ごした2年間にあった。

雨の日も雪の日も雷の日も、カマバッカのヒトビトに追い回される。根っから女好きの彼にとって、これは耐え難い日々だった。

そしてあるとき、追いつめられて逃げ場を失ったサンジは、ついに空に向かって逃げた……!

すごい。サンジは、悪魔の実を食べて空を飛べるようになったわけではなく、自分の体力を高めて、この能力を得たということだ。

その原動力は、女好き。こんな理由で空を飛んだのは、このヒトくらいでしょうなあ。

それはともかく、実際に足で空を歩くことなどできるのだろうか。

◆なぜ人間は空を歩けない?

あれは筆者が5歳の頃だったか。父の友人が「空を飛ぶ術を教えてやろう」と言った。

目を輝かせて「教えて!」と言うと、「右足が地面に着く前に、左足を出す。これを繰り返せばいい」。

筆者は「そうなのかー!」と喜んで、果敢に挑戦したが、何度やってもできなかった。

実に無念であった……。

しかしこれ、なぜ実現できないのだろう。理屈としては正しいような気がするが。

右足が地面に着く前に、左足を出すということは、その瞬間、両足とも地面から離れていることになる。

問題はここだ。空中では体を支えるものがないから、そこから足をどう動かそうと、体は落下してしまう。

すると、なぜサンジは落ちずに空を歩けるのか?

マンガの描写を見ると、サンジは「タタタタタ」と空気を蹴っている。

なるほど、空気を蹴れば、「空気抵抗」が働くだろう。

空気抵抗は、物体が空気中を運動することで生まれる力で、通常は物体の動きの邪魔をする。

新幹線や飛行機が流線型をしているのは、空気抵抗を小さくするためだ。

サンジは逆に、強い空気抵抗を生み出して、その力で体重を支えているのではないだろうか。

もちろん、簡単にできることではない。

たとえば、サンジがキックボクサーなみの時速60kmのスピードで、空気を真下に蹴ったとしよう。

サンジの靴のサイズを27cmとすると、発生する空気抵抗の強さは850g。

体重を支えるにはまったく足りない!

では、どうすれば空気抵抗が強くなるかというと、蹴るスピードを速くすればいい。

空気抵抗の強さは、「空気が当たる断面積」と「速度×速度」に比例する。

ここから考えると、ものすご〜〜〜いスピードで空気を蹴れば、空気抵抗で体重を支えながら、空気を足がかりに上昇することも可能ではないだろうか?

◆マッハ5で空気を蹴ろう!

必要なスピードを計算してみよう。

サンジは身長180cmだが、細身なので体重は70kgと考えることにする。

足のサイズが前述のように27cmなら、体重を支えつつ、一蹴りごとに1mずつ上昇するためのキックの速度を求めると……えっ、時速6120km=マッハ5だ!

いくらサンジでも、マッハ5のキックなんて放てるのか?

……と思ったが、ここで思い出したのが、サンジの別の技「悪魔風脚」である。

左足を軸にして、右足を床に滑らせて回転し、摩擦熱で右足を赤熱させて蹴る!

これも、ものすごい技だ。

色を見るためにアニメ版で確認すると、サンジの足は20秒ほどでオレンジ色に輝き始めた。

高温の物体の色は温度によって決まり、オレンジ色に輝いたからには、サンジの足は1200度に達していたと思われる。

足がそんな高温になって大丈夫なの?と心配になるが、大丈夫だとしても、それほどの高熱を摩擦で出すには、長大な距離を滑らせる必要がある。

サンジが右足に体重の3分の1をかけながら回ったとすると、要求される距離は実に430km。直線距離だと、東京から神戸まで!

これほどの距離をたった20秒で滑らせたとは、とてつもないスピードだ。

計算すると、時速7万8千km=マッハ64!

床の上で足を滑らせる速度より、蹴るスピードのほうが速いだろうから、悪魔風脚ができるサンジなら、空中歩行など楽勝であろう。

◆ジャンプしたほうが早い!?

「劇中の超人技が可能」と主張する根拠として、別の超人技を挙げるのもどうかとは思うけど、それはともかく筆者の計算によれば、マッハ5で空気を蹴れる人は、一蹴りごとに1mずつ上昇していけるはずなのです。

だが、この空中歩行は大変である。

右足を蹴って1m上昇したら、すぐ左足を蹴らないと落ちてしまう。

1mの上昇にかかる時間は0.55秒だから、サンジは0.55秒おきに、左右の足をマッハ5で交互に蹴り続ける必要がある。

疲れて足を止めたら、真っ逆さまに落下するから、サンジはタタタタ……と空気を蹴り続けるしかない。

これ、ヒジョ~に疲れると思う。

劇中、サンジは100mくらい上昇していたが、この高さまで上がるには、空気をマッハ5で100回蹴らなければならない。

それでも、100m昇るのに55秒もかかる。

だったら、ジャンプしたほうが早くないだろうか?

空気をマッハ5で蹴れる体重70kgの人が、両足でジャンプした場合の到達距離を計算すると……なんと高度1100m!

サンジは空中を歩かなくても、ものすごくジャンプできることになる。

その場合、高度100mに達するまでの時間は0.69秒。

空中歩行よりずっと早い……!

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

とはいえ、効率だけでは世のなか味気ない。

スタイリッシュで足ワザに長けたサンジには、「空中歩行」がよく似合うと思います。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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