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「安倍前首相聴取」が“被疑者取調べ”でなければならない理由

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

安倍晋三前首相側が「桜を見る会」前日に主催した夕食会をめぐり、参加費で賄えなかった費用計900万円余りを補填したとされる問題で、東京地検特捜部は臨時国会が5日の会期末で閉会した後、安倍氏本人から事情聴取する方向で「調整している」と報じられている(共同、12月3日)。

そして、この聴取要請について、安倍氏は、同日以降、何回か記者団の取材に応じ、「聞いていない」と述べている。「衆院議員会館の事務所前で記者団に語った。」と報じられている(読売、同日)。

特捜部が、安倍氏に任意聴取の要請を行ったことは既に報じられていたが、その聴取に関して「調整している」というのは何を意味するのか、それを安倍首相が「聞いていない」と答えたのはどういうことなのだろうか。

もちろん、この「桜を見る会」に関しては、数々の虚偽答弁を重ねてきた安倍氏である。「聞いていない」という話も、そのまま信用することなどできない。しかし、何も答えないか、「ノーコメント」で通せばよいのに、事務所前で、記者団にわざわざ「聞いていない」と答えたというのは、それなりの意味があると考えるべきであろう。

特捜部の任意聴取の要請に対して、安倍氏側が、聴取には応じる前提で、「日程」だけを調整しているとは考えられない。聴取に応じるのであれば、その判断が安倍氏の知らないところで行われるとは考えられない。

「調整」というのが、特捜部と安倍氏側との間で、「日程」だけではなく、何らかの「条件面での交渉」が行われていたとすると、その調整がついた段階で、安倍氏側に、正式に、聴取要請が伝えられる、ということも考えられないわけではない。

もちろん、この場合も、その調整の過程も、安倍氏にとっては重大な問題なので、その経過が報告されるのは当然であり、「全く聞いていない」ということはあり得ない。「正式に聴取の要請を受けたとは聞いていない」という趣旨であろう。

では、この「条件面での交渉」というのは、どういうことだろうか。

安倍氏側の代理人の弁護士からは、特捜部に対して、聴取は、あくまで参考人としての「事実確認」であり、被疑者としての取調べや黙秘権告知は行わない(聴取には弁護士が同席する)との条件を提示しているのではなかろうか。

聴取が、「被疑者としての取調べ」という意味合いを持つものか否かは、そもそも、この任意聴取が、どのような犯罪事実に関して、どの程度本人の「嫌疑」について行われるのかに関係する。

「桜を見る会」前夜祭には収支が発生していること、それが安倍氏に関連する政治団体の政治資金収支報告書に記載すべきところが記載されていなかったことについて、安倍氏が認識していた疑いが濃厚だ。

収支を記載してなかった犯罪事実が、どのような政治資金規正法違反として構成されているのかによって、安倍氏の嫌疑の程度、被疑者としての取調べになるのか、参考人としての聴取になるのかも異なってくる。

安倍氏のこれまでの発言・答弁の経過からして、補填の事実を知らなかったとは到底考えられないことは、私が、再三にわたって指摘してきたとおりだ。

1年余り前、この問題が国会で取り上げられて表面化した後、私は、ヤフーニュース等で、安倍首相の官邸での「ぶら下がり」の説明に明らかに不合理な点があることを指摘し続けた。その決定版と言えるのが、11月18日の【「ホテル主催夕食会」なら、安倍首相・事務所関係者の会費は支払われたのか】である。

ここで指摘しているように、当時の安倍氏の「説明」というのは、

安倍事務所にも後援会にも、一切、入金はなく出金もない。旅費や宿泊費は各参加者が直接支払いを行い、食事代についても領収書を発行していない。

というものだった。

このような説明が全く成り立たないことは誰でもわかることである。説明している安倍氏本人も、そう説明しないと「その収支を記載しなかった政治資金規正法を否定できなくなる」ということで、凡そ通るとは思えない「言い訳」であることがわかった上で、そのような説明をしていたはずだ。

そして、安倍首相の説明によると、夕食会は、ホテル側が主催し、夕食会費を1人5000円と決め、個別にそれを集金したもので、懇親会に出席した参加者全員が、個別に、1人5000円の飲食費をホテル側に支払ったことになる。その夕食会費を支払うべき「参加者」には、安倍首相夫妻や事務所関係者、来賓も含まれるはずだ。

もし、後援会が支払っているとすれば、その分、その「桜を見る会」前夜祭に関する安倍後援会側の「支出」が発生する。支払っていなければ、安倍首相や関係者は「無銭飲食」をしたことになる。

12月2日の参議院本会議での代表質問で、「安倍首相夫妻、事務所、後援会関係者は、夕食会の参加費をホテルに支払ったのか」という社民党の吉田忠男議員が行った質問に対して、安倍氏は、首相として答弁に立ち、

「私と妻や事務所等の職員は夕食会場で飲食を行っておりません」

と発言した。

しかし、前夜祭の夕食会に参加した安倍氏は、開会に当たって、雛壇に立ち乾杯の挨拶を行った。その際、ホテルのスタッフから、乾杯の飲み物のグラスを受け取り、「御唱和願います。」と言って乾杯の発声をし、グラスに口を付けた。それは、ホテルの飲食物の提供のサービスを受けたことに他ならない。

少なくとも、「私は夕食会場で飲食を行っておりません」というのが、「明らかな嘘」であることは、安倍氏自身、認識していなかったはずはない。なぜ、そういう嘘をつかなければならないのか。そうしないと、それまでの説明が嘘であったことを認めざるを得なくなるからである。

さらに決定的なのは、昨年の「桜を見る会」前夜祭についての収支を記載した政治資金収支報告書の提出時期が、今年の国会等での追及の後だということである。

2019年分の政治資金収支報告書の提出時期は、今年3月末日(コロナ禍で5月末に延期)だった。

前夜祭問題で、安倍氏が、野党、マスコミから厳しい追及を受けた後であり、その収支報告書上、前夜祭の収支をどのように処理するかは、安倍氏にとって極めて重大な問題であり、収支報告書提出の際に、安倍氏自身がホテル側から事実確認の結果を確かめることなく、前夜祭の収支を記載しない収支報告書を提出することは考えられない。

そういう意味で、安倍氏には、主催者の安倍晋三後援会の政治資金収支報告書に「桜を見る会」前夜祭の収支を記載すべきであることを認識していたのに、除外して提出したことについて犯罪の嫌疑が濃厚である。被疑者として、聴取に当たって「黙秘権の告知」を行った上で聴取するのが当然だ。

もし、安倍氏が、被疑者としてではなく、「事実確認のための参考人聴取」で行われるとすれば、それは、秘書を政治資金規正法違反で略式起訴して事件を幕引きさせるためのセレモニーだということになるが、そのような「形だけの聴取」は、安倍氏側から「秘書が虚偽説明をしており、補填の事実は知らなかった」との上申書を提出させるのと実質的に変わらない。

前首相にそのような取扱いを行うことは、国民として、到底納得できることではない。

しかし、この件についての安倍氏の秘書の略式起訴の見通しについての記事の中に、しきりに「収支の不記載」という言葉が出てくることからすると、検察が、安倍氏の秘書に政治資金規正法25条1項2号の「記載すべき事項の記載をしなかった」、つまり「不記載罪」を適用しようとしている可能性がある。

確かに、前夜祭の収支が、前夜祭の主催者であった安倍晋三後援会に帰属するものなのであれば、同後援会の政治収支報告書に記載すべき事項だったのに記載しなかった不記載罪が成立することは確かである。

この場合、記載義務があるのは会計責任者又は、その事務担当者であり、それら身分のある人だけが主体となる「身分犯」だ。収支報告書への記載の有無を実質的に決定する立場で不記載を会計責任者等に指示したのであれば、「身分なき共犯」として処罰する余地はあるが、会計責任者等以外の者が、記載すべき事項を記載しないことを認識していただけでは、原則として犯罪は成立しない。

もし、不記載罪を適用するのであれば、安倍氏は、前夜祭の収支を認識し、それを記載しない収支報告書を提出することを容認していた疑いが濃厚であっても、犯罪の嫌疑がないということになり、被疑者ではなく、参考人聴取で済ますことの説明が容易になる。

しかし、これまで、検察は、例えば、「政治資金の寄附」を受けているのに、それを記載しなかったというような違反について、不記載罪が成立する場合であっても、その不記載が、その収支報告書の全体的な収支の総額に影響するとして、収支の総額等についての「虚偽記入罪」を適用することが多かった。「虚偽記入罪」であれば、身分犯ではなく「何人についても犯罪が成立する」という判例がある。

実質的には不記載罪であっても、虚偽記入罪と構成することで犯罪の成立範囲を拡張してきたので、実際に、不記載罪で起訴した事例は少ない(日歯連闇献金事件では、平成研の会長代行であった村岡兼蔵氏が、会計責任者とともに不記載罪で起訴されている)。

そういう実務からすると、今回の安倍氏後援会の政治資金収支報告書の問題を「不記載罪」ととらえることには、安倍氏の聴取を被疑者としてではなく、参考人聴取で済まそうとの意図もがあるのかもしれない。

しかし、少なくとも、虚偽記入罪も成立する余地があり、それを視野に入れれば、安倍氏にも犯罪の嫌疑は十分にあるのであるから、やはり、黙秘権を告知した上で、被疑者としての取調べを行うべきだ。

安倍氏の秘書については、政治資金規正法違反で略式起訴の予定とされている。もし、簡易裁判所に略式起訴され、簡裁判事が、そのまま略式命令を出せば、事件は書面だけの審理で終わることになる。

しかし、国会でもマスコミでもこれだけ大きく取り上げられ、社会的関心が高い問題であるだけに、非公開の書面審理で終わらせることが適切とは思えない。

電通の違法残業事件では、東京地検は法人としての同社を労働基準法違反罪で略式起訴したが、東京簡裁は略式手続を「不相当」とし、公判が開かれた。

安倍氏の秘書が略式起訴された場合、担当した簡裁判事が、書面審理だけで済ますとは思えない。公判が開かれる可能性が高いと考えられる。

辞任したばかりの前首相が、検察に、政治資金規正法違反の被疑者として取調べを受けることの意味は大きい。

これまで、マスコミには虚偽説明、国会では虚偽答弁を繰り返してきた安倍氏も、いよいよ、国会議員「投了」ということにならざるを得ないのではなかろうか。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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