カンボジアの湖の水質悪化を抑制。微生物と植物の力で水を浄化する装置
メコン下流域の水不足が深刻に
ベトナムのメコンデルタ地域で干ばつと海水の浸入が想定外のスピードで起きている。
メコン河の流れを地図で追いかけると、本流は中国に端を発し、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムを経て南シナ海に注ぐが、カンボジア中央にある湖を出発点とし、同国の首都プノンペンでメコン河に合流する別の流れがあることがわかる。プノンペンにある王宮の前の公園で大きな2つの川が合流する。
カンボジア中央部にある湖とはトンレサップ湖のこと。この湖の水位が、メコンデルタ全域の水量を予測する1つの目安となっている。
この湖は季節によって大きさが変わる。
カンボジアでは11月から翌4月までが乾期、5月から10月までが雨期とされている。乾期の湖の面積は、東京都のそれより少し大きい2500〜3000平方キロ。平均水位は1〜2メートルほど。シェムリアップと首都プノンペンを結ぶ定期船が暗礁に乗り上げることもある。雨期になると面積は乾期の3〜5倍の1万〜1万6000平方キロになり、水深も約8〜9メートルと深さを増す。
なぜ雨季に面積が広がるのか。モンスーンの時期には、湖からプノンペン付近でメコン川に流れ込むトンレサップ川が逆流し、そのため周囲の土地と森は水没する。トンレサップ湖は、洪水期にはメコン河から水を飲み込み、渇水期にはその水を吐き出すという天然のポンプの役割を果たす。メコン川との水のやり取りにともなう水位変化によって、湖周辺に浸水林と氾濫原をつくり、豊かな自然の恵みを育んでいる。
ところが2018~19年乾期初期の水位が例年に比べて低くかった。18年のピーク時におけるトンレサップの水量は例年より多かったが、雨期が早めに終わると湖の水位が急激に下がり、現在、トンレサップ湖の水量は乾期初めの18年11月上旬より低くなっている。
国立気象センターは、18~19年乾期のメコンデルタの気温は平均より0.5~1.0度高くなり、最高で33~37度の水準になると予想している。水の蒸発量は増えるだろう。また、雨期が例年より遅くなる見通で、メコン川の下流域を中心に淡水が枯渇する可能性がある。
水上生活者の水問題
トンレサップ湖とその周りの氾濫原には約120万人が暮らす。そのうちの4分の1に当たる34万人が湖上に浮かぶ家に暮らす。
人々は日々の暮らしの中で、トンレサップ湖から飲み水をはじめとするすべての生活用水を調達し、トンレサップ湖に生活排水を引き受けてもらう。朝起きて湖の水で洗顔をすませ、湖の水で野菜を洗う。生活排水や糞用は湖に流す。
しかし、近年、これまでにない水質の悪化と水位の変化が人々を悩ませている。
急激な人口増加にともなってプノンペンやシェムリアップからの生活排水も増えている。水上の家からのゴミ、便所の排水も増えている。湖周辺には工場が増えたが、排水の規制はない。
工場からは油や廃棄物が湖に流れ込む。バッタンバン州では、ルビーなどの鉱石を採掘する鉱山から掘り出された粘土が川に捨てられている。漁船や観光船から漏れる燃料の影響も大きいし、農薬の影響も懸念される。湖周辺での農薬の使用量は年々増えている。
水の少ない乾期の終わりになるとトンレサップの水質が著しく悪化する。雨期に水位が上がると、濁った水が悪臭とともに流れ込んでくる。
人々は湖の水を飲料水として使うため、下痢などの病気になる。湖周辺にはマラリア、デング熱、急性呼吸器感染症、結核などの疾病も蔓延し、健康を損ねると住民の多くは借金して病院代や薬代に当てる。もしくは子供(まずは女の子)に学校をやめさせ学費を倹約して病気の治療に当てる。病気と借金、その結果としての貧困が悪循環となって住民を苦しめている。
何とかトンレサップ湖の汚染を食い止められないか。
2015年より、途上国の水と衛生を支援するNGOウォーターエイドは、現地パートナー「ウェットランドワークス」が開発した水上トイレの技術「ハンディポッド」を普及するプロジェクトをスタートさせた。
ハンディポッドとは、地元の植物を利用した簡易的な生活排水浄化装置。まず人の糞尿はホテイアオイなどの入った植物のポッドに放出される。ホテイアオイの根に付いている微生物が吸収・分解する仕組みだ。地元の素材で作ることができ、環境に与える影響も少なく比較的低コストで完成する。
これを多くの水上生活者が取り入れれば、生活排水由来の水の汚染を抑制できるだろう。
2つの困難を克服するアクション
しかし、2つの困難に直面した。
1つは、乾期の水位が下がり過ぎ、これまで1度も岸に上がったことのなかった水上住宅を岸辺に引き上げざるをえなくなった。エルニーニョ現象による干ばつとカンボジア北部のメコン川で複数建設されているダムが川の流れに影響を与え、湖の水位が過去最低にまで落ち込んだ。
2つ目は、数年に渡って雨が極端に少なかったため、漁獲量が過去最低になったこと。漁がこの湖に住む人々にとっての主な収入源であるため、多くの住民の収入が下がった。
こうした2つの困難がハンディポッドの普及に大きく影響している。人々は減っていく収入をトイレに使うことに躊躇した。さらに人々が永久に水上で生活するとは限らないことを考慮して、ハンディポッドを水陸両方で使用できるデザインに改良する必要もあった。
そこでハンディポッドのパーツのうち、従来は水に浮いていた汚水処理装置を、住居に固定するタイプの汚水処理装置に差し替えた新しい試作品がつくられた。これによって住居が水上にある場合、汚水処理装置は住居とともに水に浮かせることができ、住居が陸上にある場合、汚水処理装置は住居に固定された状態で使うことが可能になった。
この改良により、ハンディポッドはより使いやすいものとなり、かつ多くの人が導入しやすくなった。さらに最低限のメンテナンスしかいらず、かつ水上でも陸上でも効率的に稼働する汚水処理のしくみを備える。
また人々がハンディポッドの購入にかかる費用を負担する能力の差を埋めるために、この村に「共済グループ」を立ち上げた。グループのメンバーに行うローンの資金源として、コミュニティの人々がこの「共済グループ」に資金をプールする。「共済グループ」はハンディポッドを販売する「小売業者」としての役割を担うほか、人々がハンディポッドを購入する際に、分割払いを利用してハンディポッドを購入することを可能にした。
現在のトンレサップ湖は水質汚染や流量の変化、堆積物の増加、浸水林の破壊など、自然環境が大きく変化している。
急速に進んでいるメコン河の上流や支流での開発よって川の流量が変わることで、さらにトンレサップ湖の水をとりまく環境が変化する。トンレサップ湖の複雑な生態系のバランスを回復・維持するには、そうした根本的な課題への取り組みが求められる。
今後はメコン河上・中流域で急速に進む開発の影響、とりわけ水量の変化や堆積物の増加によるトンレサップ湖の環境への影響もますます顕在化するだろう。大きな課題に対して、湖とともに生きる人びとの意見や意向が十全に取り入れられるかたちで関係者がどのように対応していくのかが問われる。