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フェイクツイート3,000%増がウクライナの軍事的緊張を後押しする

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
2月12日、ウクライナ・キエフの反ロシアデモに参加する市民(写真:ロイター/アフロ)

フェイクツイートが3,000%増加し、軍事的緊張を後押ししている――。

緊張が高まるウクライナ情勢をめぐり、米調査会社「ミトスラボ」は、ツイッター上の親ロシアのフェイクニュースが、2021年秋に比べて3,000%以上増加している、との調査結果を明らかにした。

その数は軍事的緊張に呼応するように10月以降に急増し、なお増え続けているという。

そしてフェイクニュース攻撃は、サイバーとリアルの攻撃を組み合わせた「ハイブリッド戦」の一端を担っているようだ。

ウクライナは長く、ロシアからの大規模なサイバー攻撃やフェイクニュース攻撃の標的となり続けている。

欧州連合(EU)の調査機関によれば、ロシアによるフェイクニュースの40%はウクライナ向けだという。

フェイクニュース攻撃の狙いは、社会の混乱や分断にある。対策はあるのか。カナダと米国の研究チームによるウクライナ人を対象にした1万人規模の調査によれば、政治的分断を超えるキーワードが、「分析的思考」だという。

●アカウントとツイートの急増

親ロシアの偽情報/プロパガンダを拡散しているアカウントによる12月のツイート量は、11月に比べて375%増加、さらに9月と比べると3,270%増加している。

AIを使ったフェイクニュース分析を手がける米ベンチャー「ミトスラボ」は1月18日に公開した、ウクライナとロシアの軍事的緊張の高まりをめぐるツイッター分析の報告書の中で、そう述べている。

報告書をまとめたのは、ウクライナ・キエフのジャーナリスト、オルガ・トカリエク氏と「ミトスラボ」創設者のプリヤンク・マトゥール氏。2021年12月9日に最初の報告書を公表しており、1月の報告書はその第2弾だ。

2021年12月1日から2022年1月5日までに、ミトスラボは697件のウクライナに関する親ロシアの偽情報/プロパガンダを拡散するアカウントを特定した。11月中に特定した同様のアカウントはわずか58件だった。

1月の報告書で、トカリエク氏らはそう指摘する。

ウクライナ政府は2021年10月末、親ロシア分離独立派が支配するドンバス地方にトルコ製ドローンによる爆撃を実施。ロシア政府は11月にかけてウクライナ国境付近に9万人規模の部隊を動員し、一気に軍事的緊張が高まる。

報告書によると、この軍事的緊張の高まりに呼応するように、親ロシアのウクライナ関連偽情報/プロパガンダは、10月末から年明けにかけて、ツイッターのアカウント数、件数とも急増したのだという。

第1弾となる2021年12月の報告書によれば、同年1月から11月までの親ロシアアカウントのウクライナ関連のツイートは1日平均6件だったのに対し、11月の1日平均は213件と3,334%の増加が見られた、としている。

また、以前はリビア情勢に関する米国、NATOへの批判や中国に対する米国、カナダの姿勢を批判していた親ロシアアカウントが、11月から一斉にウクライナ関連のツイートに転じている、という。

使用する言語にも変化があった。緊張が高まった2021年11月時点では、ロシア語のツイートが最も多く59%、次いで英語34%、さらに英語とともに北大西洋条約機構(NATO)の公用語であるフランス語5%という割合だった。

これが、同年12月1日から2022年1月5日までを見ると、英語が57%と最も多くなり、ロシア語の割合は39%にまで減少している。「西側によるウクライナ支持の弱体化に狙いを定めている」と報告書は指摘する。

●「偽情報」をめぐる応酬

親ロシアアカウントが拡散する偽情報/プロパガンダの論点とは何か。

ロシア国防相のセルゲイ・ショイグ氏は2021年12月21日、米国側が「挑発行為」のためにウクライナ東部に「化学物質」を搬送した、と発言。米国はすぐさまこれを否定している

「ミトスラボ」の報告書によれば、親ロシアのツイッターアカウントは、このようなロシア政府の主張を繰り返しているという。

米国務省は2022年1月20日付で、「ウクライナに関するロシアの偽情報」と題する資料を公表。「西側はウクライナを紛争に向かわせようとしている」など、ロシアが軍事的緊張についての責任を否定する、代表的な七つの言説を取り上げている。「米国が(ウクライナ東部)ドンバスへの化学兵器攻撃を計画している」も、その一つだ。

さらに米国防総省報道官のジョン・カービー氏は2月3日のブリーフィングで、「我々は、ロシアが非常に生々しいプロパガンダ動画を制作するだろうと考えている」と、先回りによる牽制もしている。ウクライナ軍や西側による攻撃で死傷者が出た、とのシナリオの動画を使い、侵攻の口実とする「偽旗作戦」の可能性を示す。

また米大統領補佐官(国家安全保障担当)、ジェイク・サリバン氏は2月11日、ロシアによるウクライナ侵攻が「オリンピック期間中にも始まる可能性がある」とし、ウクライナ国内の米国人に対し「48時間以内の退避」を求めた。これに対してロシア外務省は、「大規模な偽情報キャンペーンだ」と反論。

翌2月12日の米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領の電話会談も進展はなく、非難の応酬が続いている。

●ウクライナへのサイバー攻撃

ウクライナをめぐっては、ロシアが2014年にクリミア半島を併合。ウクライナは、ロシアによるフェイクニュース攻撃、サイバー攻撃、武力攻撃が一体となった「ハイブリッド戦」の標的となり続けてきた。

「ミトスラボ」の2021年12月の報告書では、同年4月と10月、ロシアの部隊増強に先立って偽情報/プロパガンダのツイートが増加していたと指摘。これを部隊増強の予兆と見ることもできるかもしれない、と述べている。

そしてウクライナでは、サイバー攻撃でも深刻な被害が続いている。

2022年1月13~14日には、ウクライナの70にのぼる政府機関のサイトが改竄されるなどのサイバー攻撃を受けた。

ウクライナ保安庁(SBU)などは、ロシアの関与の兆候があると指摘。ウクライナのCERT(コンピューター緊急対応チーム)米マイクロソフトは、これがデータ消去などを行う悪意のあるプログラム、マルウェアを使った攻撃であると分析している。

ウクライナでは2015年末、サイバー攻撃による史上初の電力網停止が明らかになっている。

この時のサイバー攻撃では、約30の変電所が停止、23万人が最大6時間の停電の影響を受けた。「BlackEnergy」「KillDisk」「Industroyer」と呼ばれるマルウェアが使われたと見られている。

電力網へのサイバー攻撃は、2016年12月にも行われ、キエフの夜間使用電力の5分の1に相当する停電が発生した。

さらに2017年6月末には、政府機関や電力会社などのウェブサイトがサイバー攻撃を受けて相次いで停止する。この攻撃には「NotPetya」と呼ばれるマルウェアが使われ、被害は世界規模に拡大。被害額は100億ドル以上と見られている。

これらは、いずれもロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)傘下のサイバー攻撃チームとして知られる「サンドワームチーム」によるものと見られている。

米司法省は2020年10月、「サンドワームチーム」がこれらに加えて2017年のフランス大統領選、2018年の平昌オリンピックへのサイバー攻撃などを行ったとして、メンバーとされる6人のロシア人を起訴している。

●「ハイブリッド戦」の標的

ウクライナ保安庁のサイバー専門チームは、(西部の都市)リヴィウにある二つのボットファームを発見し、停止させた。その機能は計1万8,000件にのぼるフェイクアカウントだった。事前の情報によると、ボットファームの管理者は、ロシア連邦が派遣したまとめ役が監督していた。

ウクライナ保安庁は2022年2月8日、そんな発表をしている。フェイクニュースの攻防は、ウクライナ国内を舞台としても展開されている。

EUのフェイクニュース対策プロジェクト「EUvsディスインフォ」の1月27日のまとめによると、2015年以来、同プロジェクトのデータベースに収録された1万3,500件を超える親ロシアのフェイクニュースのうち、5,200件超、実に4割近くがウクライナを標的としたものだった。

ウクライナ保安庁は2月1日にも、メッセージサービス「テレグラム」を舞台に、ロシアのGRUが関与した、大規模な情報工作ネットワークを解明した、と発表している

また、ウクライナのネットメディア「ユーロマイダンプレス」の1月24日付の報道によると 公共施設などへの偽の爆破予告も年初以来頻発しているという。爆破予告は全土におよび、その数は1月だけで945件、対象施設は9,907カ所。最も多いのは学校などの教育施設で7,941カ所だという。

「一連の偽装爆破予告がハイブリッド攻撃の一部であり、事前に計画された情報操作に他ならないと断言できる」とウクライナの緊急事態庁は述べ、ロシアからの発信であると強調しているという。

●フェイクニュースへの耐性

軍事的緊張と直結した集中的なフェイクニュース攻撃があり、反ロシアと親ロシアの分断があるウクライナ。このような状況で、どんなフェイクニュース対策が可能なのか。

カナダのマギル大学や米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)などの研究チームは、カギとなるのは、「分析的思考」だと指摘している。

ノーベル経済学賞受賞者でプリンストン大学名誉教授のダニエル・カーネマン氏の『ファースト&スロー』で広く知られるように、人の思考のうち、直感的、自動的で速い思考はシステム1と呼ばれるのに対し、理性的、分析的で遅い思考はシステム2と呼ばれる。

マギル大などの研究チームは、この分析的思考(システム2)が、政治的立場に関わらずフェイクニュース耐性に影響している、と指摘する。

2021年7月に公開されたワーキングペーパー(プレプリント)によると、研究チームは2019年、ウクライナの1万1,448人を対象に、オンラインと対面で、分析的思考を測定する認知反射テスト(CRT)、ロシアに対する親和度、フェイクニュースとリアルのニュースの識別結果、などを調べた。

その結果、分析的思考のレベルが高かったグループは、反ロシア派だけでなく、親ロシア派もほぼ同様に、フェイクニュースとリアルのニュースの識別能力が高い傾向を示した、という。

ウクライナのような、政府やメディアへの信頼度が低く、フェイクニュースが氾濫する環境にあっても、政治的な立ち位置によらず、分析的思考がフェイクニュースへの耐性を支えているようだ。

●国境のない攻防

フェイクニュースは、2016年の米大統領選をきっかけに世界的な注目を集めた。この時のサイバー攻撃などを絡めたフェイクニュース攻撃も、ロシアによる情報戦だったことが米情報機関などによって認定されている

※参照:サイバー攻撃と偽ニュース:ロシアによる米大統領選妨害は、いかに行われたのか?(01/07/2017 新聞紙学的

また日本国内でも、ヤフーニュースのコメント欄が、ロシアによる情報工作の舞台となっていたことがわかっている

※参照:メディアの「コメント欄」が情報工作の標的になる(09/27/2021 新聞紙学的

この攻防には、国境がない。

(※2022年2月14日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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