1月は子宮頸がん予防啓発月間です 英国はHPVワクチンで克服目前?そして米国で起きている残念なこと
HPVワクチン接種開始から15年の成果
米国、英国、オーストラリアなどで2006年にヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種がはじまってから15年あまり。2012年までには少なくとも40カ国で定期接種となり、日本でも今年4月から対象者に個別に接種を呼びかける「積極的勧奨」が再開されます。
日本の場合、HPVワクチンの接種対象は小学校6年から高校1年相当の女子で、子宮頸がんの主な原因となる2つのHPV型を予防する2価ワクチン「サーバリックス」または、それに良性の尖形コンジローマの原因となる2つのHPV型を加えた4価ワクチンの「ガーダシル」のどちらかの3回接種です。
米国では現在、中咽頭がんなど頭頸部がんの一部の原因となるHPV型も含む9価ワクチン(日本での販売名はシルガード9)のみ使われています。9歳から接種可能ですが、一般的には11歳から12歳の男女を対象とする2回接種です。
HPVワクチンの導入当初は、HPVが性的接触で感染することや、接種対象が10代はじめの子供ということでなどで、ためらう保護者も多かったようですが、この15年でワクチンの安全性と有効性が多数の研究結果で示されてきました。
英国の20代半ば以下は子宮頸がんの心配なし?
最新の例として昨年11月、英国ロンドンのキングス・カレッジの研究者らが、HPVワクチンの定期接種プログラムの導入により子宮頸がんおよび前がん病変の発生が大幅に減少し、1995年9月1日以降に生まれた女性では子宮頸がんの根絶にほぼ成功している可能性があるという調査結果を、権威ある医学雑誌の「ランセット」で報告しました(注1)。
英国では2008年9月から12歳~13歳の女子を対象に、公費による2価HPVワクチンの定期接種を始めました(接種率は80.9~88.0%)。また2010年までは14歳から18歳の女子にもキャッチアップ接種を提供しましたが、接種率は10代半ばで7割強、10代後半では5割以下でした。
この研究ではがん登録データを使って、イングランドに住む20歳から64歳の女性のうち、2006年1月から2019年6月30日までに子宮頸がんおよび高度異形成、上皮内腫瘍(CIN3)の診断を受けた人を特定し、年代やHPVワクチンの接種年齢などの区分で分析しました。
その結果12歳から13歳で接種を受けた年代は、非接種対象年代と比較して子宮頸がん発生リスクが87%減少し、14歳~16歳でキャッチアップ接種した年代は62%、16歳から18歳でのキャッチアップ接種した年代では34%下がったことがわかりました。
また前がん病変であるCIN3の発生リスクも、12歳から13歳に定期接種を受けた年代では97%もリスクが減少。14歳から16歳のキャッチアップ接種年代では75%、16歳から18歳のキャッチアップ接種年代では39%のリスク低下でした。
HPV感染による子宮頸部異形成などの前がん病変から、子宮頸がんに移行するまでには10年近くかかるため、HPVワクチンが前がん病変だけでなく、子宮頸がんの発生率を減らすことを示す研究結果は限られていました。そうした中でこの英国の研究は、2価ワクチンの子宮頸がん予防効果を直接的に証明するものとして注目を集めました。
なお、英国では2012年9月以降は4価HPVワクチンを使っており、今年度から9価ワクチンに切り替えていく予定。また2019年から男子も接種の対象になっています。
米国でも子宮頸がん発生率が毎年1%低下
一方、2021年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)では、2001年から2017年までの米国がん統計プログラムのデータを分析したところ、過去17年間で子宮頸がんの発生率が毎年1%低下しているという研究発表がありました。2018年現在、米国では人口10万人に対する子宮頸がん罹患率は7例です(日本は10万人に対し16.9例)(注2)。
この理由として研究者は、子宮頸がん予防には検診およびHPVワクチン接種に関する明確なガイドラインがあることをあげています。また年齢でみると、20歳~24歳の子宮頸がんの発生率が、年間に4.6%と大きな減少となっていることから、HPVワクチン接種の効果が示唆されていると指摘しています(注3)。
米疾病対策センター(CDC)が2020年に実施した定期接種調査によれば、米国でのHPVワクチン接種率は前年より微増し、約75%の10代の若者が少なくとも1回の接種を受けています。また61.4%の女子が、56%の男子が2回の接種を完了しています(注4)。
誤った情報がもたらす懸念
その一方で、HPVワクチンの接種拒否について2015年から2018年のデータを比較したところ、安全性を疑問視して子供にHPVワクチンを受けさせない保護者の割合が13%から23%に増えていました。米国では2006年のHPVワクチン接種開始後も食品医薬品局(FDA)やCDCが安全性のモニターを続けています。
HPVワクチンの接種では、注射部位の痛みや発熱、めまい、緊張からくる失神などの副反応を経験する場合があります。このような重篤ではない副反応報告件数も2015年は10万回接種に対して43件でしたが、2018年には28件へと下がっています。こうした事実に反して安全性への懸念を挙げる保護者が増えたのは、SNSやオンライン上の不正確なワクチン情報に起因する可能性があると、この調査を行った研究者はコメントしています(注5)。
そのほか「自分の子供は性的な活動をしない」、「HPVワクチンは不要だ」といった理由で子供に接種させない保護者もいます。ワクチン接種に関して不安があれば、たまたま目にした情報ではなく、信頼できる情報をもとに医師と相談した上で判断することが重要です。
米国では2030年までにHPVワクチン接種率を80%まで上げることを目標にしています。しかしコロナワクチンをめぐり、オンライン上に偽情報がまん延し、ワクチン接種が政治的立場を示す踏み絵になったかのような米国では、HPVワクチン接種も停滞してしまうことが懸念されます。
科学の進展がもたらす希望
一方、英国、米国と並んで2006年からHPVワクチンの接種を開始したオーストラリアは、世界で最初に子宮頸がんを排除する国になることを目指しています。オーストラリアの2017年現在の子宮頸がん罹患率は、人口10万人に対し6.6例(注6)です。昨年11月にハント保健相は「HPVワクチン接種と5年毎のHPV検査で、2035年には子宮頸がんを排除する目標に向かって進んでいる」と発表しています(注7)。
日本では積極的勧奨の再開とともに、HPVワクチン接種率が急上昇することが期待されますが、子宮頸がんの予防には定期的な子宮頸がん検査も欠かせません。日本では20歳以上の女性は2年に一度、子宮頸がん検診の対象です(注8)。
今年20歳になる人、昨年、子宮頸がん検診を受けなかった人は、どうか子宮頸がん検診を「2022年のやることリスト」に加えて下さい。できる限り多くの国で、1日でも早く、子宮頸がんがなくなる日をめざして。
参考リンク
注1 HPVワクチン接種で子宮頸がん発生が9割減 時事通信の医療ニュースサイト (jiji.com)
注3 検診とワクチン接種の標準化により子宮頸がん発生率は低下 海外がん医療情報リファレンス (cancerit.jp)
注4 HPVワクチン接種率の上昇続く(英文リンク、米国小児科学会ニュース)
注5 HPVワクチンの安全性が確立されているにもかかわらず、安全性を疑問視する保護者が増える(英文リンク、米国国立衛生研究所)
注6 オーストラリアにおける子宮頸がんの現状(英文リンク、オーストラリア連邦政府)