10月から最低賃金引き上げ! 知っておきたい「セルフチェック」の方法
10月上旬から中旬にかけて、都道府県ごとの地域別最低賃金が改定される。
物価上昇による生活への影響などが考慮され、今回の改定では、従来と比較して、大幅な引き上げが実現することとなっている。47都道府県で39〜47円の引き上げとなり、全国過重平均額は現在の961円から1,004円まで上昇する。
非正規労働者や低賃金の正社員が増えたことにより、最低賃金近傍(最低賃金に近い水準)で働く労働者の数はこの10年ほどの間に大きく増加しており、今回の最低賃金の改定は多くの労働者の賃金に影響を及ぼすものと思われる。
最低賃金は時間単位で定められているため、パートやアルバイトなど、時給制で働いている方であれば、自らの給与が最低賃金を上回っているかは確認しやすい。今回の改定に伴い、時給が上がるという方も多いだろう。
一方で、月給制で働いている方は、自分の給与が最低賃金を上回っているか確認するためにはある程度の計算が必要になる。給与明細を見ただけでは最低賃金を満たしているか分からない。だから、「知らぬ間に最低賃金を下回っていた」ということもあり得る。
私たちのもとに労働相談にいらした正社員の方に給与明細を見せてもらった時に、最低賃金を下回っていることが判明するというようなケースはまったく珍しくない。
特に、最低賃金の改定がなされた場合には、会社が改定後の最低賃金に合わせて給与を引き上げる措置を取らずに、いつの間にか最低賃金を下回っているという事態が生じやすい。今回のような大幅な引き上げがなされた場合にはなおさらである。
そこで、今回は、正社員など、月給制で働く方に向けて、最低賃金を上回っているかを確認する方法を解説していきたい。
月給制の場合の計算の例
地域別最低賃金は都道府県ごとに定められており、実際に働いている事業所のある都道府県の最低賃金が適用される。各都道府県で適用される最低賃金については次のリンク先をご確認いただきたい。
上述したとおり、最低賃金は時間単位で定められているから、月給制の方が最低賃金を下回っていないかを確認するためには、月給を時給に換算しなければならない。
そこで、まず、簡単な事例で、月給制の方が、「時間当たりの賃金額」を求めるための計算方法を見ていこう。
以下の図は、東京都の飲食店で正社員として働くAさんの給与明細だ。Aさんの会社は、1日の所定労働時間が8時間で、年間所定労働日数は250日である。
基本給 160,000円
職務手当 20,000円
通勤手当 5,000円
時間外手当 35,000円
月額合計 220,000円
この場合、次のように計算すると、「時間当たりの賃金額」を算出できる(どうしてこのような計算方法になるかについては後述する)。
1 支給された賃金から最低賃金の対象とならない賃金を除く。ここでは、通勤手当と時間外手当が対象とならない。
220,000円−(5,000円+35,000円)=180,000円
2 1の金額を時間額に換算し、「時間当たりの賃金額」を求めて、最低賃金額と比較する。
時間当たりの賃金額=(180,000円×12か月)÷(8時間×250日)
=1,080円 < 10月1日以降の東京都の最低賃金額1,113円
このように計算すると、Aさんの場合、最低賃金を33円下回っていることがわかる。仮に月当たり160時間働いていたとすると、月に5千円以上損をしていることになる。
最低賃金を下回っている場合には差額の請求が可能
ごく一部の例外的なケース(都道府県労働局長の許可を受けた場合)を除き、「時間当たりの賃金額」を最低賃金額よりも低くすることはできない。
最低賃金額に達しない労働契約が定められている場合には、その部分について無効となり、最低賃金額で契約したものとみなされる。
最低賃金に満たない額しか支払われていなかったときは、最低賃金との差額を請求できる。賃金の請求権の消滅時効は3年なので、過去3年間分の請求が可能だ。
1時間当たりでは数十円の違いだとしても、3年以上前から最低賃金を下回っていたとしたら、かなりの金額を請求できるかもしれない。
さらに、残業をしていた場合には、時間外手当についても正しい「時間当たりの賃金額」をもとに計算し直すことになり、すでに支払われている金額との差額を請求することができる。
「時間当たりの賃金額」の求め方
以上のように、月給制で働いている方が最低賃金を満たしているか確認するためには、月給額を「時間当たりの賃金額」に換算しなければならない。「時間当たりの賃金額」は、原則として次のとおり計算する。
時間当たりの賃金額=月給額÷月平均労働時間数
ただし、実際に計算しようとすると、この計算で使用する「月給額」と「月平均労働時間数」について、どのように求めればよいか迷うはず。少し細かくなるが、以下に解説していく。
(1)月給額
まず、「月給額」だが、これは基本給とイコールではないので注意していただきたい。Aさんの事例で見たとおり、特定の手当などは「月給額」に含めることができる。
一般的には、給与明細に記載されている手当のうち、残業手当、休日手当、深夜手当、家族手当、通勤手当、精皆勤手当といったものを除外する。
除外する賃金の詳細については、次のリンクから厚生労働省のホームページをご確認いただきたい。
(2)月平均労働時間数
次に「月平均労働時間数」だが、多くの正社員の場合、月によって労働日数が異なるため、月ごとに労働時間を数えていこうとすると、とても大変だ。
そこで、Aさんの事例で行ったように、年間の「月給額」の合計(「月給額」×12カ月)と、年間の労働時間の合計(1日の所定労働時間×年間所定労働日数)から「時間当たりの賃金額」を算出する。
年間所定労働日数は自分で数えるしかない。労働条件通知書や求人広告の休日の項目に記載されている内容(「完全週休2日制」、「年間休日115日」など)をもとに年間所定労働日数を求めよう。
もう少し簡単に計算したいという方は、1日8時間、週40時間の勤務形態の場合に限り、「月給額」を173.8時間で割ると、大まかな「時間当たりの賃金額」を算出することができる(173.8時間は計算上の月平均所定労働時間の上限値)。ざっくりと最低賃金を下回っていないか確認するだけなら、この方法でも構わない。
以上の方法により、「時間当たりの賃金額」を求めて、最低賃金を下回っていないか確認することができる。
この方法で確認してみて最低賃金をもらえていない可能性がある場合は、私たちのような専門の団体に相談してほしい。未払い額の計算や会社への請求を手伝ってくれることもある。
なお、会社によっては、裁量労働制や変形労働時間制といった分かりにくい賃金形態を採用している場合もあるので、よく分からない場合や厳密な計算を行いたい場合にも専門の機関や団体に頼るようにしてほしい。
法律違反を容認してはならない
最低賃金を下回る賃金で労働をさせた事業主は処罰され、50万円以下の罰金に処せられる。
いくら最低賃金が上がっても、守られなかったら意味がない。法律を守るのは事業主の最低限の義務であり、ルールを守らない事業主を容認すべきではない。
もし最低賃金を下回っていることが判った場合には、労働者は働いた分の賃金を受け取る権利があるので、遠慮なく請求した方がよい。
ただ、個人で未払い賃金の請求をしても、言い逃れをして支払おうとしない経営者も多い。行政機関や私たちのようなNPO、個人加盟の労働組合では無料で相談を受け付けており、請求方法に関するアドバイスや未払額の計算のサポートをしているので、ぜひ活用してほしい。
無料労働相談窓口
03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:soudan@npoposse.jp
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*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
03-6804-7650
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*個別の労働事件に対応している労働組合です。誰でも一人から加入することができます。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
*10月8日(日)14~20時「最賃改定に伴う賃上げ・労働相談ホットライン」を開催予定
03-3288-0112
*「労働側」の専門的弁護士の団体です。
022-263-3191
*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。