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「イスラーム国」からの「帰還者」の脅威ってどういうこと?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
むち打ちの刑を執行する「イスラーム国」

 相次ぐ拠点の喪失や占拠地域の縮小により、イラクとシリアでの「イスラーム国」の敗亡は時間の問題となりつつある。その一方で、「イスラーム国」の下で活動していた外国人戦闘員やその家族が出身国に「帰還」したり、他の地域へ「移転」したりしていることが懸念されている。「帰還」や「移転」した者たちがイスラーム過激派としての活動を続ければ、「イスラーム国」が残存したり拡散したりし、今後もその脅威が続くことが懸念される。この問題について、アメリカの研究機関が興味深い報告書を刊行した。この機関は、「イスラーム国」への外国人戦闘員の移動に関し世界的に参照された報告書を2014年2015年にも刊行している。

「帰還者」の何が問題か?

 報告書では、およそ110カ国から4万人以上がイラク、シリアに流入したうち、少なくとも33カ国から5600人が「帰還」している上、実数が捕捉されていないその他の諸国と帰還者があると指摘された。直感的には、そうした帰還者達が「イスラーム国」の指令を受けるなり、新たなイスラーム過激派集団を形成するなどし、ヨーロッパや東南アジアで破壊行為を行うことが懸念されるだろう。過去数年世界各地で発生した「イスラーム国」が犯行声明を発表した襲撃事件や、フィリピンなどでのイスラーム過激派の活発化がそうした懸念の根拠となろう。しかし、報告書を一読したところ、どのような「帰還者」、或いは「イスラーム国の共鳴者」がどの程度の時間枠でどのような脅威となるかは「わからない」のが実態のようだ。それを踏まえ、報告書は「イスラーム国」の正体に幻滅した者でも「イスラーム統治の実現」や「英雄的な殉教」に幻滅したわけでなければ、引き続きイスラーム過激派による勧誘や煽動に影響されやすい状態にあることに注意喚起している。そして、「「イスラーム国」の成長を促進した条件が残存する限り、同派や類似の組織が生き残るのは確実である」との見解を表明した。

 ここで「イスラーム国」への戦闘員らの送出し実績と帰還者の数を確認してみると、今般の報告書で挙げられた国名や数値は、2015年末の推計と多少の順位の変動はあるが、上位の送出し国・地域はほぼ同じだった。その中で注目すべきは、大口の送出し国毎の帰還率のように思われる。上位5カ国で見ると、ロシア(送り出し数3417人に対し、帰還は約400人。帰還率は=約11.7%)、サウディアラビア(同3244人、約760人、約23.4%)、ヨルダン(同3000人、約250人、約8%)、チュニジア(同2926人、約800人、約27.3%)、フランス(同1910人、271人、約14.2%)となっており、帰還率が2割を超えるサウジやチュニジアのような国は、「送り出す」も「帰還」も比較的容易な国のように見える。つまり、このような国はイスラーム過激派への人員供給という面で対策が手ぬるいといえるだろう。また、イラク、シリアに向かう戦闘員らの流れも、そこからの帰還の流れも、主な経由地はトルコと思われる。イスラーム過激派の人の流れを抑えるためには、これらの諸国の取り組みや、それへの支援が重要となるだろう。

「イスラーム国」の成長の促進要因とは何か?

 ところで、「イスラーム国」の外国人戦闘員らが帰還先・移転先の治安上の脅威になり、今後もイスラーム過激派が残存・拡散する恐れがあるとすれば、イスラーム過激派の成長を促進した条件なり、要因とは一体何だろうか?一般には、イラクやシリアでの宗教・宗派、民族紛争や圧政や独裁がそうした要因だと思われるかもしれない。しかし、それだけでは「イスラーム国」の下に世界中から多数の人々が集まり、それがイラクやシリア以外の場所で破壊活動を行うことの説明がつかない。なぜなら、イラクやシリアで現地の政権を打倒し、領域を占拠し、それを維持しようというのなら、それ以外の諸国は資源の供給地として利用するのが合理的であり、「イスラーム国」を名乗ってわざわざ欧米やアラビア半島やアジアの諸国を攻撃する必要はないからだ。また、非常にばかばかしいことだが、「帰還」とはどこかから出発しない限りあり得ないことだから、帰還者の問題の根本は彼らが出発した場所にあると考えるべきだろう。

 そうなると、世界中から「イスラーム国」へと人々が送り出された原因も、「イスラーム国」の成長を促進した要因の一つと考えることができる。貧困、教育の欠如、格差、差別、移民やその子孫の不適応、自己実現の機会の欠如が、人々が「イスラーム国」に惹きつけられた原因だろうか?しかし、そのような境遇に置かれ、それに不満を抱いている者が「全て、自動的に」イスラーム過激派のために活動を起こすわけではない。現に、EU諸国のムスリムやアラブ移民、低所得者のうち、本当に「イスラーム国」のために行動を起こした者の割合はごくわずかだ。重要なのは政治や社会の現状に不満を持つ人々に、誰がどのように働きかけ、組織化するかだ。

 ここで注目すべきは、「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派の人員勧誘のメカニズムだ。彼らはテロ組織という性質上、組織が必要とする能力がない者、組織に忠実でない者、敵のスパイが入り込むことは防止しなくてはならない。そのため、人員の勧誘は勧誘対象の能力や信頼性を吟味するため、親族や友人関係に沿った勧誘、直接的な交流を経た上での勧誘が基軸となる。その結果、「イスラーム国」についても人員は「送出し国」の中で組織の構成員が選抜・勧誘・教化した上で、旅程の手はずを整えてから出発させた者が主力となる。ネットなどを通じて勝手に感化された者が合流を希望する場合は、失敗して経由地で阻止されたり逮捕されたりする可能性がずっと高くなる。また、受入れる側は彼らの能力や信頼性を判断できないので、運よくたどり着いたとしてもすぐに「イスラーム国」の一員にはなれず、訓練機関や末端の戦闘部隊に配置されて選抜・教化・訓練を受けるようだ。

 要するに、「イスラーム国」に多数の人員を送り出した諸国には、「イスラーム国」がそうすることができるだけの組織的な基盤が存在するということだ。「イスラーム国」に多数の人員を送り出した諸国が抱える問題とは、実は「イスラーム国」やその仲間がさしたる制約もなしに選抜・勧誘・教化、そして送出し活動を行っていたということなのだ。つまり、最優先でとるべき対策は「送出し国」で「イスラーム国」のために活動している者を追跡・特定して取り締まることであり、彼らがどのように「イスラーム国」と連絡を取り合っているの解明してそれを断つことである。貧困、格差、差別、機会不均等などの問題が解消されることは望ましいが、それにこだわるあまり現場でとるべき対策が疎かになれば本末転倒といえる。

 結局のところ、外国人戦闘員の帰還や移転という文脈では、今般の報告書が言うところの「イスラーム国」の成長を促進した諸条件というのは、「送出し国」や経由地における対策の不備や当局の不作為のことである。「イスラーム国」の成長の促進要因を、「イスラーム国」の活動地や抜本的な解決策のない問題にのみに求めても、有効な対策にはつながらない。この問題は送出し国と経由地が責任を負うべき問題であり、それが理解できない限りこれらの諸国は「帰還者」の脅威から逃れられないことだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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