財務省「背任」の決定的場面 ~森友事件不起訴が不当であるワケ~
3月29日、森友事件で検察審査会が「不起訴不当」という判断を公表したのは記憶に新しい。検察の不起訴の判断はおかしいというのだから大きな反響を呼んだ。だが報道の多くは公文書改ざんに関わった元財務省理財局長の佐川宣寿氏を見出しにとった。
実際には、森友事件の本質と言える国有地値引き売却の「背任」でも不起訴不当が出ている。売却担当だった財務省近畿財務局の職員も含まれる。この職員は森友学園側から、国有地の買い取りにいくらまでなら出せるか、上限額を聞き出していた。
私はNHKの記者だった2年前、2017年(平成29年)7月、この事実をニュースで報じた。様々な関係者や捜査当局などへの取材を重ねた結果だ。ここで、あの時のさらに詳細なやりとりを初めて明らかにしたい。それはまさに「背任の決定的な場面」と呼ぶにふさわしい。
【背任の“決定的場面”】
3年前の2016年(平成28年)。日に日に春らしさが増す3月30日の夕刻。スーツ姿の2人の男が大阪市内某所に森友学園の関係者を訪ねた。財務省近畿財務局の統括国有財産管理官I氏と上席管理官M氏。森友学園への国有地売却を担当している。2人はこの日の日中、学園を訪れて籠池泰典理事長(当時)夫妻らと面会した際、国有地の値下げを強く迫られていた。これを受けて売却額について突っ込んだ話をするため、改めて関係者のもとを訪れたのだ。
I統括)有益費(土壌改良工事の費用)の関係があるので、売却額は1億3200万円を切ることはできません。それで大丈夫ですか?
関係者)理事長が納得できるかわかりません。けれど予算的には買えると思います。うちとしてここまでしか出せないという額はあります。
I統括)いくらまでなら出せますか?
関係者)1億6000万円です。うちとしては厳しいかもしれませんが、のまなあかん時もあります。
I統括)その範囲に収まるといいですね。
…それから2か月。財務局が提示した売却額は1億3400万円。見事に「その範囲に収まって」いた。近畿財務局が森友学園側に出せる金額の上限を尋ね、売却額をその範囲に収めて大幅に安くし、国民の財産に損害を与えた。まさに「背任」であろう。
そして上限額を聞き出したその日に、近畿財務局は土地を管理する国土交通省大阪航空局に、国有地のごみの撤去費用の積算を依頼している。値引きの根拠とされた撤去費用を。しかも学園側から聞き取った上限額を、大阪航空局の担当者にも伝えたという。
【これほどまでの便宜】
このやりとりのおかしさは、「売り手の方から買い手が出せる上限額を聞いている」ことだ。これは国有地だ。国民の財産を守るため、鑑定評価額で売るのが当たり前で、買い手の上限額など関係ない。過去に近畿財務局と土地取引をしたことのある弁護士は、「彼らは決してまけない。鑑定価格を示してきて、『これより1円も安くも高くもなりません。いやなら買わなくていいです』と言ってくる。それなのに森友だけ特別扱いだよね」と話している。そう、まさに特別扱いだ。そもそも会話の冒頭から、最低価格を示して「大丈夫ですか?」と尋ねている。なぜ国が買い手のことを心配せねばならないのか?
近畿財務局はその後も特別扱いを繰り返している。例えば同じ年の5月18日。この2人は森友学園を訪れ籠池理事長(当時)夫妻と面会している。音声データで残っている、そこでの財務局の2人の発言。
・僕は(学園側と)合致する金額をご提示したいと思ってるだけです。
・理事長がおっしゃるゼロに近い金額まで、私はできるだけ、評価を努力するという作業を今やってます。
・以前ご説明した方法というのが、国有地の分割払いで買うみたいな方法ですね。最初に2割ぐらいを入れて、あと10年であとの8割を返すみたいな。
・それをやった時に、結構、劇的に月額の負担料は安くなる。
国有地では極めて異例の分割払いを、国の方から提案している。これほどまで便宜を図っていたのである。
【特ダネに激怒した報道局長】
「上限額聞き出し」をNHKニュース7で報じた際、原稿には冒頭に「特ダネ」と記された。それから3時間ほどして驚愕の事態が起きた。
私の上司である大阪の報道部長の携帯に、怒りの電話がかかってきたのである。東京の報道局長、NHKの全国の報道部門のトップだ。電話口から「私は聞いてない。なぜ出したんだ」という激怒した声が聞こえてくる。私はたまたま部長の目の前にいて内容を知った。電話は繰り返しかかってきた。最後に電話が切れた時、報道部長は言った。「あなたの将来はないと思えと言われちゃいましたよ」
これほど露骨な圧力は初めての経験だった。この場合の「あなた」は報道部長のことだが、部長はこの原稿に直接タッチしていない。その部長の将来が「ない」と言うなら、原稿を書いた私の将来は「もっとない」だろう。私は「次の人事異動で何かあるな」と予感した。
そして次の人事。私は記者を外され、報道と無関係の部署に異動した。だから私はNHKを辞めた。そして、この時の経緯を含む森友報道の舞台裏と、記者やディレクターたちの奮闘を本に書いた。題して「安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由」(文藝春秋刊)
でも、報道局長は何を激怒したのだろう? このニュースを出して不都合があるのは財務省であり、首相官邸であり、政権である。私は政権批判ありきではないが、政権に不都合なニュースも堂々と出すのが記者の心意気であり、報道機関のあるべき姿ではないか。それなのに報道局長はなぜ激怒したのだろう。忖度? それとも何らかの…?
【上限額を記したメモ】
この時のNHKの報道内容について、財務省はのちに国会での質問に対し、短く一言「事実です」と答弁し、事実関係を認めた。
この「1億6000万円」の上限額を記したメモが近畿財務局にあり、このメモを大阪地検特捜部が入手していたと見られることも、取材の結果わかった。メモの存在は、財務局が上限額を強く意識していたことを示す。
上限額聞き出しの面談内容は、籠池前理事長やほかの関係者にも報告され、数人が知るところとなった。特捜部も捜査によって把握していたと見られる。それでも特捜部は、背任で告発されたI統括らを不起訴にした。
【“不起訴不当”と判断した検察審査会】
だが有権者から選ばれ、市民目線で検討する検察審査会は、そうは判断しなかった。I統括国有財産管理官とM上席管理官は、背任容疑で「不起訴不当」とされた。この2人の行為について検察審査会は次のように判断した。
・大阪航空局の担当者に(値引き額の根拠となる)撤去費用の積算金額を上積みするよう指示していた。
・売り払い価格を約1億3000万円に近づけるべく手続きを進めており、この金額が適正ではないと認識していた。
・自己保身のため国有地を森友学園側が希望する価格に近づけるため、売却価格ありきで値引きし、売り払ってしまう方向に動いたのではないかと推認できる。
その上で、検察当局に対し次のように指摘した。
・政治家らによる働きかけの影響の有無についても検察官はさらに捜査を尽くすべきと考える。
・本件のような社会的に注目を集めた事件については、公開の法廷という場で事実関係を明らかにするため、公訴を提起する(=起訴する)意義は大きいのではないか。
実に的確、かつ手厳しい指摘と言うべきだろう。これらの不起訴処分をした大阪地検特捜部の主任検事は、現在、特捜部ナンバー2の副部長になっている。不起訴不当の議決を受けた再捜査では、今度こそ背任を立件してもらいたい。
【国、国会、報道の責務】
しかし、より厳しく問われるのは安値売却の当事者である財務省の責任だ。上限額聞き出しについて国民にきちんと説明すべきであろう。
・なぜ上限額を聞き出したのか?国としてその必要があったのか?
・なぜ「その範囲に収まるといいですね」と言ったのか?
・実際にその範囲に収まる金額で売却しているのはなぜか? そのために上限額を聞いたのではないか?
・これ以外にも学園の都合に合わせて売却条件を決めるような発言を繰り返したのはなぜか?
財務省がきちんと説明しないのなら、ここは国会の出番だ。ぜひ当該職員を呼んで説明を求めてほしい。そして、なぜそこまでして森友学園に国有地を安値で売却しなければいけなかったのか、その謎を解明してほしい。この国有地に建つはずの小学校は、安倍昭恵首相夫人が名誉校長を務めていたのだ。
これらの謎が解明された時、初めて森友事件は解決したと言える。これは国の責務であり、国会の責務であり、同時に報道の責務である。