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突然姿を消した彼の行方を追う女性を演じて。監督のむちゃぶり?「即興」が女優に目覚めるきっかけに

水上賢治映画ライター
「すべて、至るところにある」で主演を務めたアデラ・ソー  筆者撮影

 世界各地をさすらいながら映画を作り続け、自らを「シネマドリフター(映画流れ者)」と称するリム・カーワイ監督。

 現在、「ディス・マジック・モーメント」も好評公開中の彼から、早くも届いた一作「すべて、至るところにある」は、2018年の「どこでもない、ここしかない」、2019年の「いつか、どこかで」に続くバルカン半島を舞台にした三部作の完結編だ。

 かつて「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれ、悲しみの歴史と戦争の爪痕がいまも残る地を舞台に、今回は、姿を消したひとりの映画監督と彼の消息を追う女性の過去と現在、虚構と現実がないまぜになった物語が展開。そこからコロナ禍と新たな戦争の時代に直面したわたしたちの心に生じた虚無感、埋められない孤独、それでもあるかもしれない小さな希望が浮かび上がる。

 リム監督にとって集大成的な意味合いのある一作で、ヒロインのエヴァを演じたのはマカオと香港でモデルおよび女優として活躍するアデラ・ソー。

 バルカン半島三部作の第二作となる「いつか、どこかで」でも主演を務めた彼女に訊く。全四回。

「すべて、至るところにある」で主演を務めたアデラ・ソー  筆者撮影
「すべて、至るところにある」で主演を務めたアデラ・ソー  筆者撮影

「いつか、どこかで」は大きな転機になった作品でした

 前回(第一回はこちら)、リム・カーワイ監督との出会いについて語ってくれたアデラ・ソー。

 今回の「すべて、至るところにある」につながることになる2019年の「いつか、どこかで」について、いまこう振り返る。

「わたしにとって『いつか、どこかで』は大きな転機になった作品でした。

 まず、それまでモデルをしながらいくつかの短編映画に出演していましたけど、長編映画は初めてでした。

 しかも、リム・カーワイ監督と組まれた俳優さんはみなさん言っていると思うのですが、彼の演出は独特で。

 その場で即興で作っていくスタイルです。それまでわたしは、そんな形で演じたことがありませんでした。

 『いつか、どこかで』の撮影に入る前は、短編映画やCMの作品の現場しか経験はありませんでした。

 いずれも脚本や絵コンテといったものが用意されていて、それをもとに準備を進めていく形でした。

 これがごく一般的な映画作りのスタイルだと思います。わたしも『こういうものなんだな』と思っていました。

 そうしたら、リム・カーワイ監督の作り方はまったく違う。

 脚本なしでその場で監督からいろいろ指示を受けて役者は即興で演じていく。

 正直、はじめはびっくりしました。なにせ、そんな形で演じたことがありませんでしたから。

 でも、馴れてくると印象が変わったといいますか。演じていていままでになくすごく楽しかったんです。

 それはリム監督ならではだと思うんですけど、いい意味でひとつの型にとらわれない。

 演じる側にすごく自由を与えてくれて、いろいろなことを委ねてくれる。

 だから、演じるわたしとしては変に窮屈になることなく、のびのびとその役に取り組むことができる。

 その場で自分に出てきたことをそのまま表現することができる。

 リム監督の現場は、そういった自由な空間になっていて、すごく心地良くて演じることが楽しかった。

 一方で、自由を与えていただいている分、自分がしっかりとしなければいけない。

 きちんと責任感をもって役に挑まなくてはいけない。

 その厳しさは厳しさで、わたしは映画作りについて、演技について深く学ぶ機会になりました。

 それから、即興というのは、ほんとうにその場、その場で自分という人間を試されるところがある。

 自分のあらゆる感性を注ぎ込んで、その場で出さないといけないところがある。

 とても難しいからうまく対応できないときもある。

 でも、自分も気づいていなかった感情や、自分の中に潜んでいた思いもしない感性が引き出されたりする瞬間がある。

 俳優としてはいろいろなところを刺激されて、鍛えられる感覚がある。

 そこで、『演技って面白い』と思ったんです。

 『いつか、どこかで』では、こういうことを体験できました。

 この作品のおかげで、わたしは映画に深く興味を抱きましたし、映画が大好きになりました。

 そして、なにより今後、女優としてやっていきたいと心が決まりました。

 ですから、『いつか、どこかで』が、わたしを映画の世界に導いてくれたといっていいと思います」

「すべて、至るところにある」より
「すべて、至るところにある」より

ほかの俳優さんよりも即興に対して大変というイメージが低かったかも

 にしても、いきなり即興は戸惑わなかったのだろうか?

「はじめはやはり戸惑いましたよ。

 でも、順応できたのは、もしかしたら、わたしがデザインやアートのことをよく学んで、実際に創作していた経験があったからかもしれません。

 アート作品は、もちろん下準備をして一つ一つ作り上げていくものもありますけど、即興でその場で自由に感性に任せて一気に作り上げるものも珍しくない。

 そのことを分かっていたし、経験もしていた。

 なので、もしかしたらほかの俳優さんよりも『即興』に対して『大変』というイメージが低かったかもしれません」

再びのオファーは、断る理由がなかったです

 では、今回の映画「すべて、至るところにある」の話に入るが、オファーがきたときはどう受け止めただろうか?

「うれしかったです。

 ここまでお話ししたように前作『いつか、どこかで』はわたしにとってかけがえのない体験になっている。

 それに続く作品で、今回も少人数でバルカン半島を旅をしながら、その場で作っていくという。

 これだけで断る理由はなかったです。

 それから、遅ればせながらなんですけど、『いつか、どこかで』に出演後、ほかのリム監督の作品をいろいろと見ました。

 そこで改めて、リム・カーワイ監督のファンになったんです。またチャンスがあったら出演したいと考えていた。

 ですから、オファーをいただいたときは、『ぜひ出演したいです』とほぼ即答でした」

(※第三回に続く)

【「すべて、至るところにある」アデラ・ソー インタビュー第一回】

「すべて、至るところにある」より
「すべて、至るところにある」より

「すべて、至るところにある」

監督・プロデューサー・脚本・編集:リム・カーワイ

出演:アデラ・ソー、尚玄、イン・ジアンほか

公式サイト:https://balkantrilogy.wixsite.com/etew

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)cinemadrifters

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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