『カムカムエヴリバディ』アニーさんの仕事って?『キャスティング・ディレクター』で知るその喜びと葛藤
映画は90%以上がキャスティングで決まる
そう賞賛される一方で
『カムカムエヴリバディ』のアニー・ヒラカワは、ハリウッド映画のキャスティング・ディレクターとして登場した。時代劇を観ていたからこそ伴虚無蔵の魅力を知り、『サムライ・ベースボール』のキャスティングでも大きな役割を果たしていた。このキャスティング・ディレクターという仕事。役に合った俳優を選ぶということはわかるが、実際、どんな仕事なのか。
『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』(原題:Casting by)は、ハリウッドで長年活躍したこの道の先駆者マリオン・ドハティ(1923−2011)を中心に、映画業界の最も重要な仕事の一つと言われながら、同時に「知られざる英雄」とも称される仕事に迫るドキュメンタリー。彼女と組んだ監督や俳優、同業者や映画史研究家らへのインタビューを交えて、キャスティングの重要性と喜びと葛藤を紐解いてくれる。製作から10年を経ての日本初公開だが、これがもう実にエキサイティング! キャスティングを変えた一人の女性の一代記としても、映画史としても見応えたっぷりだ(余談だが、1925年生まれのアニーこと安子・ローズウッドとは同世代)。
ドハティがキャスティングの仕事についたのは1949年。アニーはラジオ番組では「大学で演劇を専攻した」と紹介されていたが、ドハティは大学時代に演劇に興味を持ったものの、卒業後バーグドルフ&グッドマンのディスプレーの仕事に就く。やがて大学時代の友人に誘われ、テレビ番組のキャスティング助手を始めたことから、ドラマが生放送だった黎明期のテレビ業界で頭角を現していくのだ。
というのも、かつてキャスティングはスタジオと契約している俳優リストから役に合うルックスの俳優を選ぶだけの事務的な仕事だったのだが、ドハティは自分の直感を信じ、演技力や存在感を重視して役に合う俳優をキャスティングしたから。リアリティのある演技を重視するアクターズ・スタジオがあるニューヨークだからこそ可能だったとも言えるが、テレビ時代に手がけた『裸の町』に配役した俳優の錚々たる顔ぶれだけでもテンション上がってしまう。
それは映画に活躍の場を移してからも同じ。アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロなど、出会った役者一人一人について彼女が作っていた目録用のカードも覗かせてもらえるのだが、そこには彼女だけがわかる表現で印象や特徴が記されていたりする。
たとえば、「物腰柔らか。大柄で愚直なナイスガイが合う」と記されているのは誰か。答えを知れば、なるほどねと頷かずにいられない。
ニューヨーク派の作品からハリウッドのエンタメ大作まで多くの俳優に成功への扉を開いてきただけに、大物スターや名監督たちとのエピソードもいっぱい。なかでも、『真夜中のカーボーイ』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたジョン・ボイトが語るテレビドラマ時代から続くエピソードは、キャスティング・ディレクターとしてのドハティの懐の深さを感じさせてくれる。そうしたエピソードや俳優たちの証言からわかるのは、彼女がいかに脚本に書かれていないことも読み取り、俳優自身が気づいていなかった資質を開花する手助けをしていたか。
けれども、キャスティングという仕事がクレジットされるようになるには時間がかかった。
マーティン・スコセッシも「映画の90%以上はキャスティングで決まる」と本作で話し、多くの監督や俳優が、その重要性を認めているにもかかわらず、アカデミー賞にも部門がない。そもそも、「キャスティング・ディレクター」という呼び方もある問題を抱えている(その現実を見せるオープニングタイトルもウィットに富んでいる)のだ。一体、なぜ、駄目なのか。意外な抵抗勢力の存在にも驚かされるはず。
自分たちの仕事がまだまだ正当に評価されていないことへのキャスティング・ディレクターたちのせつなさもありつつ、仕事で関わった人たちを愛し、愛される喜びに満ちているこの作品。映画好きなら、きっと登場する数々の作品にもその裏側にもワクワクしっぱなし。ニューヨークのドハティと並び称されたロサンゼルスのリン・スタルマスターや、ドハティに続いた女性たちなど、俳優に「光る何か」を感じとった人々の仕事ぶりを知ったら、彼らが手がけた作品をもう一度観たくなるはずだ。
(c)Casting By 2012
『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』
監督・製作/トム・ドナヒュー
4月2日(土)よりシアター・イメージフォーラムで公開中。全国順次公開