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修復中のノートルダムを無料でAR見学。観光大国フランスならではのスタートアップ「HISTOVERY」

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
拡張現実(AR)テクノロジーが可能にした近未来的展覧会(写真はすべて筆者撮影)

「パリのノートルダム大聖堂の中が見られます」

そう言われたら、「え? 今工事中でしょう?」と答えますよね。

確かにその通り。2019年の火災の後、目下、大修復事業が進められているところで、工事関係者以外は立ち入り禁止。周囲は頑丈なバリアで覆われていて、一般の人が入ることは不可能です。

けれども、パリで4月7日から始まった展覧会では、大聖堂の中を隅々まで見られます。展覧会の名前は「NOTRE-DAME DE PARIS, L'EXPOSITION AUGMENTÉE」訳すと、「パリのノートルダム大聖堂 拡張展覧会」となるでしょうか。

「拡張」という言葉からピンときた方もいらっしゃるでしょう。拡張現実(AR)の技術を駆使した展覧会なのです。

会場は中世の修道院跡。ノートルダムの床を思わせる模様のカーペットが敷き詰められている。
会場は中世の修道院跡。ノートルダムの床を思わせる模様のカーペットが敷き詰められている。

場所は、5区のカルティエラタン界隈にあるCollège des Bernardins。中世の修道院にして学問の中心的場所だったという歴史遺産。しかもノートルダム大聖堂とほぼ同じ年月を経てきたこの建物が展覧会の舞台になっています。

exposition augmentée(拡張展覧会)、visite augmentée(拡張見学)など、なにやら聞きなれない言葉に嫌悪感を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、百聞は一見にしかず。会場の様子はこのようなものです。

こちらの動画からわかるように、タブレットを手にしながら会場を回るというもので、その中にノートルダムの現在と過去のあらゆるシーンが盛り込まれています。修復中の現在の様子、火災現場の映像、創建当時の風景や建造方法、職人さんたちの動きまでもがリアルにわかるだけでなく、大聖堂で行われたナポレオンの戴冠式などの要素も盛り込まれていて、歴史の目撃者になった体験もできます。

「HISTOVERY」が開発したタブレット「HISTOPAD(ヒストパッド)」。この展覧会では11の言語が内蔵されていて、日本語ヴァージョンもある
「HISTOVERY」が開発したタブレット「HISTOPAD(ヒストパッド)」。この展覧会では11の言語が内蔵されていて、日本語ヴァージョンもある

タブレットによるvisite augmentée(拡張見学)は、世界遺産に登録されている「シャンボール城」「アヴィニョンの教皇庁宮殿」などでもすでに実装されています。

手がけているのは「HISTOVERY」というスタートアップ。創設メンバーでCEOのBruno de Sa Moreira(ブルーノ・ドゥ・サ・モレイラ)さんは、「HISTOVERY」のアイディアをこう語ります。

パリで2013年に発足したスタートアップ「HISTOVERY」CEOのBruno de Sa Moreira(ブルーノ・ドゥ・サ・モレイラ)さん
パリで2013年に発足したスタートアップ「HISTOVERY」CEOのBruno de Sa Moreira(ブルーノ・ドゥ・サ・モレイラ)さん

文化施設、観光地、博物館見学に拡張現実が活用できるのでは、という考えから、2013年に「HISTOVERY」を立ち上げました。現在は約20箇所に装備していて、フランスだけでなくドイツでのプロジェクトも始まっています。

訪問者はこのタッチ型タブレット「HISTOPAD(ヒストパッド)」を通じて、歴史の中を旅することができます。それはタイムマシンと言ってもいいでしょう。それぞれのシーンについての詳細をクリックすると、歴史的な瞬間、キャラクター、芸術作品など、すでに消えてしまっているものを見ることができたり、ドアの後ろ、地下など、現実には見えないものにアクセスすることができたりします。

確かに。私も実際に体験しましたが、ナポレオンの戴冠式で皇妃ジョゼフィーヌが身につけていた指輪を360度回転して見ることができたり、絵の画面の外になる大聖堂の入り口のあたりがどうなっていたかまでわかるようになっていたりするのに驚きました。しかもこれらは想像で再現したものではなく、歴史家たちの研究成果から再構築して、専門家のお墨付きを得ているものなのだそうです。

ルーヴル美術館にあるダヴィッド作の「ナポレオンの戴冠」に描かれたものだけでなく、描かれなかった部分までタブレットを通して知ることができる
ルーヴル美術館にあるダヴィッド作の「ナポレオンの戴冠」に描かれたものだけでなく、描かれなかった部分までタブレットを通して知ることができる

また、ノートルダム大聖堂の見どころの一つ「バラ窓」。パリに旅したとき、これを実際にご覧になった方は多いと思いますが、ステンドクラスの細部まで見る気力はなかったのではないでしょうか。ほの暗い聖堂で高性能の望遠鏡でも構えて見上げるようにしなければいけませんし、そんな体勢をとりながら現物と説明とをつきあわせ続けるのはかなり無理があります。ところがこの「HISTOPAD」を使えば、指一本で操作しながら瞬時に鮮明に実体を理解できます。

火災直後に発足したノートルダム修復プロジェクトでメディア・文化部門の責任者を務めるLisa Bergugnat(リザ・ベルグニャ)さん。「2024年再開という約束は守られるでしょう」と、心強いコメント
火災直後に発足したノートルダム修復プロジェクトでメディア・文化部門の責任者を務めるLisa Bergugnat(リザ・ベルグニャ)さん。「2024年再開という約束は守られるでしょう」と、心強いコメント

拡張現実のテクノロジーによって、名所見学がこれまでよりも格段に充実したものになるという見学者側の利益も大変なものですが、「HISTOPAD」にはさらに驚くべき強みがあります。それはこのタブレットを通して、膨大なデータが収集できること。

ブルーノさんが彼のパソコンを開いて見せてくれたところによると、それぞれの施設の入場者数はもちろんのこと、時間帯による推移、コーナーごとの滞留時間等々を、選択した言語ごとに「HISTOPAD」から知ることができるのです。

入り口でタブレットを手にしてから、訪問者はどのように行動するのか。非常に完全で豊富なデータをパートナーである文化施設に提供することができます。しかもこれは匿名の統計で、プライバシーを尊重したものです。その上で、タブレットに訪問者の自由意志でメールアドレスを残すこともできるのですが、例えば、アンボワーズ城の直近30日間のデータでは、28%の人がメールアドレスを残してくれている。これは非常に高い数字です。

メールアドレスを残してくれた方々には、訪問後にアンボワーズ城から感謝のメールが届くようになっています。受け取った方は、そこに感想を書いたり、その感想をワンクリックでツイッターやFacebook上でシェアしたりすることができるようにもなっています。

私たちがしていることはかなり多岐にわたっています。歴史的、科学的妥当性を持つコンテンツの作成、ソフトウエアプログラミング、ハードウエア機器のインストールとメンテナンス、アップデート、マーケティング、データ提供と関連サービスの追加など、膨大です。もしも他の企業が同じようなことをしようと思ったら、おそらくそれぞれの専門分野ごとに、3つ4つの会社に依頼しなくてはならないでしょう。けれども、私たちは30人ほどの小さな会社ですが、すべてを社内で自分たちで行なっています。

文字通り老若男女が楽しめる展覧会。しかも目の前に見えているもの以上に、タブレットを通してその世界の中にのめり込むことができるという感覚はとても新鮮。未来を予感させる光景だ
文字通り老若男女が楽しめる展覧会。しかも目の前に見えているもの以上に、タブレットを通してその世界の中にのめり込むことができるという感覚はとても新鮮。未来を予感させる光景だ

ちなみにこの展覧会は、「ロレアル」がスポンサーになっていて、入場無料。パリでは7月17日までの開催です。さらに2024年までの間に、世界12都市で開催予定。東京でも実現される見込みで、目下、場所を選定中とのこと。

「『ロレアル』グループが日本にも拠点を持っているおかげで、東京でも展覧会をということになっています。もしもパートナーになってくれそうなふさわしい場所のアイディアがあったら大歓迎です」

と、ブルーノさん。

さて、東京開催なら、どんな場所が良いのでしょうね。

ノートルダムを日本に居ながらにして満喫できる。なんと素敵なことでしょう。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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