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ジェフ・バーリン、新作『Jack Songs』と超絶技巧ミュージシャン達との真剣勝負【後編】

山崎智之音楽ライター
Jeff Berlin / photo by Arnie Goodman

敬愛するジャック・ブルースとクリームの音楽を再構築したアルバム『Jack Songs』を海外で発表したベースの名手ジェフ・バーリンへのインタビュー全2回の後編。

前編記事に引き続きアルバムについて掘り下げるのに加えて、個性豊かなミュージシャン達との知られざるエピソードを話してもらった。

Jeff Berlin『Jack Songs』ジャケット(Jeff Berlin Music/現在発売中)
Jeff Berlin『Jack Songs』ジャケット(Jeff Berlin Music/現在発売中)

<音楽の教育機関は理論と実践を修得するべき場所だ>

●『Jack Songs』にゲスト参加しているラッシュのゲディ・リーとアレックス・ライフスンとは長い付き合いですか?

ラッシュのみんなは私がいたバンド、ブルーフォードのファンだったんだ。それからずっと友達付き合いしてきたよ。知っているかい?私はラッシュのメンバー全員とレコーディングしたことのある唯一のミュージシャンなんだ。『チャンピオン』(1985)でニール・パートがプレイしてくれたからね。『Jack Songs』にも参加して欲しかったけど、彼は病気で、その後に亡くなってしまったんだ。アルバムに参加出来なかったことよりも、友人を失ったことが悲しいよ。ゲディと私は似たような世代だし共にユダヤ系で、親が第二次世界大戦中のホロコースト生存者だったという共通点がある。アレックスも同世代で好きな音楽も似通っているから、「Creamed」で弾いてもらうときにも何の説明も要らなかった。彼は私が求めているものを完璧に理解しているんだ。

●ゲディは「Smiles Story And Morning Grins」でプレイしていますね。

ゲディにはその曲の“ベース・リレー”に参加してもらった。プロデューサーのジョン・マックラケンがそう命名したんだけど、世界のトップ・ベーシスト達が次々とスーパー・ソロを披露するというものなんだ。おそらく世界初の試みだろうね。ジャックの「スマイルズ・アンド・グリンズ」のオスティナートのベース・ラインに乗せて4小節ずつ弾いてもらった。トニー・レヴィン、ビリー・シーン、マイケル・リーグ、マーク・キング、ロン・カーター、マーカス・ミラー、ネイザン・イースト、そしてゲディが参加しているよ。ゲディを最終ランナーに持ってきたのはアレックスと同じ理由で、パワーとエネルギーの溢れるロックなプレイで締めたかったんだ。

●“ベース・リレー”にヴィクター・ウッテンは招かなかったのですね。

実はヴィクターには今回、声をかけたんだ。でも手の調子が悪いと言って、辞退してきたよ。...正直なところ、ヴィクターは私に対してあまりハッピーではないようなんだ。私がバークリー音楽大学での彼とスティーヴ・ベイリーの、理論と教育を否定するような方針に対して意見したことでね。音楽の教育機関というのはファンの集いではない。ただお気に入りのミュージシャンとジャムをすれば上達するのではなく、理論と実践を修得するべき場所なんだ。自動車を運転する人は、まず教習所に通うだろう?それと同様に、音楽を志す者も、ミュージシャンとして向上するためには教育が必要なんだ。スリー・コードのロックンロールにも良いものがあることは私も認めるよ。でも教育者が理論を否定したら、何を教えるというんだい?決してヴィクターを貶めるつもりはないけど、自分の考えは彼とは異なっていると、はっきり明確にしておきたいんだ。

●「ランジェロ・ミステリオーソ」でサミー・ヘイガーが歌っているのが興味深かったですが、彼とはどのようにして交流が生まれたのですか?

サミーと会ったのはやはり1970年代終わりか1980年代初め、大規模なロック・フェスティバルだった。彼が「非情のハイウェイ55号 I Can' Drive 55」を出した頃(1984年)だったかな?5分間ぐらい立ち話をしたんだ。当時私はただの若手ミュージシャンだったけど、それから30年ぐらい経って、彼はそのことを覚えていてくれた。サミーはロック・ヴォーカリストの最高峰の1人だよ。彼のメロディとトーン、そしてアティテュードは素晴らしい。「ランジェロ・ミステリオーソ」で歌ってくれたら完璧だと考えて、頼んだら快諾してくれたんだ。

●エリック・ジョンソンが参加したのは?

エリックとも1980年代以来の友人だよ。「イマジナリー・ウェスタン Theme From An Imaginary Western」はクリーム以外ではジャックの最も有名な曲だ。ブルージーでメロディを口ずさめるギター・ソロが必要だったんで、エリックに頼むことにした。彼はクリアでピュアなエリック・ジョンソン節のソロを弾いてくれたよ。私のベース・ソロもまったく異なったトーンで弾いているし、スペシャルな仕上がりになったね。

●当初ジンジャー・ベイカーとアラン・ホールズワースの参加が発表されていましたが、彼らとのレコーディングは実現したのですか?

2人ともこのアルバムのパートを録音する前に亡くなってしまったんだ(2019年、2017年に逝去)。ジャックと一緒にやっていた人たちだし、優れたミュージシャン達だったから、参加してもらえたら光栄だったね。アランは「イマジナリー・ウェスタン」のギター・ソロを弾くことになっていたんだ。ジンジャーとも話して、「ランジェロ・ミステリオーソ」で叩いてもらうことになっていた。彼は音楽史上最高のドラマーの1人で、まったくオリジナルなミュージシャンだった。クリーム以来ずっとファンだったよ。

●ジンジャーは強烈な個性を持った人物として知られていましたが、交流はありましたか?

決して親しい友人だったわけではないけど、知り合いだったよ。私がロサンゼルスに住んでいた頃、ジンジャーが“パロミノ・クラブ”でギグをやったんだ。終演後にバックステージに行って挨拶したよ。そのときジョークで「あなたに“ファック・オフ!”と言われる前に自己紹介させて下さい。ジェフ・バーリンといいます」と話しかけた。彼は一瞬驚いた表情をしたけどすぐニヤリとして、「ファック・オフ!」と返してきたよ(笑)。それから数分だけど会話して、当時の私の奥さんにも機嫌良く挨拶してくれた。彼と共演する機会には恵まれなかったけど、良好な関係だったよ。彼は『クリスマス・キャロル』のスクルージみたいなクリスマス嫌いの偏屈爺さんと比較されるけど、私とは何の問題もなかった。

Jeff Berlin / photo by John McCracken
Jeff Berlin / photo by John McCracken

<渡辺香津美とまた日本で共演したい>

●アルバムのタイトルを当初候補だった『Jeff Berlin Plays Jack Bruce: Songs for a Wailer!』でなく『Jack Songs』にしたのは?

それほど深い意味があったわけでもないんだ。『Songs For A Wailer』はもちろんジャックのソロ・アルバム『ソングス・フォー・ア・テイラー』をヒネったタイトルだけど、元ネタを知らないと何のことか判らないからね。これ以上ないぐらいシンプルなタイトルにしようと考えて、『Jack Songs』にしたんだ。

●アルバムで使用したベースとアンプを教えて下さい。

ベースはCort Rithimicの1本だけ、アンプはMarkbass Players School Ampの1台だけだよ。ジャックと同じくギブソンEB-3を弾くことも一瞬考えたけど、彼のベースや機材を模倣するのでなく、彼から受け取ってきたものを自分の楽器で自分らしく弾くことが、彼への敬意の表れになると思ったんだ。リズムもリードも同じベース、同じアンプで弾いた。Markbassのアンプは決してハイエンドではないけど、ゴージャスな音を得ることが出来る。誰かが私のトーンを“ライオンが喉を鳴らす音”と比較していたけど、勇猛で、しかも優しいサウンドなんだ。

●2023年にジャック・ブルースに捧げるツアーを予定しているそうですが、ぜひ日本にも来て下さい!

うん、今エージェントがツアーのスケジュールを調整しているところなんだ。ジャックの音楽は日本でも愛されているし、ぜひ日本のファンと一緒に彼の人生と音楽のセレブレーションをやりたいね。ロックのエネルギーとジャックの多彩な音楽性を加えたライヴになるよ。『Jack Songs』の共同プロデューサーだったジョン・マックラケンがギターを弾く。彼は私にとって、クリームのプロデューサーでマウンテンのベーシストだったフェリックス・パパラルディのような存在なんだ。ドラマーはアルバムでも叩いたブルース・ガトリッジだよ。彼はデニス・チェンバースに紹介してもらったんだ。それにヴォーカルにマイケル・ディアリング、ナッシュヴィルの凄腕オルガン奏者マイケル・ウィテカーを加えた5人編成でツアーする予定だ。

●『Jack Songs』を出した後、オリジナル・アルバムを作る予定はありますか?

実はもう2枚アルバムを完成させているんだ。でも今は『Jack Songs』のプロモーションに専念して、ツアーもやるから、しばらく寝かせておくつもりだ。とても良い仕上がりだし、早く聴いてもらいたいけど、まずは世界中の人々に『Jack Songs』をじっくり聴き込んでもらいたい。ジャックの書いた曲の数々、ゲスト・ミュージシャンの演奏など、聴きどころがたくさんあるアルバムだよ。

●『Jack Songs』は自主リリースとなっていますが、レコード会社とは契約しないのですか?

私の音楽を信じて、熱意を持ってプロモートしてくれるレコード会社がいれば、やぶさかではないんだけどね。デビューからずっと、メジャー系のレコード会社とは縁がないんだ。私は何百万枚と売れるタイプのミュージシャンではないし、MTVでビデオが流れるわけでもない。それでも少なくない数の音楽リスナーが応援してくれて、アルバムを出し続けることが出来る。信頼出来るマネージャーとブッキング・エージェント、パブリシストもいて、私は恵まれているね。

●あなたの『Low Standards』と渡辺香津美との『Spinning Globe』は共に2013年にリリースされましたが、その後はライヴと後進の育成、そして『Jack Songs』に専念していたのですか?

そうだね、ソロ・アルバムは久しぶりだよ。数年前にEP『Joe Frazier Round 3』を出したけどね。この曲は元々ブルーフォードの『グラデュアリー・ゴーイング・トルネイドー』(1980)でレコーディングした曲だけど、自分にとって大事な曲だったし、リメイクすることにしたんだ。自信を持って言うけど、「Round 3」はベスト・ヴァージョンだ。スティーヴ・ヴァイやキース・カーロックが参加して、新しいアレンジを加えているから、オリジナルを知っている人はさらに楽しめるだろう。

●「ジョー・フレイジャー」のオリジナルから40年近く経ってニュー・ヴァージョンをレコーディングしたのは何故でしょうか?

ずっとお気に入りの曲で、まだ出来ることがあるとインスピレーションを感じた、それだけだ。ある朝起きて、コーヒーを飲んで、「やってみようか」と思い立ったんだ。曲作りの過程なんて、案外そんなものだよ。パッとひらめいた曲想を形にするために、修練をすることが役立つんだ。

●あなたのキャリアで、他にリメイクしてみたい曲はありますか?

うーん、今は思いつかないな。「ジョー・フレイジャー」もそうだったけど、ある瞬間パッと閃くものなんだ。もしかしたら明日の朝になったらリメイクしたい曲が浮かぶかもな。『Jack Songs』もそうだけど、既存の音楽を誰もやったことがないアレンジに編曲するのは楽しいチャレンジだ。オリジナルを超えるのではなくとも、曲に新たな光を当てたいんだ。

●ジャック・ブルース自身も「ホワイト・ルーム」や「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」、「アイ・フィール・フリー」「ポリティシャン」などを1990年代にキューバのパーカッションを加えたアレンジでリメイクしていましたね。

うん、どれも好きだよ。ジャックも私も創造すること、そして再創造することを愛するミュージシャンなんだ。ロックのクラシックスとして固定されたイメージのある曲にアレンジを加えることはリスキーでもあるけど、新しい光を当ててみることで、自分自身をエキサイトさせることが出来る。私は決してエンタテイナーとして一流ではないんだ。毎晩同じ曲を同じアレンジで演奏していたら飽きてしまう。変化させていくことで、刺激を絶やさずにいられるんだ。私が心がけて、バンドのメンバーにも言っているのは、自分自身を満足させることだ。もちろん扉を閉ざしてしまうのでなく、リスナーを招き入れるんだ。自分にとってベストな演奏を追求することで、結果としてリスナーをエンタテインすることが出来るんだよ。

Jack Bruce (right) with Gary Moore & Gary Husband, South Shields 1998 / photo by yamazaki666
Jack Bruce (right) with Gary Moore & Gary Husband, South Shields 1998 / photo by yamazaki666

●ところで、あなたの初レコーディングはパトリック・モラーツの『ザ・ストーリー・オブ・アイ』(1976)ですか?それ以前に知られざる音源があるでしょうか?

それが正真正銘の初レコーディングだよ。とても幸先の良いスタートだったね。アルバムのセッションを行ったとき、パトリックはイエスのメンバーだった。私の友人のギタリスト、レイ・ゴメスの紹介でロンドンで会って、一緒にスイスに向かってレコーディングしたんだ。

●アルバム発表から間もなくパトリックはイエスを解雇されますが、そんな予兆はありましたか?

いや、全然感じなかったよ。それにパトリックが解雇されたとは今まで知らなかった。彼とのセッションはエキサイティングだったし、あらゆることを学んだよ。パトリックはレイ・ゴメスと私をビル・ブルーフォードに推薦してくれたんだ。それから私のキャリアが羽ばたいていったし、彼には感謝しているよ。

●結局レイ・ゴメスの代わりにアラン・ホールズワースが合流してバンドのブルーフォードへと発展していくわけですが、アランとはどんな思い出がありますか?

アランは素晴らしい人間で、ギターの天才だった。でも彼はしばしば抑うつ状態になることがあったんだ。誰だってショーを終えた後、ハッピーでなくなることがある。「何故ああしたんだろう?」とか、逆に「何故ああしなかったんだろう?」とかね。私だってそうだ。アランはそんな思い込みが強くて、自分自身を追い込んでしまっていた。それが生涯、彼を苦しませたんだ。彼は世界最高峰のギタリストであり、フランク・ザッパだってエディ・ヴァン・ヘイレンだって彼に敬意を抱いていた。地球上のギタリストの誰もが彼を崇拝していたんだ。それでもアランは自分のプレイに満足出来なかった。彼とのトリオでツアーしたとき、毎晩新しい音楽の扉を開くことが出来て、常に新鮮なフィーリングでいられたよ。あえて話さなくても、「昨日とは異なるプレイをしよう」と以心伝心で判ったんだ。アランはいつだって凄かったし、私は必死で付いていったよ。それでも彼はショーの後、落ち込んでいたんだ。それが彼の精神状態に悪影響を与えていた。

●『Jack Songs』に伴うツアーの前に、ライヴ活動は行いますか?

単発でナッシュヴィルでショーをやるかも知れないけど、本格的なツアーは予定がないよ。今年(2022年)ツアーをやる予定だったけど、その前に私と妻が新型コロナウィルスに感染してしまったんだ。その経験から、ツアーに出ることは安全でないと判断した。それで年内のライヴはすべて中止にしたんだ。何とか来年にはツアーを再開出来ることを願っているよ。幸い全快したけど、妻にとっても私にとっても苦しい経験だった。ワクチンを打っていても、変異株のせいで感染したんだよ。

●どうも有り難うございました。あなたが日本に戻ってくるのを待っています!

うん、必ず戻るよ。私は日本食の大ファンなんだ。寿司や日本酒は芸術作品だね。ラーメンも好きだ。渡辺香津美の家に招かれて、6種類の小瓶の日本酒で利き酒をさせてもらったことがある。彼は素晴らしいギタリストで、一生の友人だ。もう40年近い仲で、何度も一緒にやってきたけど、彼と演奏するのはいつだってアドベンチャーだ。また日本で共演出来たら最高だよ。

【アーティスト公式サイト】

https://www.jeffberlinmusicgroup.com

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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