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言葉の深層まで表現する服飾ブランド「matohu」との出合い。普段は見ることのできない創作の現場へ

水上賢治映画ライター
「うつろいの時をまとう」

 ドキュメンタリー映画「うつろいの時をまとう」は、堀畑裕之と関口真希子のデザイナー・ユニットによる服飾ブランド「matohu(まとふ)」に焦点を当てている。

 ひとつのファッション・ブランドの世界に迫った作品であることは間違いない。

 ここ数年を振り返っただけでも、世界的ファッション・ブランドや有名デザイナーを題材にしたドキュメンタリー映画が数多く存在する。

 ただ、本作は、おそらくそれらの多くのファッション・ブランドを追った作品とはまったく違った世界を見せてくれる。

 確かに、matohuのデザイナー、堀畑裕之と関口真希子の目指すもの作りや、その服の魅力が中心にはなっている。

 だが、本作はもっと根源的な世界とでもいおうか。

 「matohu」というファッション・ブランドから、たとえばタイトルに含まれている「うつろい」とはいったいどういうことなのか?

 「うつろい」にわたしたちは何を感じ、何を見ているのか?

 そういった日本の美や言葉の奥にある意味にまで思いを馳せる作品になっている。

 いったい、「matohu」に何を見て、作品を通して何を見出そうとしたのか?

 手掛けた三宅流監督に訊く。全五回/第三回

「うつろいの時をまとう」より
「うつろいの時をまとう」より

服飾ブランド「matohu」との出合い

 前回(第二回はこちら)、実は「がんになる前に知っておくこと」よりも作品の構想は「うつろいの時をまとう」が前にあったことを明かしてくれた三宅監督。

 では、改めて「matohu」とはどのような形で出合ったのだろう?

「出会いは、前作のドキュメンタリー映画『躍る旅人─能楽師・津村禮次郎の肖像』がきっかけでした。

 津村さんが、自らの古希を記念する能公演で古典能『砧』を演じたとき、僕は撮影に入っていました。

 この公演の衣装の中に、『matohu』の作った衣装が組み合わされていたんです。

 でも、はじめはまったく知りませんでした。もともとある能衣装の一つだと思っていたんです。

 ですから、津村さんが『matohu』の衣装を身に着けて舞台に上がるところを撮影していますけど、それもたまたまで。

 撮影しているときは、『matohu』が手掛けた衣装という認識はありませんでした。

 知ったのはあとのこと。公演のパンフレットに堀畑さんが文章を寄せられていたのと、たぶん津村さんとお話する中でも出て、そこで『matohu』を認識しました。

 で、知って驚きました。

 というのも通常、通常、古典能では伝統的な能衣装を組み合わせて公演を行ないます。

 現代のファッションデザイナーが制作した衣装をまとうということはなかなか考えられないことなんです。まずそのことに驚きました。

 さらに驚いたのが、津村さんのまとった『matohu』の衣装そのもの。

 『matohu』が作り上げた衣装はまったく奇抜なものではないといいますか。

 いい意味で、言われなければ気づかないほど伝統的な能衣装の中に溶け込んでいました。

 ファッションブランドが和や日本の古典をテーマに服を作ることは珍しいことではありません。

 でも、長い歴史を経て受け継がれた伝統的な能衣装と、遜色なく共存できるレベルの服を作るということは並大抵のことではありません。

 表面的な『和』の理解や表現ではない、和の歴史や美意識に対する非常に深い思索性と洞察力がないとできないだろうと思いました。

 そこで、『matohu』の衣装にひじょうに興味を抱きました」

「うつろいの時をまとう」より
「うつろいの時をまとう」より

言葉の中にある美意識や哲学を紡ぎ出して、一着の服へ体現する

「matohu」服の在り方に強く心を惹かれました

 さらにこう言葉を続ける。

「『matohu』が毎シーズンのコレクション・テーマにしている言葉は、たとえば『かさね』や『ふきよせ』といった、難しい言葉ではないといいますか。

 あまり聞いたことのない言葉ではなく、きっとどこかで見聞きしたことがあって、なんとなく意味も想像できるような言葉で。

 ただ、あまりじっくりと考えてみたことのない言葉が並んでいる。

 『matohu』のお二人は、これらの言葉とじっくりと向き合って、その言葉の中にある美意識や哲学を紡ぎ出して、一着の服へ体現させている。

 そういう服の在り方に強く心を惹かれました」

すぐに二人に取材を打診して、撮影に入ったわけではなかった

 その時点で、すぐに撮影に入ったのだろうか?

「いや、すぐに二人に取材を打診して、撮影に入ったわけではなかったんです。

 きっかけとしては、とある国際共同制作の企画をプレゼンする機会があって。

 簡単に言うと、海外の放送局と共同でテレビ番組を制作する企画プレゼンの場で。

 まずこの企画にぴったりではないかと思って考え始めました。

 でも、企画がうまく通らなかった。

 そうなったとき、諦めるには惜しい。ならば、映画にしようといったことになりました」

創作現場への密着取材の打診?

「matohu」の堀畑裕之氏と関口真希子氏の反応は?

 創作の現場に密着する取材の申し込みをしたとき、「matohu」の堀畑裕之氏と関口真希子氏はどんな反応だったろうか。

「津村さんからのご紹介もあって快く応じてくださったといいますか。

 その時点では、劇場映画として成立するかもわからないし、公開できるかもめどがたっていなかったんですけど、ありがたいことにお二人とも『構いませんよ』と受け入れてくれました。

 創作の現場に入れていただく形になるので、当初は、さすがに僕も不安でした。『カメラで邪魔してなにか支障をきたさないか』と。

 でも、二人のお人柄もあって、あまり緊張することなく創作の現場に入っていくことができました」

(※第四回に続く)

【「うつろいの時をまとう」三宅流監督インタビュー第一回】

【「うつろいの時をまとう」三宅流監督インタビュー第二回】

「うつろいの時をまとう」ポスタービジュアル
「うつろいの時をまとう」ポスタービジュアル

「うつろいの時をまとう」

監督:三宅流  

撮影:加藤孝信  整音・音響効果:高木創  

音楽:渋谷牧人  プロデューサー:藤田功一

出演:堀畑裕之(matohu)、関口真希子(matohu)、赤木明登、

津村禮次郎、大高翔ほか

公式HP:http://tokiwomatohu.com

シモキタエキマエシネマK2にて東京凱旋・2週間限定上映決定

5/17(金)〜30(木)@シモキタエキマエシネマK2

写真はすべて(C)GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

<上映後アフタートーク(予定)>

5/17(金) 三宅流(監督)

5/18(土) 三宅流(監督)×matohu(堀畑裕之・関口真希子)

5/19(日) 三宅流(監督)×津村禮次郎(能楽師) ×

宮本英治(文化ファッションテキスタイル研究所・所長)

5/22(水) 三宅流(監督)×佐々木誠(映画監督)

5/25(土) 三宅流(監督)×伊島薫(写真家)

5/26(日) 三宅流(監督)×文月悠光(詩人)

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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