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ウルトラマン60年代、トップガン80年代で、今度はその間の70年代がなぜか新作で大量発生

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ミニオンズ フィーバー』のイベントより。70年代サイケな雰囲気、その理由は…(写真:REX/アフロ)

もともと映画は、過去のある時代を描くものが多いので、何かとノスタルジーに走りやすい。ある時代に目配せをすれば、当時を懐かしむ観客の心を惹きつけるし、その時代をリアルタイムで知らない世代には新鮮にアピールしたりもする。そうした感覚をうまく作品に取り入れれば、『ボヘミアン・ラプソディ』などのように、予想外の成功作が誕生する可能性もある。

今年のヒット作でも『シン・ウルトラマン』は、1966〜67年放映の「ウルトラマン」や、その前後の「ウルトラQ」「ウルトラセブン」への数えきれないほどの引用とオマージュで、60年代の偉大な開拓精神を再現。『トップガン マーヴェリック』は前作が公開された1986年との鮮やかなリンク、および映画自体にも80年代のノリを復活させていたりして、ともに懐かしい時代への溢れるばかりの愛が、特に当時を知る観客に熱く伝わっている。

60年代、80年代と来て、矢継ぎ早だが、今度は1970年代がフィーチャーされた作品が、偶然とはいえ一気に登場。7/1に公開された『エルヴィス』は、物語が1950年代からスタートするとはいえ、エルヴィス・プレスリーが亡くなった1977年と、その死に至るまでの10年間がかなりこってりと描かれ、ファッションを中心に70年代のムードに浸ってしまう。観た後の印象が完全に“70年代ワールド”だ。

70年代ファッションを見ているだけで心ときめく『リコリス・ピザ』 (C) 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
70年代ファッションを見ているだけで心ときめく『リコリス・ピザ』 (C) 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

また同じく7/1公開の、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『リコリス・ピザ』は、1973年のサンフェルナンド・バレー(ハリウッドの近く)で描く青春映画とあって、当時のカルチャーがテンコ盛り。監督らしく音楽や映画による時代再現はもちろん、ピンボールやウォーターベッド、オイルショックなどさまざまなアイテム・ネタで70年代の空気が伝わる。そこに監督が集中しているのも手に取るようにわかる。

やはり7/1公開のホラー『ブラック・フォン』は、1978年を背景に、コロラド州の小さな町で、少年たちが次々と誘拐される事件を描き、こちらも70年代のムードが全編に充満。ホラーといえば、7/8公開の『X エックス』は、1979年に自主映画でポルノを撮影する学生らのチームが、撮影場所で殺人鬼の老夫婦に襲われる物語。70年代の、ある意味、自由奔放な撮影現場を再現しつつ、70年代ホラーの名作へのオマージュを盛り込んで、完全に“時代”を意識した作りなのだ。

7/29公開のジャン=マルク・ヴァレ監督の『C.R.A.Z.Y.』も70年代の主人公の思春期をデヴィッド・ボウイやローリング・ストーンズなど当時の曲とともにつづる。このように伝記モノや青春映画、ホラーによる70年代再現は常套手段ともいえるが、意外なのはファミリー向けのアニメでも取り入れられた70年代。7/15公開の『ミニオンズ フィーバー』である。今回は怪盗グルーの子供時代が描かれ、それが1970年代。ブルース・リーのトラックスーツに、ダイアナ・ロス風の悪役、声の出演にジャン=クロード・ヴァン・ダムドルフ・ラングレン、もちろん使われる曲は70年代のベタなヒットナンバー……と、明らかに当時を知る世代へのアピールが濃厚。「ミニオンズ」のコアとなるファンにはポカーンな要素もありつつ、70年代のド派手&サイケな世界はアニメーションとの相性がバッチリであることを証明する。

またリアルな70年代ということでは、1970年に製作された映画史における隠れた名作『WANDA/ワンダ』が半世紀を経て今年の7/9、日本で初の劇場公開となる。バーバラ・ローデン監督が遺した唯一の長編で、自身で主演も務めるこの映画には、明らかに1970年代の空気、その香りまでもが感じられる。

このように7月公開作だけで70年代の再現が相次ぐのは、日本公開がたまたま重なった偶然もあるとはいえ、あまりに顕著。「ウルトラマン」や「トップガン」が喚起したノスタルジーを、さらに推し進める無意識の動きがはたらいているのかもしれない。

もともとこの10年ほど、とくにハリウッド映画では1980年代へオマージュを捧げる作品がちらほらと目立つ傾向があった。たとえばジョン・ヒューズの映画を意識した『スパイダーマン:ホームカミング』などのように。そこには今や映画監督としてトップの地位を築き、作りたいものを作れるようになった人たちが、ちょうど多感な時期に80年代の映画に大きな刺激を受けたから……という法則もあった。しかし70年代は、それよりも過去。クリエイターたちが自身の思い出を重ねる部分もあるにはあるが、それ以上に、明らかに世界のカルチャーを大きく変え、その後の流行に多大な影響を与えた「70年代」の重要性が、再び強く意識されているに違いない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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