Googleの位置情報が「中絶」犯罪化の監視ツールになるわけとは?
グーグルがスマートフォンから集める位置情報が、妊娠中絶を犯罪化する監視ツールになる――。
米国でそんな懸念が高まっている。きっかけは、人工妊娠中絶の権利を否定する判決を、米最高裁判所が出したことだ。中絶を違法とする州では、それが犯罪と見なされる可能性がある。
全米の捜査機関は、特定の場所に特定の時間にいたすべての人々の情報をプラットフォームに要求する令状「ジオフェンス令状」を運用している。その位置情報が、中絶の犯罪化の捜査に使われるのでは、と専門家らは指摘する。
グーグルが開示したデータによると、中絶を違法としているテキサスなど10州からだけでも、2020年までの3年間で計6,000件近い「ジオフェンス令状」を受け取り、その数は年々増加しているという。
グーグルは、最高裁判決を受けて、中絶クリニックなどにまつわる位置情報の削除を表明している。
だが、人権団体の調査によれば、削除表明後も中絶クリニックへの訪問データが、グーグルマップの履歴として残っていることが確認されたという。
24時間、ほぼ肌身離さず携帯するスマートフォン越しに、ユーザーにまつわるあらゆるデータが履歴として蓄積される。
それらのデータは、ユーザー自身に矛先を向ける危険と、隣り合わせでもある。
●「ジオフェンス令状」5,764件
ポリティコのアルフレッド・イング氏は、7月18日付の記事の中でそう述べている。
イング氏が取り上げているのは、グーグルが2021年8月に公開した「ジオフェンス令状」の受信件数のデータだ。送信元は連邦政府、50州すべての州政府とワシントンDC。その総数は2018年の982件から2020年の1万1,544件へと10倍以上に膨れ上がっている。
「ジオフェンス令状」件数の全米トップは人工妊娠中絶が合法のカリフォルニア(3,655件)だが、人工妊娠中絶を禁止している10州のうちで最多のテキサスは1,825件で全米2位、次いでフロリダが1,518件で3位、アラバマが619件で9位、オハイオが593件で10位。さらに、中絶禁止の州法が訴訟で停止されているミシガン(961件)が4位、ジョージア(939件)が5位、と令状件数の上位を中絶禁止の州が占める。
中絶の摘発で「ジオフェンス令状」が使われた事例はまだ明らかになっていないものの、「(令状を)中絶の捜査に直ちに適用できる手法はすでに確立されている」とイング氏はいう。
現状の犯罪現場などの「ジオフェンス令状」の指定を、中絶クリニックの所在地に指定するだけの違い、ということだ。
ただ、時間と場所を指定して投網をかけ、無関係なユーザーのデータも収集する「ジオフェンス令状」の捜査手法には、批判も強い。
バージニア東部地区連邦地裁は2022年3月、銀行強盗事件をめぐる「ジオフェンス令状」の使用について、憲法違反の判断を示している。
●「中絶の権利」否定とデータへの不安
今回、位置情報への懸念が広がっているきっかけは、6月24日に米最高裁が出した「中絶の権利」の否定判決だ。ミシシッピ州の妊娠15週以降の中絶を禁止する州法の合憲性が争われた裁判で、最高裁は1973年に中絶を憲法上の権利として認めた判例を覆し、その権利を否定した。
この最高裁判決により、禁止法のある州では中絶が「犯罪」とされる懸念が高まる。
その捜査上の証拠と目されているのが、プラットフォームに蓄積された幅広い個人データ、中でも巨大プラットフォーム、グーグルが持つ膨大な位置情報だ。
最高裁判決を受け、上院議員のロン・ワイデン氏ら4人の民主党議員は即日、連邦取引委員会(FTC)委員長のリナ・カーン氏宛に、スマートフォンのOSを握るアップルとグーグルによる個人データの取り扱いについて調査するよう要請する書簡を送付している。
高まる懸念を受け、グーグルは7月1日の公式ブログで、中絶クリニックなどへの訪問を示す位置情報をシステムが検知した場合、直ちにそのデータを削除する、と発表した。
だが、巨大IT企業の監視NPO「テック・トランスペアレンシー・プロジェクト(TTP)」が7月21日に公表した調査結果によると、この削除システムは十分に機能していない、という。
同プロジェクトの調査では、パートナーなどのスマートフォンでグーグルのアカウントを操作することで、そのパートナーの位置情報を確認することができてしまうことが判明。さらに、対象のスマートフォンを使って中絶クリニックを訪問したところ、位置情報の履歴は残ったままで、グーグルによる削除は行われていなかった、としている。
●位置情報をめぐるグーグルの問題
グーグルが2009年に導入したロケーション履歴には、プライバシーをめぐる根強い懸念が指摘されてきた。
ロケーション履歴はデフォルトではオフだと説明されているが、グーグルアプリがオンにすることを促すことから、ユーザーがその内容を十分に把握しないままオンの状態にし、位置情報を記録しているケースもある。
そして2018年、AP通信の調査報道によって、ロケーション履歴をオフにした状態でも、グーグルが引き続き位置情報を記録していることが明らかになり、改めてプライバシーの不安を呼び起こした。
批判を受け、グーグルもいくつかの対処をしている。2019年には、アクティビティ管理画面から、ロケーション履歴と検索履歴などのウェブとアプリのアクティビティのデータの保存期間を3カ月、または18カ月に設定することで、順次、自動削除が行われる機能を導入。
2020年には、新規ユーザーに対しては、18カ月を経過した履歴データの自動削除をデフォルト設定にする、と発表している。ただ、既存ユーザーにはこのデフォルト設定は適用されない。
だが、位置情報をめぐる不安は解消されなかった。2022年1月には、ワシントン州、首都ワシントン、テキサス州、インディアナ州の4司法長官が、グーグルを相手取り、「ダークパターン」と呼ばれる「欺瞞的で不公正な方法によって消費者の位置情報を取得した」として提訴している。
この訴訟に対してグーグルは「当社の取り組みを誤解させる無意味な訴訟だ」と反論している。
●「監視資本主義」と権力の「監視」
プラットフォームのビジネスは、ユーザーのアテンション(関心)を原動力に、それをいかに引き付けるかを競うアテンションエコノミー(関心経済)によって拡大してきた。
それは一方で、コンテンツの閲覧・視聴、検索やリアクション、位置情報などユーザーの一挙手一投足が、膨大な個人データとして保存され、AIによってそのユーザーのプロフィールが分析され、コンテンツや広告のターゲティング表示が行われるという「監視資本主義」の側面を持つ。
プラットフォームによる「監視資本主義」が、政府の権力による「監視」と結びつく。そのディストピアな現実が、中絶という極めてプライべートな判断をめぐって突き付けられる。
米最高裁による「中絶の権利」否定判決を機に、そんな懸念が噴き出し、それがグーグルの位置情報へと向かった。
ただ、懸念が指摘されるのはグーグルの位置情報だけではない。やはりプライベートな個人データが蓄積される生理管理アプリをめぐっても、ユーザーによる削除の動きや、匿名アプリへの移行の動きが報じられている。
「監視資本主義」と権力による「監視」が結びつく現実は、目の前にある。
グーグルであれば画面右上のアカウントのアイコンから「アカウントの管理」画面で、ロケーション履歴や検索履歴の設定がどうなっているか、一度、しっかり確認しておく必要はあるだろう。
(※2022年7月25日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)