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なぜ「レトロゲームの殿堂」は営業を続けられるのか 故障や廃棄のリスクを乗り越えるスタッフの思い

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
「ビデオゲームミュージアム ロボット深谷店」のレトロゲームコーナー(※筆者撮影)

先月に掲載した拙稿「レトロゲームを今でもプレイできるのはなぜか 背景にいる凄腕メンテナンス職人の『匠の技』」でも紹介したように、数十年前に発売された古いアーケードゲームが今でもゲームセンターで遊べるのは、古今東西の基板や筐体(きょうたい)の修理、メンテナンスができる熟練の技術者がいるおかげである。

では、実際にレトロゲームを設置している店舗では、日々どのようなオペレーションをしたうえで収益を上げているのだろうか? 現在では極めて珍しくなった、プライズ(景品)やメダルゲーム、シール機すらも置いていない、「レトロゲームの殿堂」を標榜する埼玉県深谷市のゲームセンター「ビデオゲームミュージアム ロボット深谷店」を取材した。

「ビデオゲームミュージアム ロボット深谷店」(筆者撮影。以下同)
「ビデオゲームミュージアム ロボット深谷店」(筆者撮影。以下同)

モニターは廃棄リスクと常に隣り合わせ

店名に「ビデオゲームミュージアム」とあるように、同店にある約180台の筐体の大半は80~90年代に発売されたビデオゲームで、新作よりもレトロゲームコーナーのほうが広さも台数も圧倒している。今ではほとんど見掛けなくなった、懐かしの筐体がズラリと並ぶ光景は実に壮観だ。

同店のスタッフで、株式会社ロボットの篠崎治氏によると、すべての筐体でレバーやボタンの調整など、基本的なメンテナンス業務を完了するまでには約2日間かかるとのこと。これだけの古い筐体を昔と変わらぬ姿で日々稼働させるのは、けっして楽な仕事ではないのだ。

特殊なコンパネ(コントローラー)を使用した、今では滅多に見掛けないレトロゲームも稼働している
特殊なコンパネ(コントローラー)を使用した、今では滅多に見掛けないレトロゲームも稼働している

現在、同店のレトロゲームコーナーで最も悩ましい問題は、今や貴重品と化したブラウン管モニターの故障だ。篠崎氏によれば「夏と冬の手前、季節の変わり目のタイミングでよく壊れます」という。

特に致命的となるのが「フライバック」と呼ばれる部品の故障だ。実はフライバックは、もう何年も前から製造業者はゼロ、つまり新品が市場に流通していないため、もし壊れた場合は修理ができず即廃棄となってしまう。

故障した基板や筐体の修理は、スタッフだけでもある程度は対応できるが、修理できないものは専門の業者に依頼している。今後、もし業者が廃業したり、フライバック以外にも入手できない部品が増えたりした場合は、はたして商売が続けられるのかはまったくの未知数であり「まさに綱渡りですね」(篠崎氏)というのだから、実に気苦労が絶えない仕事だ。

実は同店では、すでに一部の筐体をブラウン管から市販の液晶テレビに入れ替えている。しかし、せっかく独自の技術でモニターを改造したにもかかわらず「液晶だと、遅延が発生するからやらない」と話す客もいるそうなので実に悩ましい。

左側に並んだ黒い筐体は、すべて家庭の液晶のモニターに改造したうえで稼働させている
左側に並んだ黒い筐体は、すべて家庭の液晶のモニターに改造したうえで稼働させている

篠崎氏によると、実は会社全体の売上の大半を占めているのが、同店以外にもあちこちの施設に設置しているガチャガチャで、同店の売上が占める割合はそれほど多くないという。しかも、同店のレトロゲームコーナーの売上は、台数の少ない新作ゲームコーナーの売上よりもずっと少ないそうだ。

それでも、レトロゲームコーナーの営業を続けるのは「当店は『ビデオゲームミュージアム』であり、会社のシンボルとなる存在です。これからもビデオゲームの営業にこだわっていきたいですし、絶対に失いたくはありません」(篠崎氏)との明確な理由があるからだ。

また篠崎氏によれば、レトロゲームコーナーの修理やメンテナンス費用が経営を圧迫することは特にないという。もしこれらの支出がなければ、むしろ新作ゲームよりも利益が出やすくなるそうだが、どんなに古いゲームでも正常に稼働させることがサービスの根幹である以上、ここは絶対に手を抜くわけにはいかない。

故障や廃棄のリスクが常に付いて回り、必ずしも儲かるとは限らないレトロゲームコーナーの営業を長らく続けられるのは、ゲームの面白さを客に伝えたい、懐かしのゲームをまた遊びたいという要望にこたえたい、そんなスタッフの並々ならぬ思いがあるからなのだ。

筐体のメンテナンスをする篠崎氏
筐体のメンテナンスをする篠崎氏

経費削減も大きな課題に

実は同店、先月にテレビ朝日などのマスコミからも取材を受けている。その理由は、昨今の電気代の高騰などが理由で、2月1日からレトロゲームコーナーの料金を1プレイ100円から200円に値上げしたからだ。

いきなり2倍に跳ね上がった料金を、はたして客は支持したのだろうか? 篠崎氏によると、値上げ後はレトロゲームコーナーの売上は17パーセントアップしたそうだ。もっとも、プレイ回数は以前よりも減ったことになるので、今後は新たな客を増やすことが大きな課題となるだろう。

さらに同店では値上げと同時に、レトロゲームコーナーおよび非ネットワーク対応の筐体は常時電源を落とし、客が自分でゲームの電源スイッチを入れてから遊ぶオペレーションを新たに導入した。本稿の冒頭に掲げた写真に写っている、レトロゲーム筐体の画面がすべて真っ暗なのはこのためだ。

レトロゲームコーナーの筐体に用意された電源スイッチ
レトロゲームコーナーの筐体に用意された電源スイッチ

篠崎氏によると、筐体の電源を落とすことで、半月で15万円ほど電気代を節約できたそうだ。だが経費削減のためとはいえ、店内がかなり暗くなり、明るい雰囲気を出しにくくなったのは店としても不本意だろう。ある日、スタッフが開店時に入口の自動ドアのスイッチを入れ忘れていたら、郵便配達員から「営業をやめちゃったんですか?」と勘違いされたことがあったそうだが、元同業者の端くれである筆者としては笑うに笑えない話だ。

「皆様のお陰で、値上げ後もレトロゲームコーナーを維持できております。今後も電気代などが上がる可能性はありますが、今の状況のままであれば当分の間は営業を継続できる見込みですので、ぜひご来店下さい」(篠崎氏)

店舗スタッフが修理、メンテナンス業務のほか、さまざまな工夫を凝らしたオペレーションを実施しているからこそ、我々は今でもレトロゲームを遊べるのである。ただゲームを「置いただけ」では商売にならないことを、本稿を通じて少しでも知っていただけたら幸いだ。

株式会社ロボットの篠崎治氏
株式会社ロボットの篠崎治氏

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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