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グッドマンに先を越されたアフマダリエフ。井上尚弥戦はエストラーダと同じ道をたどる

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
試合後、得意のポーズを取るアフマダリエフ(写真:Ed Mulholland)

冴えない試合はできない

 やはりモンスターの相手に抜てきされたのはグッドマンだった。世界スーパーバンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)の次戦は12月24日、東京・有明アリーナでIBFとWBO同級1位を占めるサム・グッドマン(豪州)との防衛戦に決まった。日本のスポーツ紙などの報道でも「指名挑戦者グッドマンは既定路線」と記されており、挑戦者の選択にサプライズはなかった。

 ただ「グッドマンでは物足りない」という空気が流れているのも偽らざるところだろう。確かにボクシングは巧いし、これまで無敗(19勝8KO)を維持してきた実力は侮れない。26歳と上り坂の選手でもある。しかし井上を攻略する必修事項である強烈なインパクトに欠ける。対決までちょうど2ヵ月。それまでに大変身することは不可能に近い。

 そのあたりを見越してか、24日に開催された発表会見ではリモートで出席してコメントを述べたグッドマンに対し「冴えない試合をして勝てると思っているなら困る。(堂々と)倒しに行く、ヤマ場をつくる気持ちで応戦しなければ一方的な試合になるよ」と珍しく井上は語気を強めて牽制球を投じた。無敵の強さを発揮し無人の荒野を闊歩する井上と対峙すれば誰でもビビるもの。アウトボクシングを得意とするグッドマンがフットワークをフルに使い、徹底的に距離を置く戦法を貫くことは十分に予測される。だが、それでは試合は盛り上がらない。グッドマンに警告を発したのは井上がファンのために好ファイトを披露したい気持ちを強く持っている証拠に他ならない。

アフマダリエフは一番の強敵

 さて、井上の相手として本命視されたグッドマンに、対抗馬と見られたのが元WBAスーパー・IBFスーパーバンタム級統一王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)だ。井上がバンタム級に続いてスーパーバンタム級で4団体統一王者に君臨してからグッドマン、アフマダリエフをめぐる展開がメインテーマの一つになっている。上記のようにグッドマンと先に対戦することは道理に適っているが、アフマダリエフもWBAの指名挑戦者の権利を行使して挑戦を強く望んでいる。

 グッドマン戦の発表に先立ち井上は今後に言及。今年に続いて「来年もできるなら3試合やりたい。その中にたぶん海外も入ってくる」と語り、アクティブにリングに上がる可能性を示唆した。そこにはファン待望の“ネクストモンスター”WBC世界バンタム級王者の中谷潤人(M.T)との黄金カードもありと期待させるものがあった。だが同時に「次も。その次もやるべき相手がいるわけで、(中谷を)特別に意識することはまだない」と発言。海外ファンの願望とは裏腹にフェザー級進出はまだ先か?来年もスーパーバンタム級でキャリアを送る見通しを感じさせる。

 井上の言う「次」、遅くとも「その次」の対戦相手がアフマダリエフになることは確実だろう。井上の師匠、大橋ジムの大橋秀行会長も「一番の強敵だと思う」とアフマダリエフを評価。一目置いている様子だ。安直な表現だが、井上にとりグッドマンがセミファイナルでアフマダリエフがメインイベントという想定もできるのではないか。

元WBAスーパー・IBF王者アフマダリエフ(写真:DAZN)
元WBAスーパー・IBF王者アフマダリエフ(写真:DAZN)

 これまで12勝9KO1敗のアフマダリエフ(29歳)。唯一の黒星は井上とスーパーバンタム級4団体統一王座を争ったマーロン・タパレス(フィリピン)に2-1判定負けしたもの。希望したタパレスとのリマッチは締結せず、その後井上がルイス・ネリ(メキシコ)、TJ・ドヘニー(アイルランド)と対戦したことで、待ちぼうけを食っている状態。さらに12月の試合でグッドマンに先を越されたことで不満をつのらせている。惜敗とはいえ、タパレスに敗れた代償はとてつもなく大きかったと言えよう。

ブランクが影響。バムに屈したエストラーダ

 そのアフマダリエフは母国に一時帰国した後、トレーニング拠点とする米カリフォルニア州インディオへ戻り、他のウズベキスタン人選手たちと合宿生活に入っているもようだ。来年4月をメドに計画される井上の米国再上陸第1戦の相手はアフマダリエフが最有力だと言われる。たとえそうなっても今から半年近くも先の話だ。アフマダリエフが最後にリングに登場したのは昨年12月にケビン・ゴンサレス(メキシコ)と行ったWBAスーパーバンタム級挑戦者決定戦(アフマダリエフの8回TKO勝ち)。現状を待機状態とも判断できるが、試合枯れと言っても間違いではないかもしれない。

 「イノウエ挑戦が実現するまで待ち続ける」というのがアフマダリエフの姿勢。その執念は買えるが、不活動が長引くと百害あって一利なしの状況に陥る心配がある。思い出すのは6月、ジェシー“バム”ロドリゲス(米)にWBC世界スーパーフライ級王座を失った“ガジョ”ことフアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)。1年半に及んだブランクが災いした。その間、エストラーダにはメキシコで前哨戦が組まれる話が何度かあったが、いずれも実現しなかった。

 エストラーダとアフマダリエフは前者はオーソドックス、後者はサウスポーという違いもあり、スタイルが似ているとは言えない面がある。しかし2人とも攻撃重視なところに共通点がある。やはりアフマダリエフも実戦感覚を失わないために井上に挑む前に試合をはさんだ方が好ましいと推測される。

エストラーダ(後方)との激闘を制したバム・ロドリゲス(写真:Facebook)
エストラーダ(後方)との激闘を制したバム・ロドリゲス(写真:Facebook)

やはり井上には勝てない?

 彼のプロモーター、エディ・ハーン氏(マッチルーム・ボクシング)、マネジャーのワディム・コルニロフ氏はWBAに井上挑戦を強要するだけでなく、アフマダリエフに試合を組んであげることに真剣に取り組むべきだと思う。最近ボクシングイベントの主流へと躍進しているサウジアラビアのカードへ組み込んでやるのも一つの手段だろう。相手は強いに越したことはないが、無難な選手で構わない。まずはアクティブに活動させてやることだ。そうしないとエストラーダのようにドツボにはまってしまう。

 ついでながらエストラーダはWBCの最新ランキングでバンタム級1位にランクされた。これは中谷へ挑戦する最高のポジションを意味する。条件次第で中谷vs.エストラーダが実現する期待も膨らむ。

 紆余曲折を経て井上挑戦の願いが叶っても“バム“ロドリゲスのボディー打ちで悪夢を見たエストラーダのようにアフマダリエフも惨めな結末を迎えることも想像可能。「待たされた男」が一世一代のパフォーマンスを披露して世界に激震を与えることよりもモンスターの餌食になる確率の方が高いと言わざるを得ない。”MJ”ことアフマダリエフには相当な度胸も求められるはずだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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