羽生結弦選手の公式YouTubeに学ぶ、動画が基本の世代のコミュニケーションの形
羽生結弦選手が「24時間テレビ」の特別企画に出演し、北京オリンピックでも披露したショートプログラム「序奏とロンド・カプリチオーソ」を完璧に滑りきり、大きな話題になりました。
参考:羽生結弦が「24時間テレビ」で北京五輪のショートプログラムを演じ切った意味「氷に嫌われちゃったなって…」あの“心の傷”を乗り越えて
プロ転向後の初めての演技ということもあり、大きく注目されていましたが、やはり最も象徴的なのは、演技後の羽生選手のこちらの発言でしょう。
今回の「24時間テレビ」での演技に向けて、本人の中でも不安があったことが垣間見える発言でもあり、羽生選手があらたな人生のステージに入って前に進もうとされていることが伝わる発言でもあると思います。
公式YouTubeで練習風景も公開
そう考えると、振り返って興味深いのが、プロ転向後、羽生選手が公式YouTubeチャンネルを開設していた点です。
これまでフィギュアスケート選手といえば、通常は完成品としてのオリンピックや世界選手権などでの演技をテレビや試合会場などで見る対象でした。
それに対して羽生選手が、公式YouTubeを開設後にすぐに取り組んだのが、「SharePracitce」と名付けた自分の練習風景を、ライブ中継で公開することだったのです。
通常であれば、どちらかというとプロのアスリートはあまり見せたがらない練習風景を、「SharePractice」と命名までして公開されているわけです。
その背景について羽生選手は「フィギュアスケートって華やかなイメージあるかもしれないけど、その中でこんな泥くさい、必死にもがいている姿があるんだなと見ていただきたくて。スケートに興味がない方にも見ていただきたいと思って公開させていただきました。」と話されていたそうです。
参考:【フィギュア】羽生結弦さん、無料公開した理由「スケートに興味ない方にも見てほしい」一問一答
実際に、このライブ中継は10万人を超える視聴者が生で視聴した上、アーカイブ動画は既に300万再生を超えて視聴されています。
ファンとのコミュニケーションを動画で
従来であれば、積極的に見せるものではなかった公開練習を、逆にフィギュアスケートに興味をもってもらうために公開するという姿勢は、羽生選手の世代が「動画」という手段をいわゆる「コンテンツ」ではなく「コミュニケーション」の1つとして使っている世代であることとシンクロするように感じます。
おそらく従来のアスリートであれば、仮に練習時の動画を公開するとしても、生中継で全てを公開するのではなく、撮影した動画を編集した「コンテンツ」として公開するのが普通でしょう。
しかし、羽生選手はあえて2時間の練習を、そのまま全てライブ中継することを選択しました。
この公開練習には多数のメディアも招待されていましたが、おそらく羽生選手としては、会場に入りきれないけれども招待したかったファンの方々に同じものを見てもらうための生中継、という選択なのだと思います。
撮影した動画を編集し、無駄な時間をカットし、テロップや解説などをつけて見やすくすれば、当然動画単体の「コンテンツ」としては見やすくなりますし、見てもらいたいところだけを見てもらうことができます。
ただ、羽生選手は、逆に2時間の練習をそのまま公開することで、自分の素の練習風景を、そのまま視聴者の人たちに受けてもらうことを選択したわけです。
BTSはダンスの練習動画をファンに公開
実はアーティストの世界では、BTSがダンスの練習動画を積極的に公開して、ファンとの距離を縮めていったことが有名です。
従来のアーティストやスポーツ選手であれば、あまり積極的に見せるものではなかった練習の動画を素直にさらけ出せるというのも、実は羽生選手やBTSのような1990年代生まれの世代の1つの特徴と言うことができるかもしれません。
この世代からすれば、動画を撮影したり、ライブ中継をするということは、必ずしも非常に特殊な行為ではなく、日常のコミュニケーションの1つになりつつあるのです。
特に象徴的なのは、「SharePractice」の生中継の最中に、羽生選手自らスマホのチャット画面を見ながら、視聴者に「リクエストありますか?」と問いかけていたシーンです。
羽生選手にとって「SharePractice」は、単なる公開練習ではなく、ファンの方々とのコミュニケーションの場の1つということなのだと思います。
自ら動画の編集にも挑戦
こうした羽生選手のかざらない素の自分を見てもらおうという姿勢は、YouTubeチャンネル開設後の2本の動画にも表れています。
1本目と2本目の動画は1分と5分という短い動画ですが、1本目の動画はカメラに向かって語りかけるシンプルな自撮り動画。
2本目の動画も、固定カメラに向かって語りかける動画に、ジャンプの映像を組み合わせた動画になっており、なんと動画の編集は羽生選手本人が行っているそうです。
参考:羽生結弦がYouTubeチャンネル開設 動画は自身で編集、モチベーション高める目的か
羽生選手であれば、当然凝った動画をプロの方に依頼して製作することも可能だと思います。
ただ、羽生選手としてYouTubeでやりたいのは、凝った動画「コンテンツ」をたくさん作ることではなく、プロになった自分のスケートを多くの人に見てもらい、スケートの魅力を多くの人に知ってもらうという、動画を通じた「コミュニケーション」なのだと思われます。
だからこそ、メールやチャットを書く際に我々が自分で文章を作成し、編集するように、羽生選手はYouTubeの動画を作成する際に自分で編集するという選択をされているのでしょう。
当然、プロが編集して作成する「コンテンツ」としての動画のニーズは、これからも間違いなくあります。
ただ一方で、現在はビデオ電話や生配信が、誰でも普通にできるようになった時代でもあります。
羽生選手のように、動画を活用して普段の自分の姿をそのままファンに見せていくという「コミュニケーション」的な動画の活用も、これからますます増えていくような気がします。