恐竜って「アク抜き」知ってたら絶滅しなかったかも
恐竜が約6600万年前の白亜紀末に絶滅した理由にはいくつか仮説がある。この議論になかなか決着がつかないのは、隕石衝突だけではつじつまが合わないからだ。最近になり、当時、出現してきた被子植物の毒気に当てられて弱っていた恐竜に、隕石が最期のとどめを刺したという仮説が出てきている。
恐竜の時代に植物進化が起きた
恐竜絶滅にはいくつか仮説があるが、最も有力なのは約6600万年前に現在のメキシコ、ユカタン半島のあたりに墜ちた隕石による環境破壊が原因だったというものだ(※1)。実際、ユカタン半島には直径約180キロメートルにも達する隕石が衝突した痕跡があり、チクシュルーブ・クレーター(Chicxulub Crater)と呼ばれている。
だが、なぜ恐竜や翼竜、海棲爬虫類などが絶滅し、現在の鳥類や爬虫類、哺乳類、魚類などの祖先は生き延びたのか、隕石衝突だけで絶滅させられるだけのインパクトがあったのか、など議論には決着がついていない。恐竜は隕石衝突の前にはすでに種としての寿命が尽きつつあり、生命力や生殖能力が落ちていた、という説もある。
また、隕石衝突と火山活動などの地球の地殻変動などが複合的連鎖的に起き、大きな環境変化が起きたのではないかという説も根強い(※2)。隕石衝突に何を加えれば決定的な証拠になるのかという点が論点になるが、大絶滅後に一部の種が少なくとも数百万年は生き延びていた痕跡があることにも説明が必要だ。
そうしたもう一押し論の一つが植物進化説だ。この主張は隕石衝突説に対する反論ないし補強として1980年代後半から多く出始めた(※3)が、白亜紀末に出現した被子植物のアルカロイドが恐竜を絶滅させたのではないかという1976年の仮説をもとにしている(※4)。
植物の進化もわかっていない部分が多いが、恐竜が栄え始めたジュラ紀あたりまで被子植物はまだ出現していなかったと考えられている(※5)。顕花植物とも呼ばれる被子植物は、キク科やラン科、マメ科、イネ科などの植物の仲間だ。被子植物は、雌しべ(子房)の中に種子を包み込んで守る点でそれまでの樹木などの多い裸子植物とは生態や生殖の仕組みが大きく違う。
この被子植物が出現したことで、当時の生態系は大きく変化したと考えられている。被子植物の生殖は、風任せだった裸子植物より進化し、昆虫と共生して花粉を運んでもらうようになった。さらに雌しべの中で受精させるため、受粉してから受精するまでの時間が短くなり、環境に合わせた進化の速度が早くなると同時に急速に多様化した(※6)。
進化の速度を上げた被子植物の仲間は、成長や生殖のコストを効率化させるため、葉を柔らかくして光合成の機能を高め、代謝のサイクルも速くする。果実には栄養を蓄え、新芽を盛んに出すようになった。こうして被子植物が美味しくなったこととジュラ紀から白亜紀にかけての恐竜(昆虫も含めて)の進化には、強い関係があったと考えられている(※7)。
植物の防衛機能ですでに弱っていた恐竜
草食恐竜は栄養価の高い被子植物を食べることで繁栄し、同時に肉食恐竜も恩恵にあずかったわけだが、植物のほうも黙って食べられてばかりいたわけではない。恐竜からの食害を防ぐため、アルカロイドなどの毒性のある分子化合物を作り出したり、セルロースやタンニンなど消化阻害物質を作り出し、あるいは棘を生やしたり毒を持つ昆虫と共生したりするようになった。
ナス科の植物であるタバコに含まれるニコチンもこうしたアルカロイドの一種だ。タバコの根で作られ、葉に運ばれるニコチンは、殺虫剤などに使われるように強い毒性を持ち、その生理活性は強烈でタバコがいかに身体に悪いかよくわかる。
こうした防衛機能のある遺伝子が次世代に伝えられていくにつれ、被子植物の毒性や消化阻害能力は次第に強まっていったと考えられている。こうした植物の毒性は、人間にとってもアク(えぐ味、苦味、渋味)として除去すべきもので、山菜類や根菜類など調理の際にアク抜きをしなければならない植物性食品も多い。
恐竜が絶滅したのは、被子植物の防御機能が発達し、その毒性によって健康を害し、あるいは消化阻害物質によって栄養をうまく摂取できなくなっていたことが原因ではないかという仮説はここから出てくる。米国のボルチモア大学などの研究者による最近の論文(※8)では、恐竜は味覚が発達せず、毒性が少なく消化のいい植物を選択的に採餌できなかったという仮説を立てている。
植物を食べる生物の多くは、えぐ味や苦味、渋味があれば吐き出すなりしつつそれを学習し、その植物の色や形を覚えて次から食べないようにする。この論文の研究者は、恐竜は学習能力がなかったため、毒のある植物を食べ続けていたのではないかと考えたというわけだ。
恐竜が祖先とされる鳥類は、味覚はそれほど発達していないが身体に悪い食べ物を視覚的に識別して覚えているようだ。そのため、現在の鳥類へ進化した小型の恐竜は、植物の毒にそれほど冒されていなかったと考えられる。
一方、同じ恐竜と近縁のワニにはそうした能力は発達していないという。肉食のワニの感覚機能は、白亜紀の草食恐竜に似ていたのではないかと研究者はいう。
毒性を強めた被子植物の進化に大型草食恐竜がついていけず、ほかの選択もないまま大量に摂取し続けなければならなかったのだろう。隕石の衝突による環境変化は、確かに恐竜に大きな影響を与えただろうが、それよりも前に被子植物の防御機能の進化発達によって恐竜は弱っていた。そう考えれば、隕石衝突後の数百万年の間、ごく一部の恐竜が生き延びていた説明もつくのではないかと研究者は主張している。
※1:「恐竜が絶滅したのは『運が悪い』せいだった」Yahoo!ニュース個人:2017/11/10
※2:「恐竜絶滅に新説〜とどめを刺したのは『火山噴火』か」Yahoo!ニュース個人:2018/02/12
※3:George Gallup, et al., "'Biotic Revenge' and the Death of Dinosaurs." TheScientist, Letter, 1987
※4:Tony Swain, "Angiosperm-reptile co-evolution." Morphology and Biology of Reptiles, Academic Press New York, 1976
※5:Niklas Wikstrom, et al., "Evolution of the angiospermes: calibrating the family tree." Proceedings of the Royal Society B, Vol.268, No.1482, 2001
※6:Charles D. Bell, et al., "The age and diversification of the angiosperms re-revisited." American Journal of Botany, Vol.97, Issue8, 1296-1303, 2010
※7-1:Richard L. Cifelli, et al., "High-precision 40Ar/39Ar geochronology and the advent of North America’s Late Cretaceous terrestrialfauna." PNAS, Vol.94(21), 11163-11167, 1997
※7-2:Lindsay E. Zanno, et al., "Herbivorous ecomorphology and specialization patterns in theropod dinosaur evolution." PNAS, Vol.108(1), 232-237, 2011
※8:Michael J. Frederick, et al., "The demise of dinosaurs and learned taste aversions: The biotic revenge hypothesis." Ideas in Ecology and Evolution, Vol.10, 47-54, 2018
※2018/04/07:12:48:「そのため、現在の鳥類へ進化した小型の恐竜は植物の毒にそれほど冒されていなかったと考えられる。」のフレーズを追加した。
※2018/04/08:1:01「毒性を強めた被子植物の進化に大型草食恐竜がついていけず、ほかの選択もないまま大量に摂取し続けなければならなかったのだろう。」のフレーズを追加した。
※2018/04/19:0:55「ナス科の植物であるタバコに含まれるニコチンもこうしたアルカロイドの一種だ。タバコの根で作られ、葉に運ばれるニコチンは、殺虫剤などに使われるように強い毒性を持ち、その生理活性は強烈でタバコがいかに身体に悪いかよくわかる。」のフレーズを追加した。