火災に遭った創業172年の愛知の酒蔵 ライバル企業やファンの支援が殺到したワケ
新酒の仕込みのさなか、小さな地酒の酒蔵を襲った悲劇
愛知県常滑市の酒蔵「澤田酒造」。11月27日に工場内で出火があり、麹室(こうじむろ)が全焼する被害に見舞われました。
「今期の新酒の麹づくりの真っ最中で、1/3程度まで進んでいたところでした。燃えたのは規模としては全体のごく一部ですが、酒蔵にとって麹室は車でいえばエンジンにあたる心臓部。もうこの先、酒づくりはやっていけないんじゃないか、と心が折れそうになりました」と6代目にあたる澤田薫さん・英敏さん夫妻。
澤田酒造は嘉永元年(1848)創業の老舗。年間の出荷量は例年400~450石(一升瓶4万~4万5千本)ほどで、消費の8割以上が愛知県内に限られている文字通り“地酒”の蔵元です(ちなみにメジャーな銘柄だと一種類だけで数万石、大手メーカーの生産量は数十万石)。「常滑は焼き物の町なので、うちの酒も窯元の職人さんらの晩酌向けとして親しまれてきました。しっかりとした濃い味わいが好まれ、現在もそんな地元で愛される味を基本にしています」と英敏さん。
味わいだけでなく道具や製法でも伝統を大切にし、今ではあまり見られない巨大な木桶を使うなど昔ながらの方法で酒づくりに取り組んできました。今回の火災では、こうした貴重な道具にススのにおいがついて使い物にならなくなってしまうなど、焼失をまぬがれたところでも今後の酒づくりに影響を及ぼす被害が数多くあるといいます。
SNSでファンや居酒屋、酒屋から応援の声が殺到
新酒の仕込みのシーズンが本格化した矢先の被災。大きなショックを受けた澤田さんたちでしたが、この窮地に思いもよらなかった声があちこちで上がっています。
「ファンの方や居酒屋さんなどが“『白老』(澤田酒造の主力ブランド)を飲んで応援しよう!”と真っ先にSNSで呼びかけてくれました。最近は善意の行動でもネットで批判が集まることも多く、躊躇してしまいがちなところ、即座に声を上げてくれた人がたくさんいたことで勇気づけられました」と英敏さん。
同業者からはアドバイスや義援金口座の開設が
同時に業界内からも数々の応援、支援の声が集まりました。
「県内の同業者の方がすぐにお見舞いに来てくれたり、かつて同じように火災に遭ったことがある蔵元さんが被災後にするべきことを丁寧に教えてくれたり、愛知県酒造組合などが義援金の口座を開設してくれたり、具体的なアドバイスや支援をたくさんいただけたので、やるべきことが明確になりました」と薫さん。
ここでもSNSが応援の声を広げるきっかけのひとつになりました。
「火災に遭った麹室の様子を動画にとってTwitterに投稿したんです。ご近所の方や業者さんにご迷惑をかけることになったので、状況をご説明しなければ、というつもりだったのですが、真っ黒になってしまった現場の様子を見て多くの方が励ましの言葉を送ってくださいました。特に同じようにモノづくりをしている方々は“辛さが分かる”“いたたまれない”と親身になって心配してくれました」(英敏さん)
ライバル企業が麹づくりに協力。地域の理解が支えに
同業者の支援の中でも大きな力となったのが、近隣の蔵元の協力でした。丸一酒造(阿久比町)、関谷醸造(愛知県設楽町)、山忠本家酒造(同・愛西市)、森喜酒造(三重県伊賀市)の4蔵が、火災でストップしてしまった麹づくりを自社の設備を使って引き受けてくれたのです。
同じ知多半島の酒蔵である丸一酒造の社長、新美尚史さんは火事の翌日に見舞いに駆けつけ、麹づくりについても一も二もなく引き受けました。「ライバルではありますが同じ酒づくりの仲間ですから、何かお手伝いができないかと思っていました。他社の麹をつくるのはこれまでにない異例のことですが、うちの技術を信用して声をかけてくれたのですから、快くやらせてもらいました」
このように同業者をはじめとする地域の理解も、落ち込みがちな状況にあって心の支えになったといいます。
「火事を出したおわびで近隣や関係者を回ったのですが、麹室が焼失してしまったことがいかに大変なことか、皆さん分かってくれていて、それだけでも救われる思いでした。愛知は日本酒だけでなく味噌やたまり、酢など醸造が古くから地域の産業として根づいているからこそなのでしょう。そんな土地で170年やってきた歴史の重みを実感しました」(薫さん)
例年の半分ほどだが新酒の出荷もあり。焼失した施設は来秋の再建へ
火災前に仕込みが終わっていた新酒もあり、その分約1万3000本は現在順次出荷しているそう。また、他社で麹づくりした分で来春までに1万4000本相当を出荷したいとのこと。合わせて例年の半分程度ですが、今期も酒づくりを途絶えさせることなく、新酒をファンの元に届けたいと語り、さらには麹室は来年秋の再建を目指すといいます。
「たくさんの人に応援していただいたので“これで負けるわけにはいかない!”という気持ちになれました」。そう言って澤田さん夫妻は前を向きます。
今回、小さな蔵元に各方面から応援が集まったのは、SNSの浸透やコロナ禍によって支援のアクションが一般化したことが要因に挙げられるでしょう。同時に、多くの人が手を差し伸べたいと思うのは、身近で、顔が見え、ストーリーのあるモノや場所であるとあらためて感じさせられました。今、コロナ禍でピンチに陥っている店や生産者は誰の周りにもあるはず。それを守るために1人1人ができることもまたあるはずです。とりあえず筆者は、晩酌に澤田酒造の新酒の封を開けるところから始めたいと思います。
(写真撮影/すべて筆者)