【政策会議日記14】日本財政の将来は?(上)(財政制度等審議会)
4月28日に、私も一委員として出席した財政制度等審議会財政制度分科会が開催されました。この会合で、私も一委員として加わった同分科会の起草検討委員から、「我が国の財政に関する長期推計」が報告されました。
安倍内閣が2013年8月に「中期財政計画」で掲げた財政健全化目標のうち、国・地方を合わせた基礎的財政収支について「2020年度までに黒字化、その後の債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す。」と明記しています。ただ、2020年度以降に債務残高対GDP比を安定的に引き下げるためには、どの程度財政収支を改善すればよいかが、まだ具体的に示されていませんでした。
この財政の長期推計は、拙稿「【政策会議日記9】わが国財政の長期展望をどう見るか(財政制度等審議会)」でも記したように、わが国で社会保障・税一体改革を実行することを見越して、財政の持続可能性を具体的に分析しようということです。わが国の財政状況と政府債務に関する長期的な動向を分析し、財政収支改善がどの程度必要なのかを指標で示すこととしました。
この長期試算は、EU(欧州連合)の政策執行機関である欧州委員会が、"Fiscal Sustainability Report 2012"で用いた分析手法に倣っています。
まず明確にしておきたいことは、この長期推計は、消費税率を10%ないしそれ以上に引き上げることを煽るために公表したのではありません。ですから、増税キャンペーンのためのものではありません。
この長期推計の結論から言えば、わが国の財政は、2060年度までずっと名目経済成長率が3%で(平均的に)推移したとしても、今後財政収支は対GDP比で11.94%の恒久的な収支改善を行わなければ、政府債務は抑制できない、ということです。ここでいう収支改善は、増税だけを想定しているのではなく、下記の前提以上の歳出削減を行うことでも実現できるものです。
この結論は、今般の長期推計で行ったいくつかの試算のうち、最も代表的なものです。
まず、この名目経済成長率を3%とした長期推計の主な前提は、下記のように想定しています。
- 2024年度以降、名目経済成長率を3%とする(ちなみに、内閣府の「中長期的な経済財政についての試算(平成26年1月20日)(PDF)」で、安倍内閣が目指す経済再生が実現できた場合に想定される名目経済成長率は、2013~2022年度で平均3.4%)。また、物価上昇率を1%とする。
- 年金、医療、介護等の社会保障給付は、現行制度を前提として、人口の年齢構成の変化を踏まえて変動する。
- 人口推計は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」の出生中位・死亡中位に従う。
- 名目長期金利は、年金給付の推計との整合性を保つため、2009年における厚生労働省の年金財政検証で設定された3.7%とする。
- 社会保障給付を中心とした年齢関連支出以外の支出は、欧州委員会の手法に倣い、対GDP比で15.4%で一定とする。
- 消費税率は、2015年10月に10%とするところまでは反映しているが、その後は引上げを想定していない。年金保険料も、2017年までの引上げは反映しているが、その後は引上げを想定していない。
- それ以外の税制や保険料は、現行制度を前提とする。
その上で、わが国の財政の持続可能性を検証する指標として、欧州委員会の手法に倣い、下記のように設定しました。
● 債務残高対GDP比を2060年度に100%に低下させることと設定する(ちなみに、欧州委員会では、マーストリヒト基準を踏まえ、債務残高対GDP比を2030年に60%にする前提で推計しており、それより緩く現実的な基準を設定)。
● 前述の欧州委員会の手法に倣って、2021~2026年度の6年間で段階的に収支改善を行うこととして算出する。
その前提と指標の設定に従うと、前述のように、わが国の財政は、2060年度までずっと名目経済成長率が3%で(平均的に)推移したとしても、今後財政収支は対GDP比で11.94%の恒久的な収支改善を行わなければ、政府債務は対GDP比で100%に抑制できない、ということです。より詳細に言えば、財政制度等審議会財政制度分科会平成26年4月28日資料7-1(2ページ)で示されている「S1」指標です。
この意味を、図を用いながら解説したいと思います。
出典:財政制度等審議会財政制度分科会平成26年4月28日資料7-1(2ページ)
上側の図には、政府債務対GDP比の推移が示されています。足下では200%を超える水準ですが、もし収支改善努力を今後行わなわず自然体(試算(1)のベースライン:赤い点線)でわが国の財政が推移すると、高齢化等の要因によって、どんどん政府債務対GDP比が上昇してゆき、2060年度には600%(図の枠外!)を超えるほどにまで膨張・発散してしまいます。まさに、財政破綻の状態に陥ります。
そこで、上記のように、2026年度以降対GDP比で11.94%の恒久的な収支改善を行えば、上側の図の赤い実線「試算(1)のS1の収支改善をする場合」のように、2020年代後半から政府債務対GDP比が徐々に低下してゆき、2060年度には100%に達することになります。
ちなみに、この11.94%という値(GDPを500兆円とすれば約60兆円)は、11.94%もの財政収支黒字が必要ということではありません。下側の図の赤い実線に示されているように、GDPに比して基礎的財政収支で見て、自然体(ベースライン)よりも11.94%ポイント改善させることを意味します(基礎的財政収支の定義の説明は拙稿「【政策会議日記3】14年度予算案の収支改善は(財政制度等審議会)」を参照)。この収支改善は、高すぎないが低くないハードルと言えます。欧州諸国で相対的に高い国民負担を課している国(フランス、イタリア)並みの給付と負担を受容できれば実現できるが、そのためには給付抑制や負担増をある程度甘受せざるを得ないと言えそうです。
ただし、注意して頂きたいことは、対GDP比で11.94%もの収支改善を、全て増税で行えと言っているわけではないことです。この長期推計で想定した財政支出よりも削減する余地は残されていますから、歳出削減にも懸命に取り組めば、それだけ増税は少なくて済みます。
成長依存や人口増では解決しないわが国の財政問題
今般の長期推計から導かれる最も重要な含意は、経済成長率の上昇や人口動態の改善によってわが国の財政問題は解決しない、ということです。
その理由は、前掲資料7-1(3ページ)に示されているように、名目成長率を3%にしても、さらには出生率が上がっても、この指標の数値は根本的に小さくはなりません。一方で、既に債務残高が膨大であるため、金利上昇が与える影響は大きいということです。政府債務への影響は、名目成長率の高低よりも、金利と成長率の差の方が重大なのです。
今般の長期推計から得られる含意としては、経済再生や労働力人口の改善に取り組むだけではなく、歳出及び歳入(租税、社会保険料)両面からの基礎的財政収支の改善に早急に取り組むことが必要である、ということです。
2020年度の黒字化で「先憂後楽」
もう1つの重要な含意は、安倍内閣が掲げている2020年度までの基礎的財政収支黒字化を実現できれば、2020年代以降の収支改善幅が対GDP比で4%近く少なくて済む、ということです。
前掲の資料7-1(2ページ)に、試算(2)として示されているのですが、2020年度までの基礎的財政収支黒字化を実現できれば、2060年度までずっと名目経済成長率が3%で(平均的に)推移するとして、政府債務は対GDP比で100%に抑制するには、今後財政収支は対GDP比で8.20%の恒久的な収支改善を行わえば実現できる(上記の図の青い実線)、ということです。先の11.92%が8.20%(GDPを500兆円とすれば約40兆円)となり、3.72%少なくて済むのです。
つまり、2020年度までの基礎的財政収支黒字化が実現できれば、収支改善幅が対GDP比で4%近く少なくて済むとの試算結果となっており、2010年代後半の努力は必要ですが、2020年代以降にその分楽になり、「先憂後楽」と言えます。
別の言い方をすれば、それだけ2020年度の黒字化目標の達成が重要だと言えます。その間の名目経済成長率が3%強ならば、2020年度に12兆円(対GDP比1.9%)の収支改善をさらに行えば、黒字化目標が達成できるとされています(内閣府の「中長期的な経済財政についての試算(平成26年1月20日)(PDF)」の経済再生ケース)。
より詳細については、本コラムで引き続き次回紹介するとともに、同審議会同日資料7-2に示されていますので、それまではこちらをご覧頂ければと存じます。
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追伸
今般の長期推計の公表に際し、複雑かつ膨大な作業の面でご支援を頂いた方々に、御礼申し上げます。