「処方せんがあるのに薬がもらえない」 コロナ禍における“もう1つの医療逼迫”
ある患者さんに複数の薬剤の処方せんを発行したのですが、そのうちいくつかが「入手できない」ということで、処方自体を取り消したことが最近ありました。薬剤の流通懸念はコロナ禍に入ってじわじわと増えていましたが、現在、全国の医療機関で混乱に近い状況です。一体何が起こっているのでしょうか?
「手に入りません」
今年の7月に解熱鎮痛薬であるアセトアミノフェンが「出荷調整」になったことは記憶に新しいと思います(1)。それ以降も手に入りにくい状況が続いていますが、それ以外の様々な薬剤が入手困難になりつつあります。
たとえば、口内炎やのどの痛みに、炎症の原因物質を抑えるトラネキサム酸という薬剤やトローチ製剤が使われることがありますが、これらは現在「出荷調整」がかかっていて、手に入りにくいです。
入院患者さんには、細菌感染症に対して抗菌薬を点滴することがあります。この抗菌薬の一部も現在流通がストップしているものがあり、一部の感染症ではベストな治療薬が選択できない事態に陥っています。
冒頭で書いたように、処方せんを発行した後、調剤薬局から「手に入らないので処方を取り消してください」と言われることもあります。
もはや「第2の医療逼迫」ともいえる状況です。この背景には一体何があるのでしょうか?やはり新型コロナのせいなのでしょうか?
実は、ジェネリック医薬品業界の「ある問題」がきっかけです。
ジェネリック医薬品業界の問題
ジェネリック医薬品(後発医薬品)は、先発医薬品の特許が切れたあとに販売され、開発費が低く、薬価も安いです。患者さんの負担も国の医療費も軽減できるため、「ウィンウィン」ということで、国内で推し進められてきました。
品質確保よりも供給拡大を優先してきたツケが出てきました。製造工程に不備を持つ企業が出てきたのです。2021年2月に小林化工、2021年3月に日医工が業務停止命令を受けました。特に後者はジェネリック医薬品の大手だったので、現場に衝撃が走りました。その後、日医工は業績が悪化し、出資を受けて再建を進める方針になりました。
これにより一部の薬剤の需給バランスが崩れ、1年以上にわたって「出荷調整」が増えています(図1)。ジェネリック医薬品は作れば儲かるという簡単な構図ではないため、とりわけ不採算製品については増産がかかりません。
さらに、原材料の高騰も相まって、ジェネリック医薬品業界全体が黒字を出しにくくなっています。たとえば100円の薬剤の製造コストが80円を超えるような製品は基本的に赤字になりますが、これが全体の3割を超えているのです(図2)。
薬価を上げて利益が出やすい構造にすると、「濡れ手で粟」を狙って、多くのメーカーが参入してきます。製造工程に不備を持つ業者が再び出ないように、しっかりとした薬剤が作れるという仕組み作りが必要になります。
現在、それを確立すべく、ジェネリック医薬品業界の「膿」を出している最中にあります。
コロナ禍が「処方難民」を助長
アセトアミノフェンの件もそうですが、コロナ禍などで一時的に需要が急増する薬剤が発生すると、ドミノ式に流通が停滞し、「出荷調整」がかかります。場合によっては、しばらくその薬は出回らなくなってしまいます。
「処方せんがあるのになぜ薬がもらえないのか」と薬局で怒る患者さんが増え、「患者さんが待っているのになぜ納入できないのか」と医薬品卸に怒る薬局が増え、現場では大変な状況が続いています。
まとめ
どの薬剤がどのくらい不足していて、いつ逼迫が解消するのかという情報公開の場がほとんどないのが残念なところです。私たち医師も処方せんを発行した後に、「手に入りません」と連絡があり、驚くことがあるくらいです。
必要な薬剤が各所で逼迫を起こしているこの状況、あと数年続くのではないかと予想されています。
処方せんがなくてもドラッグストアで入手可能な薬については、そちらで買うほうがよいかもしれません。
(参考)
(1) 『カロナール』がないとコロナに使用できる解熱薬がなくなる?それ以外にも使用できる解熱薬があります(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/horimukaikenta/20220727-00307551)
(2) 令和5年度薬価改定について(論点整理)(URL:https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001013051.pdf)