Yahoo!ニュース

倉本聰が語った「女優・八千草薫」への思い

碓井広義メディア文化評論家
北海道・富良野 倉本聰さんのアトリエ(筆者撮影)

ドラマ『やすらぎの刻(とき)~道』とは・・・

4月から放送が始まる、『やすらぎの刻(とき)~道』(テレビ朝日系)。このドラマ、実は一風変わっています。

2017年の『やすらぎの郷』の続編として、老人ホーム「やすらぎの郷」で暮す人たちの“その後”、というか“現在”が描かれるだけではないからです。

主人公である脚本家、菊村栄(石坂浩二)が自分のために“最期の作品”を書き始めます。戦前、山梨の田舎の村から出てくる一家の物語です。

ですから、このドラマでは、『やすらぎの郷』の続編である「刻」と、菊村栄の“脳内ドラマ”である「道」が、入れ子細工のような形で同時進行していくのです。

倉本聰が語った「女優・八千草薫」への思い

新作『やすらぎの刻~道』全235話を書き上げた、脚本家の倉本聰さんにお話をうかがいたいと思い、北海道・富良野のアトリエを訪ねたのが昨年末のことです。

その時、倉本さんは八千草薫さんについて、こんなふうにおっしゃっていました。

「前作の『やすらぎの郷』で、八千草(薫)さん演じる九条摂子を殺しちゃったのは僕の中で誤算でした。執筆当時は、まさか続編を作るなんて思いもしなかったですから。八千草さんは「やすらぎ」の象徴ですからね、新作にもいてくれないと困ってしまう。でも、こちらの都合で生き返らせるわけにはいかない。それで視聴者の皆さんに馴染みのある九条摂子を、脳内ドラマのヒロインにしようという発想をしたんです」

確かに、亡くなったとはいえ、脚本家である菊村(石坂)の脳内ドラマであれば、再び登場させても何ら問題はないわけです。

「これは『やすらぎの郷』の中で描きましたが、女優・九条摂子には昔、京都に監督だった永遠の恋人がいました。でも、その恋人が戦争で死んでしまい、生涯独り身を通すことになる。そんな彼女の生き方には、僕の心の中にある谷口千吉さん(八千草の亡夫)の存在が影響していたりします」

八千草さんが人気絶頂期に結婚した相手は、親子ほど年が離れていた、映画監督の谷口千吉さんでした。そして約50年間、谷口さんが亡くなるまで、連れ添いました。

「今回、『やすらぎの刻~道』を書くに当たって、これまで自分が書いてきた作品を、だいぶ見直したんですね。僕が八千草さんと最初に仕事したのは、東芝日曜劇場の『おりょう』(1971年、中部日本放送制作)でした。僕は当時、30代半ばぐらいでしたが、半世紀近くも前のことなのに、その美しさを鮮明に覚えていますね。僕にとっての八千草さんは、原節子とはまた違った形での身近な聖処女なんです」

八千草さんは、『おりょう』の後も、『うちのホンカン』シリーズ、『前略おふくろ様2』、『拝啓、父上様』など、数々の倉本ドラマに出演してきました。

(九条)摂子と(原)節子。

倉本さんの「脳内ドラマ」という挑戦的な試みは、九条摂子=八千草さんを生き返らせるために2つの物語を同時進行させる、という離れ業だったのかもしれません。

八千草薫さんの無事回復を祈る

『やすらぎの刻~道』の脳内ドラマの中で、八千草さんは新キャストである橋爪功さんの妻を演じ、この夫婦が軸となって物語が進んでいく予定でした。その2人の若き日を演じるのが、清野菜名さんと風間俊介さんです。

しかし2月9日、八千草さん自身が事務所のサイトを通じて公表したように、がんの治療に専念するため、『やすらぎの刻~道』を降板することになりました。そしてテレビ朝日は、八千草さんの代役を、風吹ジュンさんが担当することを発表しました。

風吹さんは、『やすらぎの郷』で菊村(石坂)の妻・律子を演じていました。ドラマが始まった時点で、すでに亡くなっていましたが、律子も元々は舞台女優です。脳内ドラマの中で、女優として復活してもおかしくはありません。

まず、風吹さんの決断に頭が下がります。また風吹さんであれば、八千草さんの代役というだけでなく、風吹さんなりの「しの(役名)」を作り上げてくださると思います。

八千草さんには、本当にご自愛をお願いし、無事回復されることを祈るばかりです。そして、倉本さんのおっしゃる「視聴者の皆さんに馴染みのある九条摂子」が、カメラの前に凛として立つ日をお待ちしております。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事