認知症患者の徘徊や災害時の身元確認に有効 『義歯刻印法』で入れ歯を名札代わりに
九州北部を襲った記録的な豪雨では、犠牲者の遺体が有明海や佐賀県内の川まで流され、身元確認に時間がかかっている。7月16日に見つかった遺体が福岡県うきは市の89歳の男性と判明したのは、21日のことだった。
2011年の東日本大震災でも、津波に飲み込まれた遺体が遠方まで流され、身元の確認作業は困難を極めた。遺体安置所では全国から駆けつけた歯科医師が、硬直して固く閉じた遺体の口を手で開き、一体一体、歯の有無や治療痕、義歯の状況、充填金属の種類などを丁寧に調べ、「デンタルチャート」という用紙に記録。そして、歯科カルテに残された治療記録やレントゲン写真などと照らし合わせながら、気の遠くなるような照合作業が行われた。
「歯」は身元確認の最後の砦
なぜ、歯から身元確認ができるのか。
千葉大学法医学教室准教授の斉藤久子氏はこう説明する。
「歯は、人の体の組織のなかでもっとも硬く、腐乱したり、白骨化したり、焼けても永く残ります。歯さえ残っていれば、性別、年齢、血液型、DNA型の判定が可能です。また、日本人の多くは虫歯治療を経験していますし、歯周病にかかって歯がなくなり入れ歯の人も多いのが現実です。つまり、国民の大半はどこかの歯科医院に自身の歯科カルテやレントゲン画像などを残しているということになり、その記録は身元を確認するための貴重なデータになる可能性が高いのです」
斉藤氏も東日本大震災の発災直後に岩手県の陸前高田へ出動し、4日間で112体の歯科所見を採取した。
「震災直後はすぐに身元が判明し、遺族に引き取られていく方も多かったのですが、所持品などで判断するのは危険だと痛感したケースがいくつかありました。たとえば、カバンを握ったまま亡くなっているからといって、カバンがその人のものだと断定することはできません。必死で逃げている最中に、前にいた人のカバンを掴んだ可能性もあるからです。体操服の名前も、その日に限って友だちのものを借りたという生徒さんがいるかもしれません。もし、ご遺体を取り違えたら、その方は永遠に家族のもとに帰れなくなってしまいます。それは、絶対にあってはならないことですので、最終的には必ず歯で確認をしなければならないのです」
実際に発災当初は、遺体が取り違えられたまま遺族に引き渡されていたという報道も相次いだ。
入れ歯に個人情報「義歯刻印法」
こうした事態への備えとして極めて有効なのが、入れ歯やブリッジなどに名前やIDナンバー、もしくは義歯の制作者名を入れる『義歯刻印法』だ。
日本の義歯刻印の活動は、阪神淡路大震災の翌年、1996年から始まった。しかしまだ普及しているとは言えない。
ちなみに、東日本大震災のとき岩手県内で発見された犠牲者のうち、上顎に歯のない人は365人、そのうち約6割が総入れ歯を装着していたことがわかっている。
この人たちがもし入れ歯に刻印をしていたら、もっと早く身元を確認することができたはずだ。
徘徊高齢者の身元確認にも有効
超高齢社会を迎えた今、徘徊して行方不明になる痴呆老人も増えている。こうしたケースでも、義歯に個人情報が入っていれば、身元はすぐに特定できる。また、老人ホームなどでの入れ歯の取り違えを防ぐこともできるだろう。
内閣府は、近い将来発生が懸念される「南海トラフ巨大地震」で、最悪の場合、死者が32万人にのぼると発表している。
身元不明時に最後の砦となる「歯」。そこに込められた情報の大切さを認識し、まずは私たち個人が、「義歯を名札代わりにする」という発想を持つことも大切だ。
料金は名入れの方法や歯科医院によっても若干異なるが、決して高額ではなく、0円~2000円くらいだという。
日本はこの先、義歯の着用率がますます高くなっていく。義歯を作る予定のある人は、ぜひ一度、歯科医院に問い合わせてみてはいかがだろう。