【体操】「パリ五輪の金メダル」を見つめる北園丈琉 杭州アジア大会で弾みを
18歳で出た21年東京五輪で、体操の男子団体総合銀メダルに貢献し、個人総合でも5位入賞を果たした北園丈琉(徳洲会体操クラブ)。
ここ2年は代表選考会でミスが出て世界選手権の代表入りを逃してきたが、今年は7月のアジア選手権男子個人総合で85点台をマークして銅メダルを獲得するなど、復調の様子を見せている。
次の試合は9月23日に開幕するアジア大会(中国・杭州)。9月14日に都内で行われた本番を想定しての試技会では、代表メンバーの中で個人総合の得点が最も高かった。
「東京五輪で0.103差で団体銀メダルだった悔しさはパリでぶつけるしかない」と語る北園にとって、アジア大会は、来年のパリ五輪代表選考会に向けてスプリングボードとしたい試合だ。
■「試合にピークを持って行く合わせ方」に苦労した2年間
8月、神奈川県鎌倉市にある徳洲会体操クラブの体育館。北園はひとつひとつの技を入念にチェックしながら練習をしていた。チームメートはその多くがナショナル選手。誰もが五輪出場を目指す集団の中で、質の高い練習をこなす毎日を過ごしてきた。
「自分の力を出し切れたら必ず代表になれるという思いはあります」
己を信じる思いは揺るがない。
この2年間、苦しんでいるのは、試合で最高のパフォーマンスを出すための調整方法だ。清風高校時代は同校の梅本英貴監督が立てる練習スケジュールに沿ってやっていたが、“プロ集団”である徳洲会体操クラブでは大枠こそあれ各自がそれぞれ考えて調整を行う。
「高校の時はある程度コントロールされていたのですが、試合から逆算して自分で考えるようになってから、それが合っていたり、正しくなかったりしている。試合にピークを持っていく合わせ方を自分の経験と結果で確立していきたいんですけど、そこがまだ噛み合い切ってない」
22、23年とも世界選手権の代表入りを逃す悔しい結果となった選考試合で、共通している課題がある。全日本個人総合選手権の決勝でミスが出ていることだ。予選ではまずまずの演技ができているが、決勝で大きく点数を下げる結果が続いた。
「全日本(個人総合選手権)の難しいところは2日間そろえるところ。簡単じゃないというのは分かっているんですけど、今まで完璧な試合を2試合そろえられたことがない。僕が日本のトップになるには安定が必要だと思う」という。
■自分に合った練習方法を模索してきた
安定感をつけるためのアプローチ方法には工夫を凝らしてきた。尊敬する内村航平氏から「自分は現役時代に1週間に5回、通し練習をしていた」と聞き、今年前半は通し練習を昨年までの週3日から4日に増やした。
しかし、この練習方法は北園には合っていなかった。大会に入るまでに疲労が抜けず、全日本個人総合選手権では予選6位。予選の点を持ち越す決勝では9位。決勝日だけを見ると11位だった。
その反省を活かし、6月以降は通し練習で追い込む回数を減らした。その代わり、演技を前後半に分けてひとつひとつの技の質を上げることを徹底している。
「通し練習は一番負荷がかかるし、きつい練習ですが、通してOKではなく、もっといいものを出すというように、質のところに意識を切り替えてやっています」
選手の個性は人それぞれ。やはり、タイプによって合う練習方法は異なる。そこに気づいた。
「やってみないと何事もわからないのでやってみましたが、通し練習でつくっていく方法は冬場のやり方。試合前にそこまで追い込んでしまったら、試合では調子が合わない。状況によって練習方法を見直す良いきっかけになりました」
■東京五輪のミラクルボーイ「プライドはあるけどプレッシャーにはなっていない」
清風高校1年だった18年のユース五輪(ブエノスアイレス)で5冠に輝き、「内村2世」と脚光を浴びた。「東京五輪に必ず出たい」とまい進するピュアな姿勢が、見る者の胸を響かせた。
ミラクルとしか言えないドラマを演じたのは21年東京五輪の代表選考だ。
4月の全日本個人総合選手権予選をトップで通過して迎えた決勝で、北園は最終種目の鉄棒でまさかの落下。マットに両手をついた際に両ひじを負傷し、激痛に顔をゆがめた。その瞬間、「ボキボキといって、何かしら折れたと思った」という。
検査の結果、左右のヒジの靭帯損傷と、右ひじの剥離骨折が判明。しかし、北園は諦めなかった。不幸中の幸いというべきか、ケガをしたのが最終種目だったため6位で5月のNHK杯に進んだ。そして、出場するだけでも奇跡と思われたNHK杯で鬼気迫る演技をして9位。さらには、最終選考会となる6月の全日本種目別選手権で高得点を出し、大逆転でわずか4枠しかない東京五輪男子団体の代表入りを果たした。
北園を知る誰もが口をそろえるのが、「目標に向かってまい進する力は図抜けている」ということ。北園自身、「(東京五輪メダリストという)プライドはあるけど、プレッシャーにはなっていない。自分が好きだからやっている体操。そこで評価されたいという気持ちは、体操を始めた頃から変わっていない」とまっすぐ前を見つめる。
■パリ五輪代表選考会へ向けて難度を上げる取り組みにも着手
来年のパリ五輪選考会へ向けては、練習方法だけでなく、演技構成の見直しもしている。
昨年から今年にかけてDスコアを5.9まで上げたつり輪は、新たに入れたE難度の「十字倒立」のところでパワーを使うことが他の技に響いてしまったため、せっかく難度を上げたのに得点にはほぼ変化がなかった。そのため、「Dスコアを上げると余裕は出るのですが、決定点であまり手応えがなかったので7月のアジア選手権では十字倒立を抜きました」(北園)
一方で、Dスコア5.6の「ヨー2」が安定してきた跳馬以外の残り4種目は難度を上げる挑戦をしている。
ゆかは冒頭にG難度の「リ・ジョンソン(後方かかえ込み2回宙返り3回ひねり)」を入れてDスコアを5.7から5.9に上げる構成。
あん馬はE難度の「ケイハ4」を入れ、これまで9技だったのを上限いっぱいの10技にする。これによってDスコアは5.7から6.1まで上がる。
平行棒ではE難度の「マクーツ」を入れてDスコアは6.2から6.4へ。元々、6.3あった鉄棒も新たにF難度の「リューキン」に挑戦しており、最高で6.6になる。
これら難度の上げた構成は来年のパリ五輪代表最終選考試合の勝負どころで使うつもりだ。
今回のアジア大会は、団体決勝が個人総合予選や種目別予選を兼ねている。団体決勝で6種目に出れば個人総合の決勝が見える。個人総合決勝に進めなかったとしても種目別決勝に出れば「2日間そろえる」というシミュレーションができる。
「(高得点で)2日間を並べるためには、攻めるところと攻めないところとの見極めが大切」とも話しており、具体的なイメージを試す場になりそうだ。
■「パリでは必ず団体金メダルを獲る」
東京五輪後の2年間は苦しいことが多かったが、だからこそ気づけたことも多かったという。
「この2年はパリにとって大事な年だったと思えるように、この経験が必要だったと後から思えるように過ごしています」
その思いを確かなものにするために、今は目の前に迫ってきたアジア大会で練習の成果を示すことが一番の目標だ。
「まずはアジア大会でしっかり結果を残してパリに繋げる。そして、パリでは必ず団体の金メダル。これは本当に獲らなければいけないものですから、そこが一番のモチベーションになっています」
ミラクルボーイの真骨頂は決して諦めないこと。情熱を燃やし続ける日々が続いている。
#体操競技 #アジア競技大会