年内で姿を消すボルヴィック 人気の理由は? 販売開始時と現在で飲み水の習慣はどう変わった?
ボルヴィックが人気があった理由は?
フランス産のナチュラルミネラルウォーター「ボルヴィック」が2020年末で出荷終了となる。すでにキリンホールディングのウェブサイトには、以下のような記載がある。
硬度が日本の水に近い
この水の採水地は、オーヴェルニュ火山自然公園の北端に位置するボルヴィック市周辺。ヨーロッパのミネラルウォーターは、採水された土地の名前をそのまま冠している点で、日本のミネラルウォーターとは異なる。
ボルヴィックは、ヨーロッパのナチュラルミネラルウォーターなかでは珍しく軟水である。それゆえ人気の理由を「日本の水に硬度が近いから」と分析する専門家も多い。
ヨーロッパの地質は、多くが石灰岩層からなり、水がなだらかな大地をゆっくりと流れるあいだにミネラルを溶かす。
一方、火山国である日本の地質は多くが火成岩で、まして山から海岸までの傾斜が大きいため、水の流れるスピードも速く、ミネラルがとけにくい。
だから一般的には、ヨーロッパの水はミネラルの多い水が多く、日本の水はミネラルが少ない。
硬度とは、水に含まれるミネラル(カルシウムとマグネシウム)の量を数値化したもの。数値が高いものを硬水といい、低いものを軟水という。
ボルヴィックの硬度は60mg/L。
日本の水道水は3分の2が硬度50以下。普段飲み慣れている水と硬度が近いと、違和感を覚えにくい。
ヨーロッパ基準への好感
ラベルに記された「EUの基準」とは何か。
日本とヨーロッパではミネラルウォーターの製造方法が異なる。日本では、加熱殺菌かそれと同等以上の殺菌をするように義務づけられているが、ヨーロッパでは「本来成分を失ってはならない」というEU規格があり、殺菌、除菌を禁じている。
東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授は「EUの基準」について以下のように解説する。
「水の性質はわき出る環境によって決まる。地質が雨水をミネラルウォーターに変えていくわけだから、地質が保全されていなければならない。そのためメーカーは泉の周囲を自然保護区として、工場、住宅の建設は禁止し、周辺の農家は農薬の使用を禁じられる」
こうした考え方に共感する人もいた。
「1L for 10L」が話題に
ボルヴィックと聞いて「1L for 10L」を思い出す人もいるだろう。
このプログラムは、世界の水に関わる重要課題に取り組むため、ボルヴィックとユニセフが2005年から始めた。日本では2007年から行われ、ボルヴィック出荷量1Lにつき10Lの清潔な水が、支援対象国であるマリ共和国の人々に提供された。具体的には、販売額の一部が、現地での井戸の新設、修復、メンテナンスのトレーニングなどに活用された。
日本のコーズマーケティングのさきがけ的な事例で話題になったが、このプログラムは、10年目の2016年で終了した。2007年の売上げは約1523万ケースだったが、2016年には半減した。プログラム終了の原因になったであろう。
ミネラルウォーターの販売量と容器の関係、2つの法律
ボルヴィックの販売終了の背景には、現在では輸入品より国産のほうが売れるという理由もある。
日本ミネラルウォーター協会によると、2019年度のミネラルウォーター類の国内生産量は363万9511kL、輸入量は36万1218kLで、合計400万729kL。合計に占める輸入量の割合は、1995年の30.5%をピークに少しずつ下がり、2016年以降9%台になっている。
ミネラルウォーターの輸入量が飛躍的に増えたのは1980年代だ。1982年に163kLだった輸入量は、1990年には2万5348kLと156倍になった。
その背景には1982年の食品衛生法の改正がある。
改正前は、「容器の規則」と「飲料水製造方法の規則」がセットになっていたが、改正後は独立させた。そのためペットボトルがガラス瓶と同様に使えるようになった。
しかし、厚生省(当時)は、生産数量の多い清涼飲料水がペットボトルに入れられることで、ゴミの増加、とりわけポイ捨てを危惧した。そこで飲料水業界は、ポイ捨ての原因になりやすい小型ペットボトル(1リットル未満)の製品をつくらないことを条件に、ペットボトルの利用認可を勝ち取った。
もちろん厚生省は水道事業を管轄しているので、水道の不利になる小型ペットボトル入りのミネラルウォーターの販売に否定的な意見もあったが、省内には日本にはミネラルウォーターは定着しないだろうという楽観的な意見もあったという。それまでミネラルウォーターといえば、贈答用かウイスキーの水割り用だったからだ。
国内メーカーが自主規制する一方で、規制に縛られない輸入業者は小型ペットボトルを販売し、多種多様なミネラルウォーターがコンビニやドラッグストアに並んだ。軽量で携帯に便利、一度飲んでもフタが可能。ストリートファッションとしてもち歩くことが流行。
こうした時代の風を受けながら、1986年、ボルヴィックが日本で販売開始された。
一方で国内メーカーは、1996年、リサイクル法が制定されたことなどを理由として、小型ペットボトルの生産を解禁し、売上げを伸ばしていった。
こうしてみると、食品衛生法の改正で輸入品が優位に立ったが、リサイクル法の制定で国産が巻き返しをはかったとみることができる。
市販のペットボトル入りの水を飲む頻度は?
そもそもボルヴィックが登場する少し前の1980年頃は、水を買うことは「当たり前」ではなかった。それが小型ペットボトルに入った輸入ミネラルウォーターによって流行し、習慣化した。
1980年代は水道の水源である河川の汚染が現在よりもひどく、浄水場で使用される薬品が水道水の味に影響を与えていた。このこともミネラルウォーターを大きく後押しした。
日本ミネラルウォーター協会によると、1982年のミネラルウォーター生産量(国産、輸入の合計)は8万7163kLだったが、2000年には108万9634kLとなり、2019年には400万7291kLとなった。おおまかに50倍に伸びている。
前述のとおり、2019年は微減しているが、今後はどうなっていくのだろうか。
今年7月、ミツカン水の文化センター「水にかかわる生活意識調査」(東京圏、中京圏、大阪圏の1500人を対象)が、「市販のペットボトル入りの水を飲む頻度」について調査した。それが以下のグラフだ。
週5回以上ペットボトル入りの水を飲む人が24%いる一方で、月1回未満とほとんど飲まない人は42%いる。前者は、ペットボトル入りの水を飲むことが習慣になっている人、後者は、水道水を飲むことが習慣になっている人とも言える。
水道水を日常的に飲む人が42%いるのは、水道水の味がよくなっていることと関係する。1980年代に比べ、水道水源である河川はきれいになり、浄水の方法も進化した。また、ペットボトルが完全にリサイクルされずにマイクロプラスチックの発生源の1つとなっていることを懸念する人もいるだろう。
それぞれに「今後のペットボトル入りの水を飲む機会」について聞くと「週5回以上」飲む人は45%が「増える」「やや増える」と回答し、「月1回未満」の人の「増える」「やや増える」は4%だった。
ペットボトル入りの水のイメージも、ペットボトル入りの水を飲む人は「おいしい」「便利」などのポジティブな印象を語り、飲まない人は「ゴミになる」「高い」などネガティブな印象を語るとしている。
水道水を飲むのが当たり前だった時代、ミネラルウォーターが販売され定着した時代、ペットボトル入りの水へのイメージが二極化する時代。ボルヴィックが日本に登場した1986年から、退場する2020年までの35年間に、日本人の飲み水に関する習慣や考え方はさまざまに移り変わったことがわかる。