「健保組合の解散」は「タバコ関連疾患」が原因か
最近、大企業の健保組合(健康保険組合)が赤字になり、運営が継続できずに解散する事例が増えている。解散後は協会けんぽ(全国健康保険協会)に移行するが、国は協会けんぽへ補助金を出しているため、こうした状況が財政赤字が膨らむ要因になるとも指摘されている。赤字の組合が続出する背景には、過去の高い喫煙率の影響があるのだろうか。
健保組合が解散する背景
日本のすべての国民は、皆保険制度によって何らかの医療保険に加入している。主に大企業の雇用者とその家族は会社や同業他社が集まったグループが設立した健康保険組合(健保組合)に、中小企業の雇用者は協会けんぽに入っていることだろう。
だが、大企業の健保組合の運営が厳しくなり、解散する組合が増え始めていることが問題視され始めた。健保組合は雇用者の保険料で運営してきたが、厚生労働省はこれまで行ってこなかった健保組合への財政支援を2019年4月から始めるという。
全国1389(2018年4月1日現在)の健保組合が加入する健康保険組合連合会(けんぽれん)によれば、2018年度の健保組合の予算では赤字の組合が6割を超えるようだ。平均保険料率は増加し、料率が協会けんぽより高い10%以上の組合が313(22.81%)もある。
協会けんぽより保険料が高ければ、企業が健保組合を設立する理由が希薄になるため組合が解散を考える要因にもなっている。支出の内訳をみると、保険給付金の割合は減っているのに比べ、拠出金の割合は金額とともに増加し、これが組合運営の負担になっているようだ。
経常支出内訳の平成19(2007)年度と平成30(2018)年度の比較。高齢者医療制度への拠出額が1兆1704億円(50.4%)の増加になっている。けんぽれんによれば、平成20(2008)年度からの11年間の累積額は34兆2489億円にのぼり、これは保険料収入の約4.8年分だという。Via:健康保険組合連合会:平成30年度健保組合予算早期集計結果の概要・経常支出内訳
健保組合の支出では保険給付金は全体の半分程度しかなく、高齢者(前期高齢者・後期高齢者)の医療制度を維持するための拠出金が重くのしかかっていることになる。
65歳以上75歳未満の前期高齢者は、会社を辞めた後に国民健康保険に加入するケース、再就職先の医療保険に入るケース、勤めていた会社の健保組合の任意継続被保険者になるケース、配偶者や子どもの被扶養者になるケースがある。また、75歳以上は後期高齢者医療制度に加入することになっている。
前期高齢者の医療制度の維持のためには約7兆円かかるが、そのうち国民健康保険から約2.4兆円、協会けんぽから2.1兆円、健保組合から1.6兆円などが拠出されてまかなわれている。
タバコ関連疾患を防ぐ
健保組合が組合自身の収支を改善させ、黒字化に移行するためにできることは少ない。多くの健保組合では、会社や労組と協力して勤務者や家族の健康に介入し、労働災害や生活習慣病の予防や生活習慣の見直しなどを図ろうとしている。
その中でも食生活や運動習慣、ストレス対処などとともに進めているのが禁煙だ。喫煙習慣を止めることは、すぐにでも実行でき、効果の高い疾病予防になっている。
国立国際医療研究センターなどの研究グループが「J-ECOHスタディ(※2)」を使って日本人労働者5万1313人(20〜85歳)に対して行ったタバコ関連疾患の研究(※3)によれば、タバコを吸わない人に比べ喫煙者の全体の死亡率1.49倍(ハザード比)、心血管疾患(CVD)の死亡率1.79倍、がん死亡率1.80倍になったという。
この研究では、タバコを吸わない人2万2926人、現在喫煙者1万8039人、禁煙後5年以下6176人、禁煙後5年以上4172人となっていた。
現在喫煙者の場合、タバコを吸う本数が増えるほど、それぞれの死亡リスクが上がった。一方、タバコを吸わない人に比べて元喫煙者の禁煙後5年以下の死亡率は1.80倍、5年以上で1.02倍になる。禁煙を5年続ければ、タバコを吸わない人と同じ程度のリスクに下がるということだ。
タバコ関連疾患をリスクごとに表にした。レベル 1:科学的証拠は因果関係を推定するのに十分である、レベル 2:科学的証拠は因果関係を示唆しているが十分ではない、レベル 3:科学的証拠は因果関係の有無を推定するのに不十分である Via:2016年「喫煙と健康─喫煙の健康景況に関する検討会報告書」(喫煙の健康影響に関する検討会編:2018/10/17アクセス)を参考に筆者が表を作成
こうしたリスクを考えれば、タバコ関連疾患の治療費が健保組合の収支を悪化させる要因になっていることがうかがえる。だが、タバコ関連疾患はすぐに病気になる場合もあれば、高齢になってから発症する病気もあり、また関連疾患が原因で寝たきりになって要介護になるケースも多い。
前期高齢者の医療制度のために健保組合の拠出金が使われているが、20年前(1998年頃)の30代男性の喫煙率は60%を超えていたように、現在、高齢者になっている世代の喫煙率はかなり高かった。
1人当たりの入院費・医療費は高齢になるほど高くなる。タバコ関連疾患で早死にする割合も多いが、高齢になって発症するケースもあり、寝たきりにつながる疾患のリスクも高い。家族の負担も大きいというわけだ。Via:2016年9月26日「高額療養費制度の見直しについて:年齢別1人当たり医療費」(厚生労働省資料)
タバコ関連疾患になったり健康懸念のため、タバコを止める高齢者が増えている。だが、長くタバコを吸ってきたつけが、今の世代の負担になり、健保組合の解散などにつながっているといえるだろう。
※1:健康保険組合連合会:平成30年度健保組合予算早期集計結果の概要(2018/10/17アクセス)
※2:J-ECOHスタディ(Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study):企業の産業医と疫学専門家が共同で実施している多施設共同研究(職域多施設研究)
※3:Shamima Akter, et al., "Smoking, Smoking Cessation, and Risk of Mortality in a Japanese Working Population ─ Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study." Circulation Journal, doi.org/10.1253/circj.CJ-18-0404, 2018