シリアに違法に駐留を続ける米軍の存在をめぐって強まる「イランの民兵」、トルコ、ロシアの暴力の連鎖
アフガニスタンでは、2021年8月31日に米駐留部隊の撤退が完了し、ジョー・バイデン大統領は、アル=カーイダに対する「テロとの戦い」を口実として20年にわたり同地で続けてきた「もっとも長い戦争」(侵略)の終了を宣言した。
一方、バラク・オバマ大統領がイスラーム国に対する「テロとの戦い」の名のもとに軍事介入を始めたシリアでは、米駐留部隊が撤退する兆候はない。だが、同国では、米軍の駐留に揺さぶりをかけるような動きが散見されており、そのことが暴力の連鎖を助長している。
米軍基地への砲撃
国営のシリア・アラブ通信(SANA)が伝えたところによると、ユーフラテス川東岸にあるCONOCOガス田に設置されている米軍基地に8月31日、迫撃砲弾2発が着弾した。
CONOCOガス田を含むダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸は、アラブ人部族名士らからなるダイル・ザウル民政評議会の支配下にある。同評議会は、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の傘下にあり、その支配地域の軍事・治安権限は、クルド人民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍、そして同軍に所属するダイル・ザウル軍事評議会によって担われている。米国はこれらの組織を支援するとして、シリア国内の33カ所に基地を設置し、部隊を駐留させている。
英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、着弾した砲弾は3発。反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤが複数の地元筋から得た情報によると、砲弾はシリア政府の支配下にあるフシャーム町から発射され、着弾地点から炎が上がるのが目撃されたという。
同サイトによると、砲撃を行ったのは、「イランの民兵」として呼ばれる武装勢力だという。
「イランの民兵」とは、イラン・イスラーム革命防衛隊や、イランが直接・間接に支援する外国人(非シリア人)の民兵の別称で、レバノンのヒズブッラー、イラク人民動員隊、アフガニスタン人からなるファーティミーユーン旅団などがこれに含まれる。
シリアに駐留する米軍に対しては、6月28日、7月1日、7月11日にもダイル・ザウル県のウマル油田に設置されている米軍基地が、砲撃を受けている(「シリアを主戦場として爆撃・砲撃の応酬を激化させる米国と「イランの民兵」」、「シリア・アラブの春顛末記」2021年7月1日、7月11日を参照)。
反体制系サイトのアイン・フラートによると、こうした動きと前後するかたちで、米軍とシリア民主軍の代表は8月27日と30日、ハサカ県のルマイラーン町近郊に設置されている米軍基地で会合を開き、新たな武装組織を結成することで合意した。
この武装組織は、イラク・シリア国境の警備を任務とし、18歳から40歳のアラブ人部族の子息約2,000人によって構成され、彼らには月150米ドルの報酬が与えられるという。
イスラーム国の越境活動に対処するための部隊にも思われるが、その目的が、ユーフラテス川東岸地域への「イランの民兵」、とりわけイラク人民動員隊の侵食や揺さぶりを抑止しようとするものであることは明白だ。
なお、バイデン政権がシリア領内のイラク人民動員隊に対してこれまでに2度(2月25日、6月27日)にわたり爆撃を行っていることは周知の通りだ(「バイデン米政権初の爆撃に便乗して、ロシア、シリア政府、トルコ、イランがシリアで「暴力の国際協調」」、「シリアを主戦場として爆撃・砲撃の応酬を激化させる米国と「イランの民兵」」を参照)。
トルコの挑発
米軍の駐留に揺さぶりをかけているのは「イランの民兵」だけではない。トルコも北・東シリア自治局の支配下、あるいはシリア政府と同自治局の共同統治下にあるアレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県北部への攻撃をにわかに激化させている。
トルコ軍、そしてその支援を受けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)による攻撃は今に始まったことではない。だが、7月に入って、トルコ軍は無人航空機(ドローン)による爆撃を頻繁に行うようになった。
7月4日、11日、16日、8月14日、25日には、タッル・リフアト市および近郊の村を狙い、7月11日の爆撃では、子供1人を含む住民4人が負傷した。また、7月30日には、アレッポ市とアイン・アラブ(コバネ)市を結ぶ街道沿線に位置するクーマジー村で民間の車輌2台を無人航空機(ドローン)で攻撃し、これを破壊した。8月19日には、ハサカ県タッル・タムル町にあるシリア民主軍所属のタッル・タムル軍事評議会渉外局本部を爆撃し、女性司令官1人を含む9人が死亡、10人以上が負傷した。8月22日には、ハサカ県カーミシュリー市西のハイムー村で負傷者収容センター前に停車していた車を攻撃し、これを破壊した。そして、8月26日にも、タッル・タムル町でPYDやクルディスタン労働者党(PKK)に近いスターク・テレビの職員2人が乗った車を狙った。一連の爆撃と合わせて行われる砲撃では、住民やシリア民主軍の戦闘員だけでなく、シリア軍の兵士も巻き込まれ、多数が死傷した。
これに対して、シリア民主軍、そしてその傘下にあるアフリーン解放軍団も反撃した。アフリーン解放軍団の発表によると、6月27日から8月19日までの間にトルコ軍兵士11人とシリア国民軍戦闘員多数を殺害した。また、8月18日と30日には、トルコの占領下にあるいわゆる「オリーブの枝」地域の中心都市であるアレッポ県アフリーン市に対して砲撃が行われ、18日の砲撃では3人が死亡した。攻撃はシリア民主軍によるとみなされ、トルコ軍とシリア国民軍が報復、暴力の連鎖が続いた。
トルコは、PYDをPKKと同じ「分離主義テロリスト」とみなし、米国がこれを支援することに反発を続けていた。トルコは、2019年10月に実施したシリア北部への3度目となる侵攻作戦(「平和の泉」作戦)で、国境地地帯からシリア民主軍を撤退させることの同意をロシアと米国から取りつけた。だが、シリア民主軍は、米国の後ろ盾を得つつ、ロシア、そしてシリア軍と連携してトルコ占領地に軍事的な圧力をかけ続けている。
トルコの攻撃に対して、バイデン政権から自制を求めるような動きは出ていない。トルコは、米国のこうした黙認姿勢を既成事実化しようとして、シリア北部への攻撃を徐々にエスカレートしているのである。
牽制するロシア
トルコの思惑通り、バイデン政権は沈黙を続けている。だが、トルコがシリアでフリーハンドを得られるはずもない。ロシアがいるからだ。
ロシアにとって、トルコがシリア北部で影響力を強めることは、イドリブ県の反体制派支配地の処遇をめぐる綱引きで劣勢に立たされることを意味する。なぜなら、ロシアは、シリア北部でトルコが安全保障を確保する見返りとして、イドリブ県へのシリア政府の支配の伸長をめざしているからである。
トルコのシリア北部への軍事攻勢に対して、ロシアがとった行動は、イドリブ県に対する爆撃の再開だった。
同地は、トルコとロシアの間で停戦合意を交わされた2020年3月以降、大規模な戦闘は収束し、反体制派によるロシア軍の爆撃もほとんど行われなくなった(シリア軍の爆撃は停止された)。だが、8月に入ると、ロシア軍は、5日、9日、19日、20日、22日、23日、24日、26日、27日、28日、29日、31日にイドリブ県ザーウィヤ山地方などにあるシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構の拠点を狙って頻繁に爆撃を行った。
それだけでなく、8月31日、ロシア軍(所属と思われる戦闘機)は、「オリーブの枝」地域の中心都市であるアレッポ県ジャンディールス村近郊のイスカーン(イースカー)村、ジャルマ村にあるシャーム軍団のキャンプを爆撃し、5人を負傷させた。
シャーム軍団は、シリア・ムスリム同胞団の系譜を汲み、トルコがもっとも手厚く支援を続けている武装集団で、シリア国民軍、イドリブ県でシャーム解放機構と共闘する国民解放戦線を主導している。
ロシア軍が「オリーブの枝」地域に対して爆撃を行うのはこれが初めてで、シリア北部へのトルコの攻撃エスカレートを抑止することを狙っていることは明らかだ。