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アサド政権が崩壊したシリアで政権移譲始まる:暴力装置が体現する恐怖の解消が課題

青山弘之東京外国語大学 教授
首都ダマスカスに展開するシャーム解放機構の治安部隊(Facebook)

12月8日にシリアでバッシャール・アサド政権が崩壊してから11日で4日目を迎えた。首都ダマスカスでは依然として銃声や爆発音が聞こえ、多くの住民が外出を控え、恐怖を感じていることが想像される。

こうしたなか、12月9日に、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構が主導し、アサド政権を崩壊に追い込んだ「攻撃抑止」軍事作戦局の総司令部(司令官は同機構指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーこと実名アフマド・シャルア(シャラ、アッツシャラ))によって組閣を命じられたムハンマド・バシールなる人物のもと、政権移譲プロセスが開始された。

シリア救国内閣の首班を務めてきたバシール

バシールは、シャーム解放機構によるシリア北西部(イドリブ県中部一帯)の統治において行政を担うため、2020年に設立されたシリア救国内閣の首班を務める人物。シリア救国内閣発足当初よりテクノロジー大臣を務め、2024年1月に首班となった。

Syriansg.org
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二つの内閣の合同会合

バシール暫定首相は12月9日、ジャウラーニーとともに、アサド政権最後の首相となったムハンマド・ガーズィー・ジャラーリー首相との会談に臨み、権力移譲について調整を行った。

Telegram (@aleamaliaat_aleaskaria)、2024年12月9日
Telegram (@aleamaliaat_aleaskaria)、2024年12月9日

そして、翌12月10日、ジャラーリー内閣の一部閣僚とシリア救国内閣の閣僚を一堂に会し、政府機関の引き渡し手続き、権限移譲開始時期、暫定統治の進め方などを確定したと発表した。

SANA、2024年12月10日
SANA、2024年12月10日

反体制派によって掌握された内閣のフェイスブックの公式アカウントとシリア救国内閣のフェイスブックの公式アカウントは、バシール暫定首相の会合での発言内容の概要を紹介した。その内容は以下の通りである。

合同会合でのバシール首相の主な発言は以下の通り:

我々は、総司令部(「攻撃抑止」作戦司令室総司令部)から過渡期におけるシリア政府の業務運営を委任された。この任務は、政府機関や各種ファイルの引き継ぎ、職員の復帰、その役割の活性化を確保し、自由シリアの国民にサービスを提供することを目的としている。

暫定政府は、革命政府であるシリア救国内閣の複数の閣僚によって構成されている。この内閣は一時的且つ暫定的な政府であり、憲法にかかる問題が決定される2025年3月まで存続する予定である。

暫定政府の任務は、治安の維持、政府機関の安定性の確保、国家の分裂防止にある。また、シリア社会の期待に応える新政府が形成されるまでの間、国民に基本的なサービスを提供することを目指している。

我々の国民は、尊厳ある生活を送り、最善かつ最高のサービスを受けるに値する存在である。旧体制政府の閣僚たちが、移行期において新政府の閣僚を支援し、特に各種ファイルの引き渡しに協力することで、国民へのサービスが途切れることなく継続されることを願っている。

大きな課題が存在するが、イドリブ県とその周辺地域を管理してきたこれまでの経験が、我々に広範な知識とスキルを与えている。この経験により、我々が有する資源や人材が磨かれ、この重大な責任を担う能力を備えていることを確信している。

政権移譲プロセスの課題

この発言から明らかなのは、政権移譲プロセスが来年3月までの約3ヵ月間かけて行われること、そしてその間、新憲法の草案が起草され(あるいは起草の準備が行われ)るということである。加えて、シリア北西部でのシャーム解放機構の統治経験が11月末以降の「攻撃抑止」の戦いで拡大した支配地にも拡大されるであろうことも予想される。

新憲法起草の試みは、国連主導のもと、アサド政権、反体制派、無所属の活動家らが参加するかたちで設置された制憲委員会などでも、これまでにも度々行われてきた。だが、そこでは、イスラーム教の位置づけなどをめぐって反体制派内で激しい意見の対立が生じており、ポスト・アサド段階のシリアの政治に参画するであろう政治勢力がコンセンサスに達することは容易でない。

また、シリア北西部でのシャーム解放機構の統治経験のカギを握る暴力装置の担い手や役割がどうなるかも不明だ。首都ダマスカス、アレッポ市などでは、シャーム解放機構によって結成され、シリア救国内閣内務省が所轄する総合治安機関がすでに治安維持活動、警察活動を開始しており、これと既存の警察、治安機関がどのように統合されるのかは明らかではない。「攻撃抑止」軍事作戦局に参加したシャーム解放機構をはじめとする武装勢力が新設(あるいは再編)されるシリア軍のなかでどのように位置づけられるのか、処罰を免れたアサド政権下のシリア軍将兵とどう統合されるかについても然りである。

Facebook (@profile.php?id=61550753802879)、2024年12月10日
Facebook (@profile.php?id=61550753802879)、2024年12月10日

しかし、暴力装置をめぐる問題については、それがどのようなかたちで解消するにせよ、シリア北西部で長らくシャーム解放機構の支配に反対する個人や組織が弾圧や抑圧、逮捕、拘束を受けてきたという事実には留意をしておくべきだろう。弾圧や抑圧の対象になっているのは、新興のアル=カーイダ系組織の一つであるフッラース・ディーン機構のメンバー、非暴力を特徴とする(イスラーム)解放党のメンバーだけでなく、今年初めから連日のように続けられてきたジャウラーニー打倒デモを主導、参加した市民活動家も含まれている。

シリアにおける政権移譲が民主化や、自由、尊厳を回復するためのプロセスとなるには、移行期において、アサド政権と反体制派双方の暴力装置が体現してきた恐怖が解消されるための変革が求められている。だが、その道筋は決して容易なものではない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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