シリアの内閣はシャーム解放機構の解体とジャウラーニー氏を司令官とする新たなシリア軍の創設を決定
「シリアのアル=カーイダ」と知られるシャーム解放機構がシリア北西部の行政を委任していたシリア救国内閣のムハンマド・バシール氏が12月10日に、バッシャール・アサド政権最後の首相であるムハンマド・ガーズィー・ジャラーリー氏に代わって暫定首相に任命されてから、3日目を迎えた。
12月10日に開催されたシリア救国内閣とジャラーリー内閣の閣僚による会合で、政府機関の引き渡し手続き、権限移譲開始時期、暫定統治の進め方について協議がなされたことを受けて、バシール暫定首相のもとで移行プロセスが徐々に進められているようである。
内閣のフェイスブックの公式アカウントは、12月11日と12日に、二つの閣議決定が了承されたことを発表している。第1の決定(12月11日)は、省庁および公共機関の休日をこれまで通り、金曜日と土曜日とすること、第2の決定(12月12日)は、12月15日(日曜日)から公立および私立の学校・大学での教育活動を再開することである。
このほかにも、さまざまな決定がなされていると推察されるが、その内容に関する情報は公開されていないようである。だが、筆者が入手した首相府決定第13号から第29号によると、将来のシリアの国の根幹をなすと思われるきわめて重要な決定が下されていることが分かる。
以下これらの決定を紹介する。
決定第13号
政府機関を退職した全職員へ、前体制が停止していた年金について、過去数年分の全額を郵便局の各支店から引き出す権利がある。
決定第14号
シリア・アラブ共和国のすべての市民は、本年末までにシリア救国内閣発行の身分証明書の取得が義務づけられる。この手続きのため、以下の3つの地域にセンターが設置される予定である:ダマスカス県、ラッカ県、スワイター県、クナイトラ県はダマスカス民事局で対応、ヒムス県、タルトゥース県、ハマー県はハマー民事局で対応、アレッポ県、ラタキア県はイドリブ民事局で対応。民事局はすべての市民のデータや書類を、市民のデータと文書のすべてを登録した県に移送・整理済みである。
決定第15号
来年初め以降、いかなる市民または戦闘員であっても、公衆の場で武器を見せることは禁止される。この規定に違反した場合、法的責任を問われ、武器は押収される。
決定第16号
シャーム解放機構を解散し、アフマド・フサイン・シャルラが指揮するシリア軍武装部隊総司令部を新たに設立する。
決定第17号
(シリア)国民軍およびすべての革命諸派の戦闘員は、本年末までにシリア軍武装部隊総司令部の指揮下に参加することが義務づけられる。これに従わない者は、軍事活動を停止されることとなる。さらに、軍武装部隊への志願が希望者に対して開放される。この対象は、シリア・アラブ共和国のすべての市民に適用されるが、アラウィー派の市民は例外とされる。
決定第18号
アラウィー派のいかなる人物も、軍隊および内務省への加入を厳格に禁止する。
決定第19号
シリア・アラブ共和国国内のすべての市民は、新しいシリア・ポンドが来年3月に発行されるまでの間、トルコ・リラ、シリア・ポンド、および米ドルでの取引を行うことが義務づけられる。
決定第20号
アサド一族による犯罪行為のために職務を放棄していた政府機関職員は、最長で6ヵ月以内に職務に復帰することとする。
決定第21号
すべての輸入業者は、貨物をトルコのメルシン港ではなく、シリアの港へ移送することが義務づけられる。この措置に伴い、2025年末まで関税は完全に免除される。
決定第22号
バーブ・ハワー、サラーキブ、ハマー、ヒムス、ダマスカスを結ぶ国際幹線道路を再開させる。一方で、ガズィアンテップとアレッポを結ぶルートは完全に閉鎖される。
決定第23号
シリア・トルコ間のすべての国境通行所を閉鎖する。ただし、バーブ・ハワー国境通行所のみは例外として引き続き開放される。
決定第24号
海外在住のシリアの商人および製造業者へ、シリア・アラブ共和国に帰国を希望する者には全面的な支援とサービスを提供する。
決定第25号
レバノンに居住するすべてのシリア市民に対し、本年末までにシリア・アラブ共和国に帰国するよう求める。年末以降は、レバノンから直接シリアへの入国は受け付けられず、第三国を経由してシリアに入国する必要があると定められている。
決定第26号
ダマスカス国際空港およびアレッポ国際空港は、来年初めから運用が再開される予定である。また、イドリブ市西部の森林地域に新たな国際空港を建設する計画が進められており、2026年末までに完成する見込みである。
決定第27号
最新の高速地下鉄プロジェクトの建設に着手する。計画されている運行ルートは、ダイル・ザウル・アレッポ間、イドリブ・ラタキア間、アレッポ・イドリブ間、ハマー・ヒムス間、ダマスカス・ダルアー間である。
決定第28号
シリア砂漠に大規模な太陽光発電プロジェクトを開始する。このプロジェクトは、エノロジー社を通じて投資家からの申請を受けつける。同プロジェクトの目的は、シリア全土に電力を供給することで、来年初頭に着工し、同年末までに完成する予定である。
決定第29号
戦争被害者からのすべての申請を受け付け、来年3月より復興および住宅建設を開始する予定である。まずはインフラの再建から始め、その後に住宅プロジェクトを進める計画である。また、戦争による被害者には補償が行われる予定である。
以上の決定から、将来のシリアについて、少なくとも5つの方針を見て取ることができる。
シャーム解放機構の解体とジャウラーニー(シャルア)氏のシリア軍司令官就任
第1は、シャーム解放機構指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーことアフマド(・フサイン)・シャルア(シャラ、アッシャラ)氏が新たに創設される軍武装部隊の司令官を務めることで、軍事部門においてアサド大統領の事実上の後任となることである。
ジャウラーニー(シャルア)氏はすでに、「攻撃抑止」軍事司令局指導者、シリア・アラブ共和国軍事調整室総司令官を名乗っているが、決定第16号はこのことを体制転換後のシリアにおいて制度化するものだと言える。アサド大統領は、シリア軍武装部隊総司令官(大将)のほかにも、与党バアス党中央指導部書記長、連立与党進歩国民戦線中央指導部書記長を務めてきたが、体制転換後のシリアにおいて、ジャウラーニー(シャルア)氏が、大統領、与党党首、連立与党代表といった政治的権能をどの程度集中させるのかが注目されるところである。
シリア救国内閣の拡大支配
第2は、シリア救国内閣が事実上、首都ダマスカスを支配するかたちで統治を担うであろう点である。これは、決定第14号などから読み取れる。
アラウィー派の排除
第3は、アサド大統領を筆頭に、バアス党、軍、治安機関の高官の多くを輩出してきたアラウィー派の宗徒を、軍および警察から排除することが定められた点である。アラウィー派の宗徒は、ロシア軍が基地を保有する沿岸地方に多く居住しており、同地での反発が予想される。また、米国は、新政権の承認の是非をめぐって、少数派の権利に配慮することを求めている。この決定を欧米諸国がどのように評価するかが注目される。
トルコのプレゼンス
第4は、トルコのプレゼンスが強く感じ取れることである。シリアでは、12月12日、イブラヒム・カリン国家情報機構(MiT)長官を代表とするトルコの使節団が、アサド政権崩壊後初の外国の使節団として初めて首都ダマスカス入りした。
シャーム解放機構がシリア北西部の行政を委託する別組織である政治問題局は12月12日、エジプト、イラク、サウジアラビア、UAE、ヨルダン、バーレーン、オマーン、イタリアがダマスカスへの外交使節団の活動を再開したことに謝意を示すとともに、トルコとカタールから大使館を再開する約束を取りつけていると発表した。
とりわけ、決定第21号から、これまで反体制派がトルコの港湾施設を経由して支援を受けていたことを示唆するものである。
シリア国民軍の吸収
第5は、トルコがこれまでシリア領内における占領支配で利用してきたシリア国民軍を統合しようとしている点である。これは、決定第17号でシリア国民軍に新設される軍への参加を義務付けていること、そして決定第22号と第23号でシリア国民軍が展開していたトルコの占領地とを結ぶ国境通行所の閉鎖を発表したから明らかである。シリア国民軍のなかには、シャーム解放機構と協力関係にあるアル=カーイダ系のシャーム自由人イスラーム運動などが参加している一方、スルターン・ムラード師団をはじめとする一部の武装集団とはたびたび衝突を繰り返している。シリア国民軍内で、決定第17号への反発が生じる可能性も否定できない。