音楽家・小西康陽の素晴らしい“33年の物語” 「僕はその人のファンにならなければ作品は作れない」
ピチカート・ファイヴとしてはもちろん、プロデューサーとして、ソングライターとして、これまで多くのヒット曲を発表してきた音楽家・小西康陽。彼がこれまでたずさわった、古今東西のヒット曲、話題作、そして問題作90曲を、発表年代順にレーベルの垣根を越えてコンパイルした、まさに小西康陽の集大成ともいえるのが『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事 1986-2018』だ。貴重なデモヴァージョンも含む、お宝音源も収録されているこのCD5枚組のボックスが、6月6日に完全限定生産盤として発売されたが、13,500円という高額商品ながら好調で、アンコールプレスが決定した。その作風の幅広さに改めて驚されると共に、小西康陽という音楽家のセンス、アイディアの豊富さ、斬新さに感心させられてしまう。詳細なライナーノーツも貴重な話が満載で、このブックレットを読みながら楽曲を聴くと、より<33年の物語>が浮かび上がってくる。この作品について、小西に話を聞いた。
「プロデュースやアレンジ、リミックスもやらせていただいていますが、メインの仕事は作詞・作曲だと思っています」
――最初、この企画を聞かされたとき、まずどんな感想を持ちましたか?
小西 ボックスセットとかが出るというのは、遂にキャリアも終わりという烙印を押されたような感じでした(笑)。実際自分でもそう思ってるからしょうがないなと(笑)。
――ご自身の作品と改めて向き合う時間ができたと思います。まとめてみて、何かキーワードのようなものは浮かんできましたか?
小西 この作品のタイトルにもなっていますが、まさに「仕事」っていう感じですね。
――ソングライターという側面も色濃く感じるアーティスト、という立ち位置だと感じました。
小西 そうだと思います。プロデュースもアレンジも、リミックスもやらせていただいていますが、メインの仕事は作詞・作曲だと思っています。
――今回は5枚組90曲という構成ですが、全体では何曲くらい手掛けているのでしょうか?
小西 今回はピチカート・ファイヴの作品が入っていないし、それ以外でもかなりの曲数があります。選曲に関しては、この話をいただいたとき時に、自分でやるとしたら予定している発売日までに間に合わないと思ったので(笑)、選曲は一任して、いただいたリストに対して意見を言うという感じでした。なので、自分で選曲していたら今頃まだ出ていないでしょうね(笑)。
「曲を提供する際は、その人のパブリックイメージを自分も持って、一ファンとして臨む」
――あらゆるジャンルのアーティストの楽曲を手がけていますが、依頼が来た時は、そのアーティストについて、徹底的に調べてから曲作りに入るのでしょうか?
小西 もちろんアーティストのことをイメージしたいという思いはありますが、徹底的に調べ上げるというのは違いますね。逆に、なんとなく誰もが持つイメージを、自分も持ちたいという感じです。一ファンとして臨むというか。例えば野宮真貴さんと知り合った時、彼女はヘヴィメタルに夢中だったらしくて、いつもそういう音楽を聴いていたそうなんですが、だからといって、野宮さんにそういう曲を書くわけにはいかない。やっぱりみなさんが抱いている、野宮さんのイメージで曲を作るというのがあるわけで。
数々の大物アーティストと仕事をして感じたのは、「どんなにすごい才能を持っている人でも、ある側面しか引き出されていないということ」
――小西さんはこれまであらゆるアーティストと向き合ってきて、例えば、ムッシュかまやつさん、和田アキ子さん、八代亜紀さんといった大物アーティストの方は、これまでのパブリックイメージとは違う部分を、小西さんに引き出して欲しいという思いから楽曲の依頼があったと思いますが、そういう時はどこを突くようにしているのでしょうか?
小西 やっぱりものを作るということは、全てにおいてある部分が、対象に対する批評になると思うんですよ。自分に頼まれたものは、他の人とは違う切り口を探します。そこに尽きると思います。八代亜紀さんは演歌とか流行歌、あるいはムード歌謡というか、日本人の情緒に訴えるような音楽を歌う人というイメージです。僕は最初に八代さんのボーカルを聴いて思ったのは、マイクの使い方が圧倒的にうまい、技巧的な歌手だということでした。20世紀以降の音楽家だなと思いました。そういう切り口で考えていきました。ムッシュの場合は、戦後のポピュラー音楽史をそのまま体現している人だというイメージでした。どんなにすごい才能を持っている人でも、ある側面しか引き出されていないというのが、色々な、すごい才能を持ったアーティストを俯瞰して見た時に感じたことです。
「自分で気に入っている楽曲は、イントロからできて、ひと筆書きで書くように“降りてくる”」
――八代亜紀さん「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」(2012年)は、圧巻です。ズシっときて、残ります。
小西 八代さんはとにかく準備をして来てくださる方で、頭の中に譜面が完全に入っていました。
――和田アキ子さんの「生きる」(2004年)は、小西さんからご本人にこういう風に歌ってほしいというリクエストは、伝えたのでしょうか?
小西 特になかったです。でも最初に聴いてもらった時に「いい曲。これバラードだったら「紅白」で歌ったのに」と言ってくださって、それが自分の心の勲章です。
――小西さんが作る楽曲はどの曲も、とにかくイントロからひきつけられるという印象があります。
小西 いい曲はイントロからできてきます。自分で気に入っている楽曲は、大体ひと筆書きで書けるように、“降りてきた”ものです。イントロはとても大切なんですが、自分がDJをやっているときは、イントロが長い曲は使わないんですよね。
――頭から人も耳と心をつかむことができるということが、CM音楽の依頼も多いのでしょうか。
小西 やっぱり耳をつかむようなキャッチーなメロディが、昔から好きなんですよね。
――その時代時代の小西さんの“気分”を感じるBOXでもあると思っています。DISC1に収録されている、作詞を手掛けられた、南佳孝さん「Taste Of Honey」(1987年)、谷村有美さん「ポストカード」(1989年)は、メランコリックな感じで、グッときました。当時よりも切ない感じが伝わってきました。
小西 まさに20代の頃、僕が抱いていた感じです。
「歌がうまいだけが、うまいんじゃない。説得力やその人らしさがあれば、逆に歌がうまくないことがプラスになる」
――松本伊代さん「有給休暇」(1989年)は、当時、決して歌がうまくなかった彼女に、こんなに難しい曲を歌わせるんだ、と思いました。
小西 もちろん歌えると思って曲を渡していますし、歌がうまいだけが、うまいんじゃないと昔から思っていて、説得力とか、その人らしさがあれば、逆に歌がうまくないことがプラスになると思います。
――アイドルへの楽曲提供も多いですよね?
小西 そうですね。アイドルは完成していない魅力があるので。
――DISC2に収録されている、三浦理恵子さん「日曜はダメよ」(1991年)が、小西さんがアイドルに提供した楽曲の中で、初のシングルA面ですよね。忘れられない一曲という感じですか?
小西 そうです。でも、実は今回マスタリングするまで、何十年も聴いていなくて、自分にとっては忘れられた曲でした(笑)。改めて三浦さんの歌のうまさに驚きました。本当に素晴らしい歌謡曲の歌手。
――キュートさとセクシーさを併せ持つ、今いないタイプで、歌に引き込まれますよね。
小西 “昭和のエロキューション”、みたいな。
――セクシーというと、細川ふみえさんにも提供しています(「スキスキスー」(1992年))。
小西 細川さんって、昭和30~40年代にデビューしていたら、きっと僕が尊敬する浜口庫之助さんが曲を書いていたと思うんですよ。そんなイメージは持っていました。
――松雪泰子さんのCD デビュー曲「ESP」(1992年)は、知る人ぞ知る名曲と言われています。頭の歌詞とメロディで小西さんとわかる楽曲です。
小西 松雪さんは当時もすごい人気で、僕も大好きだったので、お話をいただいたときは嬉しくて、気合が入りましたが、とにかく忙しくて、思うように準備ができなくて歯がゆい思いをしました。確かピチカート・ファイヴのツアーでアメリカに行っていて、その時に作った曲で、楽器がなくて、譜面だけ書いて送った記憶があります。それで、帰国したらもう音源が完成していました(笑)。
――アイドルといえば、Negiccoに提供した「アイドルばかり聴かないで」(2013年)は、リアルすぎる歌詞も含めて、話題になりました。
小西 そうですね。自分でもインパクトの強いものを作ろうとは思っていましたが、相当強いものができたと思います。
――同じくDISC5にはふなっしーへの提供曲「ふなっしーの買い物わっしょい!」(2014年)が収録されています。
小西 友達が喜んでくれる、ネタになる曲を書きたいんですよね(笑)。
――ボーナストラックに収録されている、あきこロイドちゃんが歌う「からあげクンの歌」も最高です。思わず食べたくなる、カッコいい王道コマーシャルソングという感じです。
小西 あれは僕の最高傑作でした。「からあげクン」が好きだったので。CMソングはやはり“コマソン”を作りたいんですよ。でも最近はあまり商品の名前を連呼する、歌い込む曲がなくて残念です。
――最大のヒットというと、やはり「慎吾ママのおはロック」(2000年)になりますか?あの曲はクラブでも流れていました。
小西 「おはロック」は大きかったですね。香取君はやっぱり天才。レコーディングもあっという間に終わりました。クラブで流しても、盛りあがっていました。
「小泉今日子さんは最も影響を受けたアーティストの一人。彼女の歌を聴いて、プロの作詞・作曲家を目指そうと思った」
――DISC5の1曲目、小泉今日子さんの「面白おかしく生きてきたけれど」も特に印象に残っている作品なのではないでしょうか?
小西 そうなんです。小泉さんの歌を聴いて、プロの作詞・作曲家になりたいと思いました。彼女の音楽を聴いていなかったら、そう思わなかったかもしれない。だから最も影響を受けたアーティストの一人が、小泉さんです。その小泉さんに曲を書く機会に恵まれて、感慨深かったです。
――個人的には小西さん全面プロデュースの野本かりあさん「ロック・ステディ」が、収録されていて、嬉しかったです。改めて、雰囲気がある斬新な曲で、最強のガールポップだと思いました。
小西 ありがとうございます。この曲が入っているアルバム『カアリイ』(2004年)は、本当に力を入れて作った、自分の最高傑作だと思っています。
――この作品集を通して感じたのは、小西さん自身がそのアーティストのファンであるというスタンスが、一曲一曲に輝きを与えているのだということです。
小西 作家という感じで、クールにその対象と向き合ってる人もいると思いますけど、僕はその人のファンにならないと、作れないところはあります。
――今後の小西ワークスの予定を教えてください。
小西 自分で作りたいアルバムが2枚あるんですけど、それはもうちょっと先でもいいかなって思っています。