雪が降ってきた 固まった残雪に事故のリスク 融雪剤が短時間で効果を発揮する仕組みとは
東京は予報通りの雪。積もった雪は日陰でいつまでも残ります。滑って腰を打つなどの事故リスクの高い雪は早く片付けたいところ。融雪剤を使えば簡単に除雪できるのですが、この仕組みを意外な化学が支えています。
硬い残雪に融雪剤をまこう
カバー写真に示したように、カチカチに固まった日陰の残雪に人力はそうそう歯が立たず、プラスチックの除雪器具ごときで削ろうとしても片付けられるものではありません。そういうやっかいな残雪には市販の融雪剤をまいて、融かしてからきれいに片づけましょう。
市販の融雪剤は小さなツブツブ、顆粒の形状です。固まってカチカチになった雪の上にまくとただちに雪を融かしていきます。写真の右下の角近くの積雪の部分を見てみると、アリの巣の出入り口のような小さな穴がポツポツと点在していませんか?融雪剤の顆粒は穴を掘るかのようにして、カチカチの雪を表面から融かしていくのです。そのため、小さな穴を硬い残雪の表面に見ることができるのです。まいてから少し時間を置くと雪がサクサクのシャーベット状になり、写真にあるようなプラスチック製プッシャーでも比較的簡単に除雪することができます。
除雪した後は、階段のステップ上などに再度融雪剤をまいておきます。こうすれば再び凍ることはないので、日陰の階段でも安心です。除雪の具体的な方法については「筆者も滑ってケガ 転倒する前に 簡単除雪のコツを雪国在住の筆者が解説」をご覧ください。
融雪剤って何?
値段が手ごろでホームセンターなどでよく見かけるのは、塩化カルシウムや塩化ナトリウム、あるいは塩化マグネシウムなどの化学品からなる融雪剤です。本稿では最もよく見かける塩化カルシウムの融雪剤を取り上げて、雪を融かす仕組みについて、実験の様子と一緒に紹介します。
融雪剤というからには、きっと氷を融かす性質があるはずです。ということは、水に接触すると発熱するのでしょうね、きっと。そこで「その熱を使って氷を融かしていくはずだ」と仮に考えて実験してみましょう。
早速動画1をご覧ください。ビーカーの底にごく少量の水を入れておきます。そこに市販の融雪剤(塩化カルシウム二水和物)を0.5 gほど落として入れてみました。発熱するかどうかは赤外線カメラで確かめることができます。
動画1 少量の水に融雪剤を接触させてみた。赤外線カメラで撮影(筆者撮影 34秒)
赤外線の動画では温度がリアルタイムで読み取れます。実験開始前の水の温度は21度ほど。それが融雪剤投入とともに上がり始めて、最終的に40度を超えました。確かに、融雪剤が水と接触することによって発熱したようです。
これは塩化カルシウムが水に溶ける時に発熱する現象を赤外線カメラでとらえたものです。高校の化学の教科書なら「溶解熱で温度が上がった」と書かれるところです。
実践したら、逆に冷えた
次に実習の時間に移りましょう。幸い新潟県長岡市は雪国と言われるだけあって、ここには雪が捨てるほどいっぱいあります。
早速カバー写真に写っている階段の現場にて融雪剤(塩化カルシウム二水和物)を使って、ステップの上に凍り付いた雪を融かしてみたいと思います。もちろん、赤外線カメラで融雪剤が効いている様子を、温度を測りながら確認していきましょう。
インパクトのある動画を撮るためには、湯気が出るくらい(?)多めに融雪剤をまきたいところですね。動画2をご覧ください。
動画2 融雪剤をまいて雪を融かす様子を赤外線カメラで撮影(筆者撮影 1分11秒)
いかがだったでしょうか。融雪剤をまいた直後には融雪剤の温度は明らかに雪よりも高かったのですが、まき始めから8秒ほどで周辺の雪と一緒に冷却が始まりました。12秒後にはマイナス10度、19秒でマイナス15度、27秒でマイナス20度の表示に達しました。そして90秒後にはマイナス30度に迫る勢いの表示が現れました。
まさかの融雪現象でした。「融雪剤から湯気が立つくらいに熱せられて雪が融けていく」のではなく、雪がマイナス30度に極端に冷やされて、しかも「融けていく」ように見えました。何が起こっていたのでしょうか?
実験室でもう一度観察
実践した結果として意外な事実が明らかになった時には、実験室に戻ってもう一度現象のチェックを行います。
準備するのは、屋外に捨てるほど積もっている雪、ビーカー、融雪剤(塩化カルシウム二水和物)、赤外線カメラ、通常のカメラです。動画3をご覧ください。
動画3 融雪剤の効果を実写像と赤外線像で確認する(筆者撮影 50秒)
前半では、満杯にした雪の上に融雪剤をまいて、それを通常のカメラで観察しています。雪の表面にのった融雪剤はすぐに溶けだして顆粒の周りには液体が光って見えるようになります。そのうち、顆粒は雪の中に潜っていきました。しかしながら、雪全体を融かすことはなく、顆粒はある程度の深さで侵入をやめてしまったようにみえます。
後半では、融雪剤の温度的なふるまいを赤外線カメラで観察しています。融雪剤を雪の上にまいてすぐには融雪剤の温度が高めでしたが、雪と接触して溶けだすと同時に周辺の雪の温度も含めて急速に冷たくなっていきます。実験映像からすぐにマイナス20度に達することがわかります。この時、融雪剤の顆粒は雪を融かしながら雪の中に潜っていますので、確かに「冷えながら雪を融かしていく」という現象は事実のようです。
融雪中に何が起こったのか
以上の現象を理解するためのキーワードは、融解熱と凝固点降下です。
融解熱は物質1モルを融解するのに必要な熱量です。氷が融けて水になる時に、氷はその融解に必要な熱を周辺から奪います。本来は、零度よりも高い周辺から熱をもらって融けるので、氷は零度を保って融けていきます。逆に日陰などで気温がどうしても零度を超えないと、カチカチになった雪は融けずに残ることになります。
ここに塩化カルシウムがまかれたとします。塩化カルシウムがわずかな水に溶けると、水を零度以下でも凍らせません。この現象を凝固点降下と言います。塩化カルシウムの濃度によっては、マイナス50度に達しても水が凍らなくなります。
つまり、塩化カルシウムによって水が零度以下でも凍らなくなる→だから周辺の雪が熱を奪って融ける→熱を奪われ一帯がマイナス20度とか30度になる→マイナス50度に達するまで雪は融け続ける。
塩化カルシウムは水に接触して発熱もしますが、塩化カルシウムの量が水に対して相対的に多ければ溶解して発熱(動画1)、逆に雪の量が相対的に多ければ氷の融解による冷却(動画3)が優位に立って温度が下がります。
固くなった雪を融かすために、融雪剤をまく量は、とても大事なのです。
簡単除雪のために
融雪剤を山のようにまけば、理論的には現場の雪を全部融かすことができるはずです。とは言っても、塩化カルシウムは条件によって金属を腐食させやすい性質をもつので、大量にまくことには気が引けます。
ある程度少量の融雪剤をまいて、硬い日陰の残雪を融かして片付けるには、図1の上のイメージ図にあるような工夫をしてみます。つまり、カチカチの雪の表面に融雪剤を適量まき、しばらくほっておきます。すると、融けた水分が融雪剤の顆粒の隙間からコンクリートなどの地面に向かって流れ落ち、そして雪と地面との境にたまります。こうすれば、雪の塊と地面との固着が解かれて、地面から雪を簡単にはがすことができます。
図1の下の写真にはプラスチック製プッシャーでカチカチの雪を地面からはがす様子を写しています。地面に水がたまるようになれば、このように塊として硬い雪をそれほど力をかけなくても地面からはがし取ることができます。
さいごに
雪で滑って転ぶと、本当に痛いです。筆者は今シーズンにて2日にわたって立て続けに雪の表面で滑って転び、右の腰を2回にわたり強打しました。数日経つのに、逆の左足が腰から下にかけてますます痛くなってきました。
雪で滑って大怪我をして身体が動かなくなり後で悔やむくらいなら、元気なうちにせっせと雪かきに精を出して、日々の運動の足しにするのも一考かと思います。