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洪水から命を守る、早めの避難 闇夜の避難には慎重な判断を

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
避難の時には浮き具になるリュックサックを背負い、杖をもつ(筆者撮影)

 熊本県熊本地方や福岡県筑後地方で線状降水帯による非常に激しい雨が降り続いて「緊急安全確保」が各地に発表されています。これから夜を迎え、避難所や高い所への避難が難しくなります。闇夜の避難には慎重な判断が必要です。

 今回のポイントを示します。図1も併せてご覧ください。

1.川沿いなら速やかに高台へ直接避難

2.冠水道路の避難は避ける

3.暗闇の避難は避ける

図1 上:川沿いなら速やかに高台へ直接避難、中:道路冠水が始まった時あるいは闇夜なら自宅の2階に垂直避難、下:いよいよ自宅が水没なら水面に浮いて呼吸の確保。洪水の水位によってそれぞれ命を守る行動が変わる(筆者作成)
図1 上:川沿いなら速やかに高台へ直接避難、中:道路冠水が始まった時あるいは闇夜なら自宅の2階に垂直避難、下:いよいよ自宅が水没なら水面に浮いて呼吸の確保。洪水の水位によってそれぞれ命を守る行動が変わる(筆者作成)

1.川沿いなら速やかに高台へ直接避難

 川沿いの家屋が洪水により建物ごと流される危険性が高いのは、これまでの水害で明らかです。冠水が始まり自宅の2階以上に垂直避難しても、建物ごと流されたらかなり危機的です。窓から脱出できない限り、最悪の状態に陥りかねません。

 「もう、危ない」と常に考えて、川沿いの自宅からは至急近くの高台に避難します。階段を使って高台に避難することもあるかと思います。そういった階段では上っている途中で水が階段を伝って流れ落ちてくるかもしれません。少々の流れであれば慌てずに上りきります。

 水が階段を流れ始めたら、決して後ろを振り向かないでください。人は階段を上る時に前からの流れには比較的強いのですが、階段を下っている時に後ろから流れにやられると足がすくわれてしりもちをつき、ウオータースライダーのように下に流されてしまいます。

 動画1は「ここまでの流れなら手すりを使って上がれる」という実験映像です。地下街からの脱出実験なので屋外の実際とは異なりますが、これよりも弱い流れなら、急に襲われても慌てずにできるだけ早く階段を上りきると覚えておいてください。ただ、こうなる前に早めの避難を心がけます。

動画1 地下街に階段を伝って洪水が駆け下りた場合の緊急避難実験。振り返るとしりもちをついて、ウオータースライダーのように流される(筆者カメラによる依頼撮影)

2.冠水道路の避難は避ける

 自宅周辺道路が冠水していたら、自宅の2階以上に避難します。そして自宅でも避難所でも浸水が始まったら、命を守る最終行動として「呼吸の確保」に全力を傾けます。

 冠水が始まっていなかったのに、避難途中に冠水が始まることがあります。その場合は近くの高い建物の中に避難してください。その際に、図2に示すように道路やその周辺にある溺水トラップに注意しなければなりません。

図2 道路が冠水すると家の周囲のトラップが見えない(画像制作:Yahoo!JAPAN)
図2 道路が冠水すると家の周囲のトラップが見えない(画像制作:Yahoo!JAPAN)

マンホールのトラップ

 雨水が下水路を逆流して、マンホールのフタが外れて水が吹き出すことがあります。水の吹き出しが収まると、フタの外れたマンホールが溺水トラップになります。

 避難途中にマンホールのトラップにはまった事故が過去にあります。マンホールに体がすっぽりと入ってしまうと、脱出はほぼ不可能です。体が垂直になり、例えば背浮きになるように体を動かすことすらできなくなります。

 万が一このような状態に陥ったら、背負っているリュックサック(避難袋)の浮力か、図2のように手に持っている空のペットボトルの浮力を使って浮き上がります。

川や側溝のトラップ

 図3を見てください。東京都足立区の荒川で過去に撮影された写真です。中央を流れるのが荒川です。その下に樹木の列が写っています。ここから上方が本来の川の流れでしょう。ところが洪水で樹木の列とその下の河川敷通路との間の境界がわからなくなっています。

 こういうところを歩かないようにします。どこからが川の流れか全く判別できません。通路から見て川の方に向かい平坦に土地が続くように見えますが、樹木の高さを見てわかるように、通路から川に向かってかなり傾斜になっているはずです。

 昼間でも、夜間でも、普通の状態でも、酩酊状態でも、徒歩でここに近づくだけで斜面に足を取られ、川に水没し流されて行方不明になってしまいます。

図3 河川敷まで迫った河川の水。河川時期道路と川の境界はわからない
図3 河川敷まで迫った河川の水。河川時期道路と川の境界はわからない写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

田畑のトラップ

 河川敷でも田畑に接する道路でも、このような場所が冠水した時、川や田畑側に落ちてもすぐに上がってこられません。それはまるでため池に転落したかのようです。斜面には草が生えていて、その斜面に水がかぶると人は滑って上がれなくなります。

 一歩一歩上がっていっても、腰が水面に出たくらいの所で足が滑って、それ以上は上がれなくなります。傾斜でいうと分度器の20度くらいよりきつくなるとこの現象が発生します。大雨で田畑の様子を見に行き、流された時に見られる事故原因です。大雨では田畑の様子を見に行かないことにつきます。

3.暗闇の避難は避ける

 夜でも大雨でさらに光が届かないような暗闇の中の避難は避けて、自宅などの2階以上の比較的安全な場所に垂直避難します。就寝中に2階に準備しておくものは靴、雨具、緊急浮き具です。就寝中の警報を知るために、携帯電話やラジオを着替えと共に枕もとに置いておきます。

 就寝中に突然洪水に襲われたら、1階には下りません。2階以上で窓から脱出しやすい場所で待機します。もし2階の床まで浸水してきたら、最後の逃げ道は外に出て、水面となります。

 図4のようにリュックサックを使った緊急浮き具で呼吸を確保しつつ、洪水の中、救助されるまで浮遊することになります。呼吸が確保できれば当然時間を稼ぐことができます。緊急浮き具は強力な浮力を持ちますが、どうしても心配であれば、ライフジャケットを予め準備しておくことも必要です。

図4 洪水のまさかに使う緊急浮き具の作り方と使い方(画像制作:Yahoo!JAPAN)
図4 洪水のまさかに使う緊急浮き具の作り方と使い方(画像制作:Yahoo!JAPAN)

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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