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製薬マネー、癌ガイドライン委員に流れる~「平成」が遺した大きな宿題

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
製薬企業から癌診療ガイドライン委員の医師に多額の資金が提供されていた(ペイレスイメージズ/アフロ)

平成初期の医師は…

 令和になり10日が過ぎた。

 平成時代を振り返る記事がネットや新聞に溢れたが、最近はすっかり鳴りを潜めた感がある。しかし、令和になったからといって忘れてはいけない問題も多々ある。

 そのうちの一つが「マネーと医師」の問題だ。

 私自身はまったく経験していないのだが、平成が始まったころはバブル末期。製薬メーカーが医師たちに過剰な接待をしていたという話を諸先輩方から聞いたことがある。

 ゴルフにカラオケ、飲食、高価なプレゼント…

2次会、3次会もありで、ピンクなお店では領収書を切れないから、なじみのお店にその分を上乗せした請求書を作ってもらうようにお願いしたり……。とにかく飲ませて「うちの薬を採用してください」と。当時はMR一人あたり、半期で100万円くらいは接待予算を持っていました。課で使い切れない人の分も使えば、半年で300万円を超えることもありました。

出典:医者に接待攻勢していたMRは今 ホンネ匿名座談会

 これではいかんということで、平成23年(2011年)、日本製薬工業協会(製薬協)は「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」を策定し、過剰な接待は禁止し、支払われた金を公開することにした。

製薬企業の活動が、患者さんを最優先に考え、倫理的かつ誠実なものとして信頼されるためには、「利益相反状態の適切な管理」と「製薬企業と医療機関、医療関係者との関係の透明性を高めるための取組み」が 必須となります。

上記を踏まえ、日本製薬工業協会 ( 以下、製薬協 ) では、2011 年に「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン(以下、本ガイドライン)」を策定し、医療機関並びに医療関係者の皆様のご理解とご協力のもと、産学連携活動に係る資金等を公開してまいりました。

出典:ガイドラインパンフレット

 公開されるのはA)研究開発費等、B)学術研究助成費、C)原稿執筆料等、D)情報提供関連費、E)その他の各項目で、年度ごとに各社のホームページ等でみることができる。

 よい薬を作るには医師と製薬メーカーの協力が必要なのは言を俟たない。しかし、会社の利益のため、研究成果や薬の効能を歪めてしまうのは問題だ。そこで、お金の流れを透明にすることが求められる。製薬協の取り組みは非常に重要だ。

散在する公開資料

 しかし、この取り組みを手放しでは喜べない。というのも、公開されている資料が各社のページにあり、公開の仕方もまちまちで、しかもどこにあるのか分かりにくいからだ。

 アメリカでは製薬メーカーから医師に提供された金が政府のページで容易に見ることができる。

 試しにハーバード大学移植外科の河井達郎教授の名前で検索したら、以下の画面が瞬時に出てきた。

Kawai Tatsuoで検索した結果
Kawai Tatsuoで検索した結果

 ところが、日本ではそう簡単にはいかない。これでは製薬メーカーがデータ開示に乗り気ではないのではないか言われても仕方がない。

NPOが独自に集計

 こうした中、NPOが独自に、各所に散在する膨大なデータを集めて公開した。それがマネーデータベース『製薬会社と医師』だ。

 データを収集したのは共にNPO法人であるワセダクロニクル医療ガバナンス研究所だ。

日本学術会議は2014年3月、製薬会社でつくる日本製薬工業協会(製薬協)に対して、データベースを作成するよう提言しました。医師が薬を処方する権限を持ち、人の命と健康を左右する公人である以上、当然の提言だと思います。

しかし製薬協はデータベースを作成していません。厚生労働省など公的機関もデータベースを持っていません。

私たちは自らの手でデータベースをつくることにしました。

製薬各社のホームページには、データを取り込みにくくする障壁があり、作業は困難を極めました。作成には3000時間超を要しました。

出典:患者とその家族、友人のみなさまへ

 NPOの膨大な労力により、製薬メーカーから医師への金の流れが見えてきた。ちなみに私の名前で検索すると、1件出てくる(2016年度)。

「榎木英介」での検索した結果
「榎木英介」での検索した結果

 アメリカのデータベースに近い感じだ。これをNPOが作ったのだ。

癌診療ガイドライン委員に製薬マネーが

 データベースができたことにより、今までは見えにくかった金の流れが見えるようになってきた。

 見えてきたのが、日本の医師たちがどの薬を使用するのかの根拠になる「ガイドライン」作成委員たちに、製薬メーカーから多額の金が流れていたことだ。

 仙台厚生病院の齋藤宏章氏らのグループは、このマネーデータベースを利用することにより、主要な6つの癌の診療ガイドライン作成に関わる委員の医師にどれくらいの金が製薬メーカーから提供されていたかを調べた。すると…。

326名の委員のうち, 255名(78.2%)は謝金等の受け取りがありました。計3,947件、3億7,800万円にのぼり、受け取った金額の平均は116万円で、17名が550万円以上 (5万ドル) を受け取っていました。乳癌ガイドラインのみが個人ごとに、関連する企業名を公表していました。

出典:プレスリリース

プレスリリースより
プレスリリースより

 問題は、「これらの製薬企業はいずれも各領域の癌に関連する治療薬を販売してい」たことだ。

 厚生労働省は、薬事分科会 審議参加規程概において以下のように述べる。

(審議不参加の基準)

第12条 委員等本人又はその家族(配偶者及び一親等の者(両親及び子ども)であって、委員等本人と生計を一にする者をいう。以下同じ。)が、第15条に規定する申告対象期間中に審議品目の製造販売業者又は競合企業からの寄附金・契約金等の受取(又は割当て。以下同じ。)の実績があり、それぞれの個別企業からの受取額が、申告対象期間中に、年度当たり500万円を超える年度がある場合は、当該委員等は、当該審議品目についての審議又は議決が行われている間、 分科会等の審議会場から退室する。

出典:薬事分科会 審議参加規程概

 受け取っていた金額が50万円以上、500万円以下の場合は、「当該委員等は、分科会等へ出席し、意見を述べることができるが、当該審議品目についての議決には加わらない」ことになっている。

 癌診療ガイドラインの委員の一部は、厚労省の会議では少なくとも議決に参加できないほどの金を、1社の製薬メーカーからから受け取っていることになる。

 齋藤氏らの調査は、アメリカの医学論文雑誌「JAMA Network Open」に公開された。

金について議論しよう

 古典的名著「贈与論」が示すとおり、物を贈られたら「お返しの義務」が生じる。

 いくら「自分はお金になんか左右されない、公平でいられる」と言ったところで、医療においては、例えばボールペンや弁当といった低額なものであっても、受け取った医師にバイアスを生じさせることが、さまざまな研究で明らかになっている。それが人間というものなのだ。

 癌診療ガイドラインのような、日本中の医師の投薬の指針となるものを決める医師たちが、製薬メーカーから多額の金を受け取っていたということは、そのガイドラインが真に患者に役に立つものなのか疑問が生じる。

 産学連携は重要だし、貢献に応じた謝礼を受け取るのは決して非難されることではない。しかし、人は金や贈り物に意見を左右されるという事実をシビアに考えて、制度を作っていく必要がある。

 あれだけシビアに金を公開しているアメリカでさえ、抜け道がある。

米国のトップクラスの病院であるスローン・ケタリング記念がんセンター(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)の複数の有力医師・研究者が、企業から得た収入を開示しないまま論文を発表していた(利益相反違反)ことが2018年9月に発覚した(Aren’t Disclosing Corporate Financial Ties)。

出典:白楽ロックビル氏のページ

 公開マネーデータベースで全てを明らかにすることはできない。しかし、それでも、こうしたデータベースも含め、地道な調査を通じて、金の流れを透明にしていく必要がある。そのためにも、NPOなど独立した第三者機関がもっと必要だ。日本はこうした組織や個人がまだまだ少ない。

 平成から令和になり、過剰な接待は鳴りを潜めたが、医師への金と製薬メーカーとの関係は令和に持ち越された大きな課題だといえよう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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