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新型コロナ感染抑止に努めるシリアで、住民が活発な支援活動を行う一方、内戦による国家分断の弊害も

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウィルス感染症対策で移動・外出規制が続くなか、シリア政府と北・東シリア自治局(クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体)が支配する地域では、生活必需品の調達や配給といったボランティア活動が住民らによって積極的に行われている。

その一方で、感染症対策をめぐって、政府と自治局の間に足並みの乱れも露呈しており、シリア内戦による国家分断の弊害も散見される。

政府支配地域での活動

国営のシリア・アラブ通信(SANA)は4月6日、新型コロナウィルス感染症対策に伴う外出・移動制限、物不足に対処するため、各地で住民らが率先して、生活必需品の確保や医療チームへの支援を行っていると伝えた。

SANA、2020年4月6日
SANA、2020年4月6日

ダマスカス郊外県では、ハルジャラ村議会が、さまざまな団体と連携して、生活必需品を確保し、住民の支援に奔走している。

ハルジャラ村議会のアブドゥッラフマーン・ハティーブ議長は、SANAの取材に対し、農民総同盟を通じて、タルトゥース県やラタキア県の農業経営者に連絡をとり、野菜の購入と住民への安価での提供を行っていることを明らかにした。

ハルジャラ村は、これまでにもイドリブ県などからの国内避難民(IDPs)を収容するなど、支援活動に積極的に取り組んでいる。

SANA、2020年4月7日
SANA、2020年4月7日

またサイイダ・ザイナブ町近郊のゴラン高原難民キャンプでは、白血病患者を支援する慈善団体(白血球チーム)がUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)のクリニックや住民と連携して、高齢者の自宅への医薬品の配達を行っている。

SANA、2020年4月6日
SANA、2020年4月6日

シリア政府は2日、サイイダ・ザイナブ町一帯地域を閉鎖、同地には多くの感染者が出ているとされる。

ダマスカス県では、慈善団体の「ウムルハー」が食料パック1,000個を新型コロナウィルス感染症対策によって職を失うなどした世帯に配給するキャンペーンを行っている。

また県内の新ザーヒラ地区では、若者が中心となって「消毒しよう」と銘打ったキャンペーンを行い、地区内の清掃、商店やビルの消毒を行っている。

アレッポ県ではアレッポ工業会議に所属する女性実業家たちが、アレッポ市議会の清掃業者に掃除用具や消毒用品を提供している。

ヒムス県、ラタキア県、ダルアー県では、技師、医師、住民らがマスクや消毒用品などの製造を支援するキャンペーンを立ち上げた。

クナイトラ県では、ブスターン慈善境界がジャッバー村で、ヌール救済開発協会がジャバーター・ハシャブ村、ハーン・アルナバ市、バアス市でそれぞれ消毒作業を行っている。

ハマー県では、「手から手へ」をスローガンに、ボランティア・チームが公共機関を訪問し、職員にマスクや消毒用品を配っている。

ハサカ県では、シリア・ヤマーマ(鳩)慈善協会が、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるハサカ市の中心街で消毒用品の入ったバッグ3,000個を配給した。

北・東シリア自治局支配地域での活動

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)は3月29日、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるハサカ県ダルバースィーヤ市一帯で、ジハード・パン製造工場を経営するジュワーン・ジャマール氏が地元住民にパン800袋を配給したと伝えた。

ANHA、2020年3月29日
ANHA、2020年3月29日

ANHAによると、同地では住民が主体となって、生活必需品の無料配送やマスクの提供などが行われているという。

ANHAは4月7日にも、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるアレッポ県タッル・リフアト市(通称シャフバー地区)で、2018年にトルコが占領した同県アフリーン郡から避難してきたアフマド・ウマル氏が、知人や友人25人から義援金を集め、新型コロナウィルス感染症対策に伴う外出禁止令で仕事を失った貧しい家庭に寄付したと伝えた。

ANHA、2020年4月7日
ANHA、2020年4月7日

国家分断の弊害

一方、ANHAは、ハサカ県カーミシュリー市の空港(カーミシュリー国際空港)に到着した乗客多数が7日、新型コロナウィルスに対するPCR検査を受診せずに帰宅したと伝えた。

カーミシュリー市はシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあり、カーミシュリー国際空港はシリア政府が管理している。また、同空港にはロシア軍が司令部を設置している。

ANHAによると、ダマスカス国際空港発の旅客便が民間人多数を乗せてカーミシュリー国際空港に到着し、うち6人は北・東シリア自治局の緊急事態対応チームが実施している初期検査に応じた。

だが、空港を管理する政府当局は、それ以外の乗客に検査を受けさせないまま、それぞれの自宅に帰宅させたという。

北・東シリア自治局の緊急事態対応チームが空港での初期検査を行うのは4月5日に続いてこれが2回目。4月5日に受診した乗客は約20人。受診を受けた乗客は、検査結果が出るまで隔離施設に収容される。

ANHA、2020年4月7日
ANHA、2020年4月7日
ANHA、2020年4月7日
ANHA、2020年4月7日

一方、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、空港の警備にあたる国防隊(親政府民兵)のメンバーが、乗客1人につき10,000シリア・ポンドの賄賂を受け取り、彼らを「見逃した」と発表した。

シリア国内の感染状況

保健省は7日、新型コロナウィルスに感染していた女性1人が回復したと発表した。

これにより、4月7日現在のシリア国内での感染者数は計19人、このうち死亡したのは2人(いずれも女性、3月29、30日に死亡)、回復したのは3人となった。

SANA、2020年4月7日
SANA、2020年4月7日

一方、北・東シリア自治局の支配地域、シャーム解放機構が軍事・治安権限を握り、救国内閣が自治を担っているシリア北西部のいわゆる「解放区」、トルコ占領下の「ユーフラテスの盾」地域(アレッポ県北部)、「オリーブの枝」地域(アレッポ県北西部)、「平和の泉」地域(ラッカ県北部およびハサカ県北部)では、感染者は確認されていないという。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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