名古屋の“日本一小さな”お笑い劇場。吉本興業のダイノジが毎月出演する理由
「名古屋発のお笑いを育てたい!」の思いから劇場が誕生
「長者町raBBit(ラビット)」は名古屋で唯一のお笑い専門劇場。2018年5月1日にオープンし、間もなく2周年を迎えます。
劇場といっても以前はミーティングルームとして使われていた地下街のテナント物件で、収容人数は最大25名。お笑い専門のハコとしては“日本一小さい”ともいわれます。
成り立ちも非常につつましいもの。地元の放送作家がクラウドファンディングで資金を集め、自己資金も含めて開店費用300万円でオープンにこぎつけたのです。
その発案者で劇場の代表を務めるのが森下ゆうじさん。自身もかつてはお笑い芸人で、現在は名古屋のテレビ、ラジオ番組の放送作家を務めている人物です。
「名古屋にもかつては吉本興業の劇場があったのですが、2005年に栄3丁目劇場が閉館し、お笑い専門の劇場がなくなってしまいました。僕はその1年前にコンビを解散して、裏方に回ったのですが、名古屋から売れる芸人を育てたいという思いがずっとある。そのために最も必要なのは、お客さんの前でネタを披露できる毎日出られるハコ。人づてにこのスペースを紹介してもらい、劇場にできないかと考えたんです」
名古屋のお笑い芸人は50人以上。兼業で活動する漫才コンビも
お笑いの主戦場は大阪と東京の二極状態。それ以外の地方では、芸人の存在すら一般にはほとんど認知されていません。しかし、大手芸能プロからインディーズ、フリーまで、名古屋を拠点に活動する人材はそれなりにいる、と森下さんはいいます。
「僕が把握しているだけでも名古屋のお笑い芸人は50~60人はいます。長者町raBBitでは基本的に彼らの公演を中心に行いながら、東京や大阪で活動する芸人さんにも出演してもらっています」(森下さん)
名古屋在住のフリーのお笑い芸人の1人が堀口修司さん。現在37歳の堀口さんは、お笑い歴11年。ラジオのパーソナリティーやプロデューサーを務めながら、漫才師としても活動しています。
「芸人の中には自分のように別の仕事をしながら活動している人もいる。芸人にとっては、テレビに出て売れっ子になることも大きな目標ですが、まず目の前のお客さんを楽しませることが何よりの喜び。定期的に出られる劇場があることでそれができるので、活動を続けやすくなる。今はYouTuberで地方にいながら人気者になることも可能ですし、この劇場をきっかけに、名古屋のお笑いが名古屋独自のエンターテインメントとして発展していく可能性もあると思います」
公演回数は2年で600回! 毎日のように通うリピーターも
劇場の運営スタイルは非常に活発かつフレキシブルです。
「地下街が営業している月~土曜は毎日2~3公演を行い、オープンからの2年弱で公演回数は約600回に上ります。通常のライブはドリンク代600円のみで、通りすがりの人が通路から観ることもできる。半ばストリートライブのようなスタイルです。芸人さんが日替わりでバーテンダーを務め、公演に穴が空いた時はLINEで連絡して急きょ出演してもらうこともあります」(森下さん)
劇場がある伏見地下街(別名:長者町横丁)はここ数年居酒屋が次々と出店し、名古屋の新しい飲み屋ストリートとして活況を呈しています。このホットなスポットという立地性も、新しいお笑いの登竜門というポジションにマッチしています。
来場者もこの劇場の独自性に魅力を感じ、足を運んでいる人が多いようです。
「会場が小さい分、演者さんとの距離が近い。オフィス街の伏見にある地下街なので仕事帰りの人がふらっと立ち寄れるのも魅力です」とは来場3回目という20代女性。中にはこけら落とし以来、実に7~8割の公演に足を運んでいるという熱心なリピーターも。「私は東海ラジオのリスナーで、ラジオに出演している地元のコンビが出るというので足を運ぶようになりました。芸人さんも場数を踏むことで明らかに上達しているし、事務所の垣根を越えた共演もあるので思いもよらない化学反応が起きたりする。名古屋で一番自由すぎるライブハウスです」と40代の男性。
吉本の実力派、ダイノジが毎月出演する理由とは?
出演者の大半はまだ駆け出しの若手芸人ですが、そんな中で1組だけ実績十分のコンビの名前が。吉本興業のダイノジです。
大地洋輔・大谷ノブ彦によるダイノジは芸歴20年以上。2002年にはM-1グランプリの決勝に進出したこともあり、大地はエアギターの世界チャンピオンとして名を馳せ、大谷は熱心なドラゴンズファンで野球関連のトークイベントへの出演も積極的。さらにDJダイノジとして音楽フェスにも出演するなど、幅広い分野で多芸を発揮しています。
その彼らが、ピン(1人)での出演も含めてほぼ毎月、長者町raBBitに出演しているのです。なぜ彼らは名古屋の極小劇場に出続けているのか? その思いを尋ねました。
大谷 「名古屋はCBCで初めてラジオのレギュラーをやらせてもらった土地で、かつてあった栄3丁目劇場にも出てたんですよ。Twitterで新しいお笑いの劇場をつくる、という計画を知って、僕もささやかながら支援しました。大きな劇場だと制約やノルマもあってなかなか自由にできない。これくらいの小さな規模なら若手の芸人さんもやりやすいし、僕も週1回ラジオの仕事で名古屋に来てるから、最初は1人トークライブで出させてもらうことにしたんです」
大地 「僕も一緒にこの劇場を応援したくて、ダイノジとして漫才やトークライブも何度かやってます。このサイズ感がいいんですよね。トークライブだとお客さんが普通に話しかけてきて、こっちもそれを受けてまた話を展開したり、どう転がっていくか分からない面白さがある。飲み屋が並んでる地下街という場所も好きなんですよ。ライブが終わったらそのまま飲みに行けるし(笑)」
大谷 「最近は“長者町raBBitの空気”が出てきた感じがします。他の地方でも少しずつ小規模でお笑いをやれる場所は増えてきている。今は芸人も増えて多様化しているので、いろんなスタイルの劇場ができるのはすごくいいことだと思います」
大地 「全国で活躍する名古屋発の芸人が生まれるといいなと思うし、逆にここを拠点にして名古屋だけですごく売れている芸人がでてくるのも面白いんじゃないですかね」
大谷 「お笑いって、シャッター街になっている商店街に人が集まるきっかけにもなると思うんですよ。全国各地で、お笑いの劇場が商店街を盛り上げる、ここがそんなきっかけのひとつになったらいいですよね」
全国の街々でお笑いを楽しめる場を!
長者町raBBitは、新型コロナウイルスの影響で一部公演の中止、延期もありながらも、他では見られない独自の企画が今後も数々組まれています。ちなみに3月23日(月)には「ダイノジ大谷×酒井直斗 名古屋竜党トーク 令和ドラゴンズ論」が予定されています。
筆者も何度か公演に足を運びましたが、地元の芸人も思いの外クオリティーが高く、また芸人にも劇場にも熱心なファンがついていることにも、驚きました。名古屋オリジナルのお笑いがここから生まれることが今から楽しみです。さらには全国津々浦々に、その土地に根ざした芸人が活躍できる場が成り立つこともまた期待したいと思います。
(長者町raBBitの公演スケジュールはこちら)
(写真撮影/すべて筆者)