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岸田総理が向かう米国と中国との複雑怪奇なバトルロイヤル

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(710)

葉月某日

 猛暑の8月第2週は、これからの日本が米国と中国との間で複雑怪奇なバトルロイヤルを繰り広げていくことになると予感させる1週間だった。

 そう書くと、岸田総理は安倍元総理以上に米国の言いなりで、米国には頭が上がらないと考える読者は首をひねるかもしれない。

 しかし政治家というのは単純でない。言いなりになるところを表であからさまに見せる時には、必ず裏で違うことを仕組んでいるものだ。だから岸田総理が米国の言いなりであることを見せれば見せるほど、フーテンはその裏側に注目する。

 例えば1年前の8月10日、岸田総理は9月に行われる予定だった内閣改造人事を急きょ前倒し、メディアはみな旧統一教会と関係のある閣僚を交代させるためだと報道した。しかしフーテンは違う見方をしていた。

 岸田総理が前倒しを決断したのは8月5日である。その前日の4日に中国の王毅外相が予定されていた林芳正外務大臣との日中外相会談を突然キャンセルした。理由は林外務大臣がG7の一員として中国が台湾海峡で行った軍事演習に抗議したからである。突然のキャンセルは日中国交回復50周年の節目の年に日中関係が決裂するかと思わせた。

 それで岸田総理は人事を前倒しにした。旧統一教会と関係のある閣僚を交代させると見せながら、親台湾派の岸信夫防衛大臣を浜田靖一氏に交代させた。その結果、岸田政権では外交・防衛担当が林外務大臣と浜田防衛大臣になり、いずれも安倍元総理と最も遠い人物が起用されることになった。

 すると1週間後の17日に中国側からの招きで秋葉剛男国家安全保障局長が訪中し、中国共産党の外交問題のトップである楊潔チ政治局員と7時間にわたる会談を行うことになる。つまり前倒しの改造が習近平国家主席を満足させたのである。

 その結果、11月17日にタイのバンコクで3年ぶりの対面での日中首脳会談が実現し、習主席はかつて見せたことのない満面の笑顔を見せた。日本の総理が米国の言いなりになるのは仕方がないとしても、中国をどれほど重視しているかを試したら、岸田総理は満足のいく回答を示したということだ。

 日本は今年G7の議長国だから、いやでも欧米諸国と共同行動を取らざるを得ない。ウクライナ戦争でもNATO寄りの姿勢を見せロシアを侵略国と非難する。しかし各国がロシアに経済制裁を課す中、日本政府はロシアからの天然ガス輸入をやめない。制裁より国家利益を優先している。

 そこが昨年のG7議長国だったドイツと違う。ロシアのエネルギー資源に頼ってきたドイツは、G7議長国になったためロシア依存を続けられなくなった。それまで平和国家として抑えてきた防衛費も倍増させ、戦車など殺傷兵器をウクライナに提供することにした。しかし日本は米国から要求されても殺傷能力のある兵器を提供していない。

 岸田総理はドイツと同じように防衛費を増額するが、国民が嫌がる増税を財源に充てる方針を示し、しかも実施時期を先送りして、ウクライナ戦争が終われば、反対論が強まることを待っているかのような姿勢を見せる。言いなりになりながら米国が満足するレベルにはしない。

 岸田総理は保守本流の派閥「宏池会」出身であることにこだわる政治家である。戦後の日本を対米従属にした吉田茂の流れを汲んで対米従属は当たり前、その一方で派閥の大先輩である大平正芳氏が尽力した日中国交回復への思いも継承する。表では米国に従い、裏では中国との関係を重視する。

 米国はもはや一国だけで世界をコントロールできない。対中国では日本の協力を必要とする。だからバイデン大統領は来週8月18日に、ワシントン郊外にある別荘キャンプデービッドに外国首脳として初めて岸田総理と韓国の尹錫悦大統領を招待した。日米韓の枠組みで対中国に備えようとしている。

 そうしたところ今週初めの7日、米国のワシントン・ポスト紙は、トランプ政権下の2020年秋に、中国人民解放軍のハッカーが日本の防衛省の最高機密ネットワークに侵入したことを米国家安全保障局(NSA)が察知し日本側に警告していた、と報道した。

 2020年9月に日本では安倍政権が菅政権に交代した。米国側の警告がどちらの政権に対して行われたのか、記事には書かれていないが、安倍政権なら防衛大臣は河野太郎で、菅政権なら岸信夫になる。

 さらに記事では、日本側の対応が改善されないので、米国は21年11月に国家安全保障担当の副補佐官を日本に派遣したと書かれている。バイデン政権に代わった後も日本の防衛省のネットワークは脆弱で、岸田政権に対して警告が行われていたというのだ。

 米国の高官はワシントン・ポスト紙に、「ハッキングは衝撃的なほどにひどかった」と語っているが、何が漏洩したのかは明らかにされていない。これに対し浜田防衛大臣は「機密情報が漏洩した事実は確認されていない」と述べ、侵入があったかどうかについても明らかにしなかった。

 来週の日米韓首脳会談を前に米国が3年前の出来事をワシントン・ポスト紙に書かせたのはなぜか。米国は日本に対し不満があるということだ。ただそれが機密情報の漏洩だけなのかどうかは分からない。そして分かるのは米国も日本の防衛省の情報ネットワークに侵入し、常に日本の機密情報を監視して注文をつけてくるということだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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