スギ花粉症の薬を減らしたり、根治も期待できる『舌下免疫療法』とは?
今シーズンのスギ花粉の飛散時期が、ようやくヤマを越えてきています(※1)。
花粉の飛散時期のピークを越えて、やれやれと思っている方も多いかもしれません(私もその一人です)。
その一方で、私は、今年の花粉症の症状のピークは例年より低かったなと感じています。この理由として、私が『舌下免疫療法』を行っているということが挙げられそうです。
『舌下免疫療法』は、スギ花粉症の根治が目指せるほぼ唯一の治療法で、保険適用となっており、治療をしている方が多くなってきています。
そして『スギ花粉に対する舌下免疫療法』は、スギ花粉の飛散時期は開始できませんので、開始するならば、これから最適な時期に入ってきます(※※)。
来年に向けて、スギ花粉症の心配を減らしていきたいと思いつつ、『どんな治療なの?』と思う方もいらっしゃるでしょう。
そこで今回は、舌下免疫療法に関して簡単に解説しましょう。
そもそもアレルギーってなに?
皆さんは今日、ご飯を食べましたか?もちろん多くの方が食べましたよね。その食事は、皆さんのからだが受け入れていき、栄養となったことでしょう。
皆さんが食べた蛋白質って、私達のからだとは全く異なる蛋白質のはずですが、からだが受け入れてくれたわけです。
そのことを、医学的に『寛容(かんよう)』した、といいます。
では、『免疫』とはなんでしょう?
ものすごく簡単にしてしまうとすれば、ウイルスや細菌がからだの中に入り込もうとした、もしくは入ってきたときに…
それらのウイルスや細菌をからだから排除しようとするチカラや働きを『免疫』と考えれば良いでしょう。
この免疫反応には、からだの中のさまざまな免疫細胞が関わっていて、その免疫細胞は、複雑なネットワークをつくってウイルスや細菌に対応しています。
そして本来ならば、無害な蛋白質に対しては、その免疫細胞は働かないようになっています。ところかまわず攻撃しているようでは、大変ですから。
しかし、本来その人にとって無害な蛋白質を免疫細胞が攻撃するようになると、例えば、卵や牛乳の蛋白質を免疫細胞が攻撃するようになったならばどうでしょう。
これが、『卵アレルギー』や『牛乳アレルギー』の状況なのですね。
つまり、『いきすぎた免疫反応』が、アレルギーということですね。
そしてそのいきすぎた免疫反応がスギ花粉に向けられたのが、スギ花粉症ということです。
食べるとアレルギーが軽くなる?『経口免疫寛容』とは?
では、『免疫療法』とはどんなものなのでしょうか?
実際に、アレルギーのある食べ物を(症状がでない量で)継続して摂取を続けていると、だんだんからだが受け入れていくというメカニズムが知られており、『経口免疫寛容』と呼ばれています。
先程お話ししたように、消化管はもともと、自分と異なる蛋白質を受け入れるような『寛容』というシステムを持っています。
実際、ピーナッツアレルギーのある子ども(7歳~16歳)に、少しずつ経口免疫寛容を誘導するように食べていく治療(経口免疫寛容誘導療法)を行ったところ、ピーナッツ5粒を8割以上の子どもが食べられるようになったという研究結果もあります(※2)。
(※2)Anagnostou K, et al. Lancet 2014; 383:1297-304.
しかし、経口免疫寛容を利用した食物アレルギーの治療は、一般に広く行うような『標準治療』ではありません。あくまで、専門医の指導のもとで慎重に取り扱わなければならない治療です。
というのも、いきすぎた免疫反応=アレルギー反応が強く起こる可能性が十分にあるからです。
たとえば、ピーナッツアレルギーのひとに、少しずつ経口免疫寛容を誘導するように食べていって、経口免疫寛容を誘導するような治療をした研究をまとめ、リスクを検討した研究結果があります。
すると、ピーナッツを増やしたり食べ続けている間に強いアレルギー症状(アナフィラキシー)を起こすリスクは 3倍以上となったとされています(※3)。
実際に、スギ花粉をカプセルに詰めたものを治療として食べていて強いアレルギー反応(アナフィラキシー)を起こしたという報告もあります(これは医療機関で行っていた例ではありません)(※4)。
(※3)Lancet. 2019 May 11;393(10184):1936. PMID: 31030987.
(※4)アレルギー 2009; 58:39-44.
では、舌下免疫療法とは?
ようやく本題に戻ってきました。
そのスギ花粉に対して、免疫細胞がいきすぎた攻撃をしているのがアレルギーでしたよね。
舌下免疫療法とは、『免疫寛容』という『間違った攻撃をしている免疫細胞の教育をしなおす』メカニズムを応用した方法といえます。
しかし、予想以上の量を飲み下したりすると、強いアレルギー症状を起こす可能性がありますし、一方で、少なすぎると効果が減ってしまうでしょう。
そのため、少ないスギ花粉の蛋白量で免疫の再教育効果が出やすい場所が検討され、そして選ばれたのが『舌の下』だったのです。
実際に、取り扱いやすい錠剤としてスギ花粉の蛋白質を舌の下に毎日1分間おいていくと、スギ花粉症の症状が軽くなっていくことが証明されています(※5)(※6)。
(※5)Allergy 2018; 73:2352-63.
(※6)J Allergy Clin Immunol Pract 2019; 7:1287-97.e8.
舌下免疫療法は、毎日、数年間継続する必要がある
ただ、『免疫細胞の再教育』は、短期間では達成できません。
たとえば、皆さんがなにかの難しい資格を取るために勉強をすることを想像してみましょう。
数日で合格することはできないでしょう。
何ヶ月も、何年も、そして毎日のように勉強を継続しなければなりませんよね。
舌下免疫療法も同様です。
一般的に、短期間では効果は出づらく、継続した年数が多いほどスギ花粉症に対する効果が上がることがわかっています(※7)。3年から5年くらいの継続した治療が必要と考えられています。
また、スギ花粉の蛋白量に関し、効果がありつつ安全性を十分に考慮された量に設定されてはいるものの、治療開始時には特に、のどの違和感や口や舌のぴりぴり感などの軽い症状が成人で6割、小児で半数程度あるとされています(※8)。
これらの症状は治療を続けるうちに軽くなっていくことがわかっており、多くは医師の指導のもとで治療を続けていくことが可能です。
また、日本でスギ花粉症と同じくらい重要なダニアレルギーに関しても、舌下免疫療法が保険適用となっていて、スギ花粉症の舌下免疫療法と同時に実施することもできることがわかってきました(※9)。
いくつかの注意点があります。
・『舌の下に1分間錠剤を置く』のは年齢が低いと難しく、一般的に5歳くらいからが目安です。
・妊娠中は開始できません(妊娠前に開始している方は継続していきましょう)。
・錠剤を舌の下に置いたあと5分間はうがいや飲食を避けて、前後2時間程度は激しい運動や入浴を控える必要があります。
また、舌下免疫療法は、実施可能な施設が増えていますが、すべての医療機関で行えるわけではありません。実施できるかどうかをかかりつけ医に相談してみてくださいね。
今シーズンのスギ花粉症が辛かった方の来シーズンの憂鬱が少しでも軽くなることを願っています。
(※7)Auris Nasus Larynx. 2021 Aug;48(4):646-652.PMID: 33526319.
(※8)アレルギー 2020; 69:909-17.
(※9)Allergol Int. 2020 Jan;69(1):104-110. PMID: 31421989.
(※※)”飛散終了”となったら開始可能ですので、※1の参考文献のリンクから、お住まい地域の花粉の飛散をご確認ください