パリの美術館からーピサロ展ー
とりわけ厳しかった冬の実感も薄らぎ、3月終わりの週末に夏時間に切り替わったのを機に、パリは一気に春になった。巷ではさまざまな美術展も盛んだ。
そのうちのひとつ、「ピサロ展」がサンジェルマンデプレ教会からも近いリュクサンブール美術館で始まった。タイトルは「Pissarro a Eragny」(エラニーのピサロ)。エラニーとは、パリの西北約30キロに位置する画家が晩年の20年を過ごした村の名前だ。
印象派の画家カミーユ・ピサロ(1830-1903)がエラニーに移り住んだのは1884年、54歳のときで、妻は8人目の子を妊娠していた。いまでこそ作品が高額で取り引きされるピサロだが、生前の台所事情は楽ではなく、子沢山の家庭を養うのにはなかなかの苦労があったようだ。エラニーの家は賃貸だったが、92年には同じく印象派の大家クロード・モネの出資を得て買い取り、亡くなるまでこの家と周囲の環境を愛した。La Pommeraie(ラ・ポムレ=リンゴ園)と呼ばれていたことからわかるとおり、地所にはたくさんのリンゴの木があって、その風景の四季や家族のいるシーンなどを好んで画題としており、今回の展覧会ではそういった牧歌的な作品にスポットが当てられている。
最晩年、息子でやはり画家のリュシアンにあてた手紙の言葉からは、ピサロの肉声が聞こえるような気がする。丹念な点描による筆触分割が手に取るような作品もあり、ごくのどかな日常の風景を主題にしつつ、亡くなる間際まで画家として研鑽を積んでいたことが伝わってくる。
ところでこの展覧会では絵を堪能したあとにも見所がある。ミュージアムショップが常にも増して充実していて、特別展オリジナルグッズが秀逸だ。なかでもバッグで有名なブランドJamin Puech(ジャマン・ピュエッシュ)が、その名も「Pissarro(ピサロ)」というバッグとキーホルダーを制作し、このショップのみで販売している。
日本にもファンが多い創立25周年になるこのブランドは、一般的なハンドバッグという概念を超えたアーティスティックな感覚と昔ながらの手仕事の良さが同居する物作りに定評がある。毎シーズン発表されるモデルは世界中にコレクターがいるほどだが、今回の「ピサロ」はそんなブランドだからこそ実現したアイテム。ラフィアの繊維を編んで籠型になった部分は、ピサロが太陽を描いた絵のタッチをもとにしたもの。そして縁取りにはこれもラフィアを編んで作ったリンゴの花と実が楽しげにあしらわれている。ラフィアの本場マダガスカルの職人が数日がかりで1点仕上げるというもので、40点の限定制作だそうだ。
ところで、国立美術館のミュージアムショップ全体を統括するソフィー・メスティリさんによると、このところパリの美術館ではミュージアムグッズにどんどん力を入れつつある。今回のリュクサンブール美術館での試みのように、フランスの各分野のブランドとコラボレーションして特別展だけのオリジナルグッズを手がけるほか、ルーブル美術館では大小ふたつのガラスのピラミッドの間の空間が新しく総合ミュージアムショップとして生まれ変わった。本やポストカードなど美術館の定番はもちろんのこと、たとえば所蔵品のスター「モナリザ」は鉛筆、ノート、メガネケース、はたまたチョコレートのラベルデザインにも応用されて並んでいる。その他マリーアントワネットやエッフェル塔などフランスを象徴するアイコンも、塗り絵、オシャレなトートバッグ、マグカップやお皿、さらにはLEGOにいたるまであらゆる趣味に対応した品揃えになっていて、眺めているだけでも楽しいし、旅みやげとしてなかなか気が利いている。
さて、ピサロの風景に思いをはせたあとは、リュクサンブール公園をゆっくりと歩いてみることをお勧めする。印象派の画家たちがそれぞれの手法でキャンバスに表したフランスの光を誰のものでもない自分自身のものとして記憶に刻むために。
会期は7月9日まで。