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井上尚弥vs.タパレスの勝者へ挑戦めざす有力プロモーター傘下の欧州王者に注目

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
デイビスvs.カニンガム(写真:Eurosport)

ネリは東京以外ならОK?

 東京・有明アリーナで12月26日ゴングが鳴る世界スーパーバンタム級4団体統一戦まで1ヵ月あまりとなった。試合への期待感が日に日に高まる中、WBC・WBO統一チャンピオン井上尚弥(大橋)がWBAスーパー・IBF統一王者マーロン・タパレス(フィリピン)を下せば、年間MVPの最有力候補に挙がるだろう。もちろん試合内容に左右されるし、この勲章はPFP(パウンド・フォー・パウンド)ランキングのように各メディアが選定するもので、絶対的な権威があるものではない。だが、スーパーバンタム級2団体統一王者に就いたスティーブン・フルトン(米)戦に続きタパレスをスペクタクルな内容で破れば、多くのメディアから賛同を得るに違いない。

 その井上に対し、ウズベキスタンのタシケントで開催されていたWBCの年次総会でWBCスーパーバンタム級1位ルイス・ネリ(メキシコ)との指名試合が通達された。元WBC世界バンタム級王者山中慎介との2試合で違反薬物が検出され、体重オーバーでタイトルはく奪。その後米国でもバンタム級の体重を超過し試合はキャンセル。“悪童”のレッテルを貼られた、あのネリである。

 日本ではJBC(日本ボクシング・コミッション)から永久追放処分が下ったネリが果たして再び日本のリングに上がれるのか?という疑問が当然のごとく湧く。いくらWBCが決断を下し、日本開催になってもJBCは許可しないだろう。

 それでも7月に行われた井上vs.フルトンの少し前、ネリのチーフトレーナー、イスマエル・ラミレス氏によると「東京以外の土地ならば、ネリは日本で試合ができる。サスペンドされたのは東京だけだと聞いている。こちらはサインを交わしている」とのこと。にわかには信じられない話だが、確かにそう言っていた。

4冠王の英国人

 もう4ヵ月以上前のことで、「サインを交わしている」が真実ならば、何かしらの動きがあってもよさそうに思えるが、まだ井上vs.ネリは具体化していない。何事もタパレス戦が終わってから始動することになるだろう。同時にタパレスに勝てば井上は一気にフェザー級へ舵を切るとも噂される。

 ただスーパーバンタム級にしばらく留まるとなれば、ネリそして3階級制覇王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)といったヒール系との対決を期待しているファンも多いのではないか。また12月に予定されるWBA挑戦者決定戦で復活を目指す前WBAスーパー・IBF統一王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)、ネリのライバルとして台頭中の学士ボクサー、アラン・ダビ・ピカソ(メキシコ)、IBFとWBOで1位を占めるサム・グッドマン(豪州)と多士済済の面々がモンスターに狙いを定めている。

 彼らもいつ挑戦のチャンスが訪れるかわからない中、時期尚早と思われるかもしれないが、今回もう一人、スーパーバンタム級の刺客を紹介してみたい。その名はリアム・デイビス(英)。先週土曜日18日(日本時間19日)マンチェスターで欧州同級王座の防衛戦を行い、ビンセンツォ・ラフェミナ(イタリア)に5回2分50秒TKO勝ちで防衛を果たした27歳。1996年3月31日、イングランド・テルフォード生まれ。身長177センチを誇り、リーチは182センチもある。18年12月プロデビュー後これまで15勝7KO無敗。現在、欧州王座のほか、英国、WBC&WBOインターナショナル王者に君臨する4冠チャンピオンである。

リアム・デイビスvs.ビンセンツォ・ラフェミナ

コロナ禍に災いされた苦労人

 ラフェミナ戦は同じく無敗のイタリア人に3回、右を浴びせて倒す。ところが攻めかかったところに左を食らい不覚のダウンを喫する。エキサイティングな攻防は次の4回、デイビスが左フックをねじ込んで倒し返し再び優勢。5回、右強打でダメージを与えたデイビスがワンツーを連射してラフェミナを追い込み、レフェリーストップを呼び込んだ。

 アマチュア時代、英国選手権で2度(16年と18年)準優勝、17年のヘイリンギー・ボックス・カップ(欧州全域を対象とした大会。毎年ロンドンで開催される)で優勝した(いずれもバンタム級)デイビスはコロナパンデミックの影響でキャリアが頓挫する。それまで父の飲食店を手伝いながらリングに上がっていたが、コロナ禍で閉店を強いられ、収入がなくなる。妻の収入に頼るハメになったデイビスは一念発起。ゴミ回収業に転職し、昼間働き、その後ジムでトレーニングする日々を送る。勤務の日には12時間シフトも経験した。彼のボクシングキャリアを知る人々から嘲笑を浴びることもあったという。

ヘビー級王者フューリーと同門

 2年間のゴミ回収業を経て、躍進するきっかけとなったのは英国の著名プロモーター、フランク・ウォーレン氏(クインズベリー・プロモーションズ)とサインを交わしたことだった。WBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英)をはじめ、同級WBO暫定王者ヂャン・ヂレイ(中国)、前WBA同級レギュラー王者ダニエル・デュボア(英)を擁するウォーレン氏傘下に加入し、22年11月、イオヌット・バルタ(ルーマニア)に地元で判定勝ち。欧州&WBCインターナショナル・スーパーバンタム級王者に就く。続いて今年7月、同じくテルフォードで英国のライバル、ジェイソン・カニンガムに初回電撃TKO勝ち。WBOインターナショナル王座をコレクションに加えた。WBC6位を筆頭に主要4団体でランキング入りしている。

出世試合となったカニンガム戦

 私生活では幼い時に両親が離婚し、バイオレンスの中で少年時代を送ったデイビスは、育ててくれた母への感謝を忘れない。またボクサーを目指す動機を与えてくれた祖父(故人)へベルトを披露するのが夢だった。

 カニンガム戦の前まで「ターゲットはタパレス」と語っていたが、それが年内に「イノウエ」に変わるのはほぼ間違いないか。「唯一の疑問は(挑戦は)いつになるか。モンスターだって腕が2本、脚が2本、頭は一つ……。相手が誰でも構わない。パンチを浴びせる準備はできている」。そう英国人はうそぶく。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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