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被害者が加害者になるゾンビ化~流通小売業のカスハラ問題の根深さ

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
商品不足や先行きの不安感などから悪質クレーマーは増加している。(画像・筆者撮影)

 2月25日に厚生労働省は、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表した。それによると、「20~64歳の男女労働者のうち、過去3年間に勤務先でカスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)を一度以上経験した者の割合は、15.0%であり、パワハラ(31.3%)よりは回答割合が低いものの、セクハラ(10.2%)よりも回答割合が高いという結果」が出ており、「受けた行為の内容としては「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度なもの)」(52.0%)の回答が最も多く、「名誉棄損・侮辱・ひどい暴言」(46.9%)がそれに続く」とされている。(注1) 

 こうしたマニュアルが作成されたことが反映しているように、流通小売業における消費者による悪質クレーマー問題「カスタマーハラスメント」は、年々、その問題が複雑化し、社会問題となっている。

 流通小売業界は、非正規従業員の割合が5割を超すと言われており、スーパーやコンビニは大学生のアルバイト先として一般的である。

 そこで、今回、神戸国際大学経済学部経済経営学科中村研究室では、大阪府及び神戸市に在学する大学生228名にアンケートを実施した。

詳細は、文末のリンクからご覧いただけます。】

飲食店、コンビニ、スーパーが三大アルバイト先

 学生たちの回答によるとアルバイトの経験先は、50.4%が飲食店、21.4%がコンビニ、14.3%がスーパーである。これら三業種で、全体の86.1%を占めている。

 特に大都市地域では、大学生は飲食、流通小売業における労働力で大きな割合を占めている。

9割近い学生が、飲食、小売業でのアルバイトを経験している。(作成・筆者)
9割近い学生が、飲食、小売業でのアルバイトを経験している。(作成・筆者)

学生の3人に1人がカスタマーハラスメントを経験

 カスタマーハラスメントと思われる行為を目撃したことがあると回答したのは、53.1%と2人に1人が高い割合になっている。

 さらに、実際にアルバイトなどで「被害者」となった経験があると回答した学生は、31.9%と、こちらも3人に1人という高い割合となっている。

 これらから見ても、流通小売業の現場における悪質クレーマーの存在は一般的になっており、カスタマーハラスメントは日常的な問題となっていることが理解される。

カスハラ経験がある学生は、全体の3割に及ぶ
カスハラ経験がある学生は、全体の3割に及ぶ

 厚生労働省の調査より高い結果となっているが、例えば株式会社エアトリが2019年12月に発表した『「カスタマーハラスメント」に関するアンケート調査』でも「接客業経験者のうち約半数となる47.1%の人が」カスタマーハラスメントを経験しているという結果となっており、各種調査でもほぼ同様の結果となっている。厚生労働省の調査は、流通小売業の従業者以外が含まれているため、相違がでているものと思われる。

 いずれにしても、悪質クレーマー、カスタマーハラスメントの問題は非常に深刻になっていることが判る。

カスハラをした自覚のある学生は全体の2割近くもいる

 さて、今回の調査で、このカスタマーハラスメント問題の深刻さを実感させられた結果の一つが、自分が悪質クレーマーとなったとの回答の多さである。

 「あなた自身は、相手からカスタマーハラスメントととられる行為をしたことはありますか?」という問いに対して、ある4.4%、あるかもしれない13.7%という回答となった。合計すると18.1%と、10人に2人近くが悪質クレーマーとしての行為を行った自覚があると回答しているのである。

全体の2割近い学生が、カスハラをした、もしくはしたかもと回答している。(作成・筆者)
全体の2割近い学生が、カスハラをした、もしくはしたかもと回答している。(作成・筆者)

 実は、この調査が特別な結果ではなく、例えば、先に紹介した株式会社エアトリの調査でも、『「カスタマーハラスメント」を行ったことがありますか』という質問に対して、「ある」との回答は全体の5.4%と、学生アンケートとほぼ同じ結果となっている。

被害者が加害者になる「ゾンビ化」

 「カスタマーハラスメントをした」と回答した学生が、カスタマーハラスメントされた経験があるかを調べたところ、全員が「カスタマーハラスメント被害を受けた経験がある」と回答したことが判った。また、「カスタマーハラスメントをしたかもしれない」と回答した学生のほぼ半数も「受けた経験がある」と回答している。

カスハラをした学生は、カスハラを受けた経験を持っている。(作成・筆者)
カスハラをした学生は、カスハラを受けた経験を持っている。(作成・筆者)

 被害者としての経験がありながら、加害者となっているわけで、カスタマーハラスメント問題の根深さが現れている。先に挙げた株式会社エアトリの調査でも、「カスタマーハラスメントを行ったことがありますか」という質問に対して、全体では5.4%、接客業未体験者が4.3%なのに対して、接客業体験者は6.0%と高くなっている。

 この結果を学生たちに見せたところ、「自分も普段、カスハラを受けているので、自分が客になった時に、これくらいの文句を言っても良いだろうと思ってしまうのかもしれません。私はしませんが、気持ちはなんとなくわかる」という意見や、「コロナになって、イライラしているところに、アルバイト先で変なクレームをつけられて、さらにムカついて、帰り道の買い物の時に強く当たってしまうのかも。まるで、ゾンビのようですねえ」という感想を述べた。

 こうした結果について、これまでもカスハラ(悪質クレーム)問題を取り上げてきたUAゼンセンの波岸孝典流通部門事務局長は、「顧客側が小売業経験者などの同業者だと、どうしても厳しく見てしまうということはあるのかもしれない。しかし、正当なクレームと悪質なクレームを区別することと、憎悪の連鎖を引き起こさないように学校教育や企業研修などを充実させることも必要だ」と指摘する。(注2)

学生たちは企業側の対応充実、政府による法整備と厳罰化を望んでいる

 では、学生たちは「カスタマーハラスメントを防ぐために、どのような対策を採るべきだ」と考えているのだろうか。

 自由記述で問うたところ、「マニュアル・研修・対応方法の整備」が40件と目立って多く、「警告の掲示」が19件、「正社員および企業としての対応」18件、「防犯設備等の充実」が13件と研修、防犯設備の充実を指摘する意見が多く、さらに「PR・広報」が18件、「名札・従業員の安全確保」が5件などとなった。また、「法整備・罰則の強化」が14件、「警察への通報・警備の強化」が12件と法整備や厳罰化を指摘する意見も目立った。

 「あなたのアルバイト先ではカスタマーハラスメント対策をしていますか?」という質問に対して、「対策がされている」と回答しているのは13.4%に過ぎず、結果として「マニュアルの整備」、「研修の実施」、「警告文の掲示」といった企業側の対応を求める自由記述が多くなっている。

アルバイト先のカスハラ対策は進んでいない。(作成・筆者)
アルバイト先のカスハラ対策は進んでいない。(作成・筆者)

社会問題として広範な議論と取り組みが必要

 被害者でもあり加害者でもあるという「憎悪の連鎖」を示唆する結果は、一般の接客業経験者を対象とした他のアンケート結果でも同様であることから、「加害者への対策」だけではなく、「被害者が加害者にならぬような対策」も念頭に入れておく必要がある。 

 新型コロナの感染拡大による商品の不足や、キャッシュレス化、セルフレジ化などの導入進展などで、かえってクレームが増加しているという意見もある。先行き不安から、攻撃的な態度を取る人も増加しているのではないかとの見方もある。こうした問題は、単に流通小売業界だけで解決できるものではない。

 現在、政府や関係団体で進められているカスタマーハラスメントに対する法整備はもちろんのこと、社会問題として広範な議論と取り組みが必要であることが、今回の結果からも理解できる。

※調査の詳細については、下記からご覧いただけます。【PDF】

中村智彦、「大学生のカスタマーハラスメントに対する意識調査および分析」、『神戸国際大学紀要第102号』、2021年12月28日。

注1 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」より。『労働者調査(一般サンプル)実施概要 調査手法:インターネット調査(調査会社の調査協力者パネルを使用) 調査実施期間:2020年10月6日~10月7日 調査対象:全国の企業・団体に勤務する20~64歳の男女労働者 サンプル数:8,000名。』

注2 『悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果』、UAゼンセン、2020年10月。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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