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【シルワン】―侵蝕される東エルサレム―・1〈家屋破壊・1〉

土井敏邦ジャーナリスト

家々がひしめき合うシルワンの中心地(撮影・土井敏邦)
家々がひしめき合うシルワンの中心地(撮影・土井敏邦)

 東エルサレムの旧市街の南側に広がるシルワン地区をいま世界が注視している。約7万人のパレスチナ人が暮らすこの地区がイスラエル当局による家屋の破壊と、ユダヤ人入植地の増殖によって急速に“ユダヤ化”されているからだ。シルワンはいま、“エルサレムのユダヤ化”の象徴の地となっている。いったいシルワン地区のパレスチナ人は、なぜ、どのようにして家屋破壊の危機にさらされているのか。家を破壊された住民たちは、住処を失い、どういう状況に追い込まれているのか。さらにイスラエル当局が「抵抗勢力」として危険視する若者たちに何が起こっているのか――現地取材を元に報告する。

【家屋破壊―イスラム・アルアッバシーの場合】

 「私はイスラム・アルアッバシー、36歳です。6人の子どもがいて、現在はラスアルアムード地区(東エルサレムのパレスチナ人地区)に住んでいます。仕事はビルの清掃です。

 かつてはシルワンにあった家で暮らしていましたが、1年前の2017年3月にエルサレム市当局が破壊しました。その家は私の家と兄の家が連なっていて、全部で16人の家族が暮らしていました。家にはそれぞれ二つ寝室と台所、トイレ、居間がありました。この家が破壊された跡を見ると、言葉を失ってしまい、心から泣けてきます。私にとって大惨事でした」 

 「警察がやってきたのは夜中の3時でした。彼らが『ただちにこの家を出ろ!』と言いました。『もし出なければ、家と共に破壊する』というのです。警察犬を連れていて、その犬で子どもたちを脅しました。そのために子どもの一人に、今なお夜中に起きて叫ぶという精神的な影響を及ぼすことになりました。家を破壊する前に家具を取り出す余裕さえ、与えられませんでした」

(家を失い、いまは大家族が狭いアパートで暮らす/撮影・土井敏邦)

 イスラムと兄は家の建設のために60万シェケル(約1800万円)以上の費用をかけた。父親のムーサ(60歳)が退職金など15万ドル(約1600万円)を拠出した。

 エルサレム当局はイスラムらの家に「建設許可証」を与えなかった。取得しようとすると莫大な金がかかり、清掃の仕事で食べることがやっとのイスラムには、そんな大金は用意できなかった。

 「確かにここに家を建てることは『違法』であり、破壊される可能性があることは知っていました。しかしここは私の土地です。私は6人の子どもの父親です。他にどこへ行けばいいんですか。私はささやかな収入しかない被雇用者です。外に家を借りたら、家賃をどこから稼げばいいんですか?だから自分の土地に家を建てたんですよ」

 2014年3月に2人の兄弟とそれぞれの家族が160平方メートルの家に住み始めた。イスラムには6人、兄には8人の子どもがいた。

 当局による破壊命令が出たのは、家の建設が終わった直後の2014年だった。イスラムはすぐに弁護士を雇った。弁護士費用に6万シェケル(約180万円)かかった。エルサレム市当局と交渉するために、数回、法廷での審議が行われた。しかし当局は「破壊する」と言い張った。

【子どもが受けた衝撃】

 「家の破壊は私たちに劇的な影響を与えました。子どもの一人は今なお毎晩夜中に起きて、『この家(借家)をイスラエルが壊しに来る!』と叫び声をあげます。イスラエル警察がまた夜中に犬を連れてやってくると恐れているんです。

 7歳になる娘は家を破壊するイスラエル兵たちを見たとき、泣き叫びました。そして私に『あの人たちは私たち全員を殺しに来たの?』と訊きました。今なお当時を思い出すと苦しみます。

(夜中にイスラエル警察が押し寄せてきた当時の様子を語る長男・モハマド/撮影・土井敏邦)
(夜中にイスラエル警察が押し寄せてきた当時の様子を語る長男・モハマド/撮影・土井敏邦)

 5歳の娘ハナンは今もトラウマに苦しんでいます。よく泣き、叫び声をあげます。警察は自分たちを拷問するためにここに来たんだと思ったのです。

 4歳の息子モハマドはこの破壊でいちばん影響を受けました。イスラエル警察やエルサレム市役所の車を恐れ、それを見るたびに『また家を壊しに来る!』と言うんです」

 「家が壊された直後、子どもたちは路上で寝泊まりしていました。どこにも行く所がなかったからです。そのために娘の一人は今なお精神的な問題を抱えています」

 「もちろん私たち夫婦もひどい影響を受けています。私は喪失感に苦しんでいます。夜も昼も働いても経済状態はひどいものです。一方で壊された家のローンも払わなければなりません。

 大きく素敵な家に暮らした後に、小さく窮屈な家で暮らす子どもたちを毎日見続けることで私の精神的な問題は続いています。12歳のムーサは以前はとても幸せで家の遊び場で自転車で遊んでいました。しかし今の借家にはそんな遊び場もありません。自転車を置く場所さえないんです。子どもたちは遊びたくてもそのための場所もありません。4歳の娘は自分のための個室が欲しいと言います。それが私の精神的な苦悩を増幅させます。もう大きな家を買う金がないからです。

 傷ついた自分の感情を言い表せません。この破壊された家を見たり思い出したりするたびに悔しくてなりません」

(破壊された家の瓦礫の前で、かつての家の様子を語るイスラム/撮影・土井敏邦)
(破壊された家の瓦礫の前で、かつての家の様子を語るイスラム/撮影・土井敏邦)

 「正直、これからどうしたらいいのかわかりません。月給は5000シェケル(約15万円)で半分以上を家賃に支払い、残りが生活費です。まったく貯金などできません。ひどい経済状態です」

 父親ムーサもイスラム一家の生活が心配でならない。

 「息子は今、ひどい状態で暮らしています。ちゃんと家で暮らす毎月1000ドルの金がありません。息子の給料は5000シェケルです。その金で家賃を払い、子どもの教育費や食費を賄えるでしょうか。息子は支援なしではきちんとした生活を送れません。

 この状態が息子や孫たちの将来に大きな影響を及ぼします。父親は病気になれば、子どもたちは家族を支えるために学校を中退せざるをえなくなります

 子どもたちは心理的な面はとてもひどい状態です。記憶喪失に陥り、生活の全てが破壊された家の瓦礫の下に埋もれてしまったからです。たぶんこの全てが子どもたちを悪い方向へと変えてしまい、ドラッグに走ってしまう。そして彼らの全人生を破壊してしまうのです」

(イスラムの父親ムーサ/撮影・土井敏邦)
(イスラムの父親ムーサ/撮影・土井敏邦)

【土地に留まる“闘い”】

 「破壊されるのは私の家だけではありません」とイスラムは言う。「シルワンの住民の多くが、家の破壊で苦しんでいます。イスラエルは私たちをこの土地から追い出したいのです。私たちが他の世界の人びとと同じように普通に暮らすことを望まないのです」

 「私はイスラエルに対して激しい怒りを抱きます。私たち人間としての尊厳を持って生きることを許さないからです。私だけではなく、エルサレムの住民全てをです。イスラエル当局は私たちがここで暮すことを望まず、追い出そうとしてますが、私たちはここに留まり続けます」

(幼い6人の子どもを抱え、家を失ったイスラムは途方に暮れる/撮影・土井敏邦)
(幼い6人の子どもを抱え、家を失ったイスラムは途方に暮れる/撮影・土井敏邦)

 父親ムーサもまた「この現状は自分たちだけの問題ではなく、ここのパレスチナ人全体の問題」だと語る。

 「この地域のすべての人が苦しんいる時に、私たちに起こったことだけを嘆いたりできません。私はこの地域の全ての人たちに、『家の建設を止めるな』と訴えています。家を建てる者はパレスチナ人全体の“家”を建てているのです。私たちは家を壊すつもりはないし、家を造り続けます。そしてこの土地に永遠に残るのです」

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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