ノルウェー国営テレビが大炎上 選挙特番でヒジャブを被った女性を司会者に
ノルウェー国営放送局NRKが選挙特番として放送した番組『ファーテンは選ぶ』が大炎上した。
11日に行われた国政選挙で、より多くの若者に投票をしてもらおうと局が企画した番組。22歳の女性ファーテンが、「自分に合う完璧な政党はあるのか?」と問題提起しながら、各党の政策を5回のエピソードで紹介していく。
炎上に発展した理由は、司会者であるファーテンがヒジャブを被っていたことだった。
十字架ネックレスはダメで、ヒジャブはOK?
2013年、NRKではニュース番組の女性司会者が、「十字架のネックレス」を首にかけていたことが議論に発展。
宗教の中立性が問題視され、一部の視聴者がクレームをつけ、局はこの司会者に十字架のネックレスは今後つけないように言い渡す。
では、2017年の選挙特番では、なぜヒジャブを被った女性が司会者となっていいのか?番組放送前から苦情が殺到した。
NRKは、「ニュースジャーナリズム」には宗教の中立性が求められる。しかし、若者向けの『ファーテンは選ぶ』はニュース番組ではないため、宗教の中立性は同じように求められないと説明。
「お前はネズミ」
ヒジャブを被った女性には「ネズミ」、「お前がテロを呼ぶ」など、ヘイトスピーチが届き、警察に通報される事態に。
このことが「炎上」から「大炎上」に発展したのは、その後だった。
NRKのエーリクセン代表は、その後現地メディアにこのようにコメント。
この発言が、さらに一部の人々を憤慨させることになった。
意見しただけで、国営局に人種差別者と一緒にされた
「宗教的なシンボルを国営放送局がどう扱うべきか、受信料を払っている立場として意見しただけで、黒い力・人種差別者・悪い人間・ヘイトスピーチ増産の原因と決めつけられた。国営局としての限度を超えている」というのが、人々の怒りの元だった。
ノルウェーでは、移民や難民などの課題を公に口にするだけで、「人種差別者」と思われることもある。
だからこそ、右翼ポピュリスト政党が不満の受け皿となり、「こっそり」投票する人もいる。
国営局という特別な立場があるため、ノルウェーにはNRKを監視する放送協議会がある。14人のメンバーのうち8人は国会、6人は政府より指名されている。視聴者からのNRKに対する苦情を客観的に分析・批判・評価するとされる組織だ。
NRKがSNSやメールなどで受けた苦情やヘイトスピーチとは別に、この放送協議会には『ファーテンは選ぶ』に対して5577もの苦情が届いた。そのうちの97%は、番組放送前に送られたもの。協議会がひとつの番組に対し、過去にこれほどまでの苦情を受けたことはないとされる。
放送前にNRKに届いた3600以上のクレーム、ファーテンに直接送られた批判や恐喝、SNSで沸いた声、放送協議会に届いた5000以上のクレームは、世間では区別なく全て一緒に「クレーム。ほとんどが増悪表現」と社会では認識されてしまった。
この「放送協議会に殺到したクレーム」も、まるでほどんとがヘイトスピーチであるかのように当初は誤解されて議論されていた。
5577もの苦情のうち、憎悪表現や恐喝は「たったの19件」
協議会が審査した結果、ヘイトスピーチや恐喝というカテゴリーに該当するとされたのは、「たったの19件」だったことが9月14日に判明。
この「たったの」を、多いと受け取るか少ないと受け取るか、増悪表現ならば1件でも問題視するかは人によるだろう。
多くのクレームはヘイトスピーチではなく、視聴者からのまっとうな意見・批判だった。
NRKの対応が世論を分裂させ、議論を難しくしたか
今回の件では、NRKは世論を極端に分裂させてしまい、もっと慎重に視聴者からの声を取り扱うべきだったと協議会から指摘される。
一方で、SNSなど様々な方面からヘイトスピーチや恐喝を受けた女性の司会者を、かばおうとした局の姿勢は評価される。
「若い少数派の勇気ある言動はかき消されやすい。不当な攻撃を受けている時にはサポートする環境も必要」と協議会は意見する。
「例え4000もの苦情がヘイトスピーチではないとしても、彼女はネズミ呼ばわりされ、ヒジャブはナチスのシンボルと同じであり、テロを寄せ付けると言われた。軽視できる事態ではない」とNRKのエーリクセン氏は話す(Aftenposten)。
一方で、「ただ意見しただけで、人種差別者と一緒にされた」と思った人々からは、エーリクセン氏は辞任するべきだという声もある。
同番組の責任者の一人であるモシュレット氏は、人気の高校生ドラマ『SKAM』を手掛けた人物としても知られる。今回の騒動に対して、「ファーテンが番組に出演することは自然の流れだった。彼女はなによりもスカンジナヴィア人です。彼女は“ヒジャブを被っている人”以上の存在。数年後には、今回の騒動は理解しがたいものになっているのでは。彼女は僕たちの時代のひとつです」(VG)。
首相や移民大臣が憎悪表現を注意
あまりにも騒動が大きくなり、アーナ・ソールバルグ首相は「ファーテンがこのような憎しみを受ける必要はない」と擁護(NRK)。
子どもがヒジャブやニカブを被ることには否定的なシルヴィ・リストハウグ移民・統合大臣も、「例え意見が違ったとしても、互いを尊重しあわなければいけない」とコメント。
「ヒジャブと十字架の使用においてNRKが批判される理由は理解できる。だが、若い女性がヒジャブを被っているからと、憎まれ脅されることは受け入れがたい。彼女が頭に何を被っていようと、何を発言しようと、相手はまだ少女でしかないのだから」と自身のFacebookで語った。
「撃たれてしまえばいい」などのヘイトスピーチを受けたファーテンは8月末にNRKを通して初めてコメント。
今回の出来事で、外国人や外国人風に見えるノルウェー人が公での議論参加をさらに避けるようになるのでは、という心配も指摘されている。
Text: Asaki Abumi