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美食家たちの一大事、ミシュラン3つ星の名店トロワグロがウーシュへ移転した背景と3つの変化

東龍グルメジャーナリスト

日本で展開しているフランス料理

フランス本国にあるフランス料理店で、日本でもブランドを展開しているものは多いです。

ホテルニューオータニ「トゥールダルジャン」、ANAインターコンチネンタルホテル東京「ピエール・ガニェール」、「ベージュ アラン・デュカス」、「ジョエル・ロブション」など、ミシュランガイドで星を獲得しているブランドは少なくありません。

こういったフランス料理店と同じく、オープンする時に話題を呼んだ店の一つとして、<一生に一度は味わいたい超高級食材、白トリュフを使う理由とこだわり>でも紹介したハイアット リージェンシー 東京「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」が挙げられるのではないでしょうか。

ブティックやカフェもオープン

ウーシュの「トロワグロ」 昼(photo by Marie-Pierre Morel)
ウーシュの「トロワグロ」 昼(photo by Marie-Pierre Morel)

「トロワグロ」は小田急グループと関わりが深く、「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」だけではなく、小田急百貨店新宿店本館の地階にグロサリーやスイーツを販売する「ブティック・トロワグロ」や、本館8階に利用し易い「カフェ・トロワグロ」をオープンしたりしています。

この「トロワグロ」の旗艦店とも言うべき「メゾン・トロワグロ」は、1968年からずっとミシュランガイドで3つ星を獲得し、「トロワグロ」と言えばロアンヌの名店、ロアンヌの名店と言えば「トロワグロ」というくらい、ロアンヌと結びつきが強いレストランでした。

それが、この2017年2月18日に、1930年から居を構えたロアンヌの駅前広場を離れ、ウーシュへ移ることになったのです。

レストランの正式名称も「メゾン・トロワグロ」から「トロワグロ」へと変更し、「トロワグロ」の新しい歴史が始まりました。

日本で移転したフランス料理店

ここ数年の間に東京で移転したフランス料理と言えば、こういったところが思い浮かびます。

  • カンテサンス

2013年8月24日 白金台から御殿山に

  • ラス

2013年11月29日 南青山5丁目から南青山4丁目に

  • フロリレージュ

2015年3月19日南青山から神宮前に

  • ドミニク・ブシェ トーキョー

2015年7月27日 銀座5丁目から銀座1丁目に

いずれとも、移転後も引き続き成功しています。

しかし、人気店であり、移転せずとも十分な客入りが見込めていたことを鑑みれば、あえて移転したのには決心を要したと言えるでしょう。

移転のメリットとデメリット

移転することによるメリットは何でしょうか。

それは、近代的な設備を利用できたり、デザインを思い通りに敷き直せたり、席数を増やせたり、動線を改善できたり、オープンキッチンにしてダイナミックに見せたりと、それぞれのレストランが目指すビジョンに近いフランス料理を実現できることです。

しかし、もちろんよいことばかりではありません。移転するには、リスクも伴います。

まず、これまでに訪れてくれていた地元の客を失うことになります。次に、設備投資や移転の経費が発生して、余計にお金がかかるでしょう。

店の造りが変わることにより、これまでとオペレーションも異なってくるので、スタッフの慣れも必要となります。

ロアンヌを離れた理由

4代目 セザール・トロワグロ氏(photo by Marie-Pierre Morel)
4代目 セザール・トロワグロ氏(photo by Marie-Pierre Morel)

以上のように、移転は簡単なことではありません。

そして、それは名店「トロワグロ」であってさえも同様で、87年も店を構えていたロアンヌ駅前広場を離れるのは、かなりの英断でした。

4代目のセザール・トロワグロ氏は「新しいことを実現するにはロアンヌの駅前広場の場所では手狭に感じていた」と移転のきっかけを話し、「ウーシュの移転先は20年ほど売りに出されており、1996年にシェフ・ミッシェル(3代目ミッシェル・トロワグロ氏)が訪れたこともあった」と縁のある土地であったと説明します。

こういったことに加えて、「現存する建物も美しく、全体的に素晴らしい環境であったので、「トロワグロ」の目指す新たなサービス、料理、ホスピタリティすべてを叶える場所として最適であった」と決意のほどを述べます。

ウーシュはロアンヌから約7キロ離れた場所にあり、フランス人にさえも、あまり知られていません。

しかし、セザール氏が話したように、移転先のウーシュでは、豊かな自然に囲まれた17ヘクタールもの広大な土地を有し、果樹園や池、野菜畑もあります。

セザール氏が「私たちの料理にウーシュの環境が大きく影響して革新をもたらすと考えている」と語るように、「トロワグロ」がさらなる進化をするためには、ウーシュへの移転は必要だったのです。

移転に伴う変化

では具体的に、移転に際して何が変わったのでしょうか。

以下の3つに関して説明していきましょう。

  • キッチンやダイニングの変化
  • ユニフォームやサービスの変化
  • 料理の変化

キッチンやダイニングの変化

ウーシュの「トロワグロ」 夜(photo by Marie-Pierre Morel)
ウーシュの「トロワグロ」 夜(photo by Marie-Pierre Morel)

キッチンが以前よりやや広くなり、設備も新しくなりました。これによって、料理人が働き易くなり、さらにパフォーマンスが高まっています。

ダイニングの雰囲気が大きく変わりました。

大きく張られた窓からは外がよく見え、たくさんの光が入るようになっています。

もともと建物の中央には地面から天井へと伸びる大きな樫の木が立っていましたが、ダイニングのデザインと相まって、まるで森の中にいるような自然と調和した雰囲気となっています。

ユニフォームやサービスの変化

サービススタッフのユニフォームも一新されました。

これまでも温かみのあるサービスを提供していましたが、ネクタイにジャケットというユニフォームのため、今の時代にしては、少しきっちりしている印象がありました。

しかし、ネクタイとジャケットをやめ、より親しみ易い雰囲気となったのです。男女それぞれのユニフォームも同じデザインとなり、より一体感をもつようにもなりました。

サービス自体もクラシックなカチッと統一されたものから、サービススタッフに任せて、それぞれが個性を発揮するようにし、客がオリジナリティ溢れる体験を享受できるように試みています。

料理の変化

料理に関しては、実はまだ大きな変化は起きていません。

しかし、ウーシュには果樹園や野菜畑があるので、果実が成熟してきたり、自家栽培の野菜が育ってきたりした頃に新たなクリエーションが生み出されることが期待されます。

他には、広い敷地内の散策、池での水泳や釣り、乗馬、宿泊もできるようにするなど、レストランだけにはとどまらず、様々なアクティビティを提供できる魅力的なオーベルジュとしても機能するようになりました。

ブラカヴァル氏がウーシュへ

今回ロアンヌからウーシュへと移転したことを機会に、「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」エグゼクティブシェフであるギヨーム・ブラカヴァル氏がウーシュで2017年4月に5日間の研修を受けてきました。

早朝から市場に出掛け、他の料理人と共に働き、新しい「トロワグロ」を自身で体験してきたのです。ミーティングでは積極的にディスカッションするなどし、今後の方向性に対しても意見を交わしてきました。

5月には、ブラカヴァル氏と共に「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」で中核を成す、支配人 兼 エグゼクティブソムリエのダミアン・マザー氏やシェフ パティシエのミケーレ・アッバテマルコ氏も研修を受けるためにウーシュを訪れます。

日本への影響

ブラカヴァル氏はウーシュで研修を受けてきましたが、それによって日本でも何か影響はあるのでしょうか。

ブラカヴァル氏は、今のところ取り入れるまでの大きな変化はないとしていますが、「トロワグロ」のブティックで売られている商品やワインのエチケットのデザインが変わっているので、こういったところから少しずつ取り入れていきたいと述べています。

大自然からインスピレーションを受けたりする機会を得られたり、果樹園の果実が熟すのが楽しみであったりと、ブラカヴァル氏はウーシュへの移転を非常にポジティブに捉えているので、近い将来、料理に何か新しいエスプリが加えられそうです。

新生「トロワグロ」スペシャルメニュー

インサラータ
インサラータ

以上のように、「トロワグロ」がロアンヌを離れ、ウーシュに移る背景を説明してきましたが、この大きな節目を記念して、「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」では、2017年5月1日から29日まで以下の通り「新生『トロワグロ』スペシャルメニュー」を提供しています。

  • はじまりの一品
  • アミューズ ブーシュ
  • アスパラガス 蕎麦の実とオゼイユ
  • 帆立貝と”umami”
  • ホウボウのルージュ
  • ラングスティーヌと野菜のだし ピメントバター
  • 天城軍鶏のシュプレーム ソース simsim
  • チーズセレクション
  • セルからシュクルへ
  • 小菓子
  • インサラータ

※チーズセレクションを除いたコースもあり

先に登場した「トロワグロ」4代目のセザール・トロワグロ氏も来日し、開始直後の数日間レストランにいることからも、このフェアをいかに大切にしているかが理解できるでしょう。

フェアが開催された理由

このフェアはいつ頃から、どのようにして企画されたのでしょうか。

実はウーシュへ移転する前、10周年となる2016年9月の段階で既に、ブラカヴァル氏は構想を練っていました。

だいぶ以前から構想を練っていた理由はこうです。

フランスでは「トロワグロ」の移転は発表された当時から大きなニュースになっていました。

しかし、日本では、フランス料理通であれば大いに関心を持っていましたが、フランスほどには大きなニュースとなっていませんでした。

そこで、日本の「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」でフェアを行うことによって、「トロワグロ」が第二の創生を迎え、新しい歴史を刻んでいくことを日本でも伝えたいと考えたのです。

そして、最も新しい「トロワグロ」を伝えるためにも、ブラカヴァル氏がウーシュへ研修に訪れたのです。

料理の特徴

このコースはウーシュへの移転を記念したものですが何か特別なものはあるのでしょうか。

実は、これまでのブラカヴァル氏のコースにはない大きな特徴があります。

日本の「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」は、日本の食材や日本人の舌について熟知したブラカヴァル氏に任されおり、いくら定番や人気であるからと言って、フランスの「トロワグロ」の料理をそのままに提供することはありません。

しかし今回は、ウーシュへ移転したことをきっかけに、日本の食通にもフランスの「トロワグロ」の料理を味わってもらいたいという想いがありました。

そこで、ブラカヴァル氏がアレンジしながら、「トロワグロ」の料理を提供することになったのです。

ブラカヴァル氏は全体のバランスを考えながら、「アスパラガス 蕎麦の実とオゼイユ」「ホウボウのルージュ」「天城軍鶏のシュプレーム ソース simsim」という「トロワグロ」の3皿をコースに組み込みました。

アスパラガス 蕎麦の実とオゼイユ

アスパラガス 蕎麦の実とオゼイユ
アスパラガス 蕎麦の実とオゼイユ

旬の時期になるとフランスではお祭り騒ぎとなるアスパラガスを使った一品です。

蕎麦の実は、殻付きと殻付きでないものとを合わせているので複雑な食感。日本ではそのまま一枚で使われることの多いオゼイユの葉は細かく刻まれています。

ホウボウのルージュ

ホウボウのルージュ
ホウボウのルージュ

「トロワグロ」では、ヨーロッパの高級魚ルジェー(ヒメジ)が使われていますが、関東ではあまり食べられていない魚なので、ブラカヴァル氏はホウボウを用いました。

パプリカで色を付けて魚の皮を再現したり、付け合わせの揚げたアーティチョークに刻み海苔を据えたりするなど、他にはない表現です。

天城軍鶏のシュプレーム ソース simsim

天城軍鶏のシュプレーム ソース simsim
天城軍鶏のシュプレーム ソース simsim

天城軍鶏の胸肉を使ったさっぱりとした料理です。

simsimソースはセサミを使ったエスニック風ソースで、鶏の出汁であるジュ・ド・ヴォライユをベースにしています。

酸味もあってバンバンジーのソースに似ているので、日本人には馴染み深い味であると感じられるでしょう。

ミッシェル氏の名前を冠した唯一のレストラン

海外ブランドが日本へ上陸した際に、本店・支店という区分はよく用いられます。

しかし、「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」は、フランスの「トロワグロ」と本店・支店という関係にはなく、「トロワグロ」のオーナーシェフであるミッシェル氏の名前を冠した、フランス国外で唯一のレストランという位置付けになっているのです。

フランスではウーシュへ移った際に「メゾン・トロワグロ」から「トロワグロ」に名前を変更しましたが、その理由は、あえてメゾンを冠さずとも自他共に認めるメゾンであることを十分に示すことができているからではないかと、私なりに解釈しています。

(実際は「トロワグロ」の他に経営している2店舗「ル・サントラル」「ラ・コリーヌ・ド・コロンビエ」を含めて3つのメゾンという言い方に変わっている)

「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」の<キュイジーヌ[s]>は多義に渡るフランス料理を意味していますが、ギヨーム氏の料理はフランス料理をもとにしながらも、その枠にとらわれない料理へと進化していることは、フランス料理通の間では既知のことなので、先の私なりの解釈をもって鑑みてみれば、歴史的なメゾンの海外唯一となるこのレストランは、もしかすると近い将来「ミッシェル・トロワグロ」というシンプルな名前に変わるかも知れないと想像を膨らませています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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