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加熱式タバコ「アイコス」は「がん細胞を増殖」させる? 横浜市立大学の研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 加熱式タバコの有害性について、次第に詳細な研究が出されるようになってきた。最新の研究では、アイコスのエアロゾルからの抽出物に、がん細胞の増殖などに関係する物質が含まれていることが示唆されている。

加熱式タバコに有害性はあるか

 加熱式タバコの喫煙者が増えている。タバコ会社のイメージ広告などで「従来の紙巻きタバコより有害性が90%低い」などという文言を耳にし、タバコをやめられないなら加熱式タバコに切り換えればいいと考え、タバコをやめる代わりに加熱式タバコを吸い続けるケースがある。また「加熱式タバコには害がない」などという間違った知識で吸い始める人も少なくない。

 では、加熱式タバコは本当に害が少ないのだろうか。吸っても大丈夫なのだろうか。

 答えは「ノー」だ。

 中国の研究グループが2023年10月に発表した研究では、生体細胞を模した立体構造モデルを用い、加熱式タバコの毒性評価をしている。その結果、紙巻きタバコと同様、加熱式タバコも酸化ストレスによる細胞毒性を示し、細胞内ミトコンドリアの代謝サイクル(TCA)に悪影響をおよぼすことが示唆された(※1)。

 あるいは、スウェーデンの研究グループが2024年3月に発表した研究では、加熱式タバコの短期間の喫煙でも血管機能へ悪影響がみられ、血栓の形成や動脈硬化の徴候が出ることがわかった。加熱式タバコの喫煙後、すぐに心拍数が増加、アテローム性動脈硬化症の危険因子として知られる現象が起きたという(※2)。

 このように最近、加熱式タバコの毒性についての研究が続々と出てくるようになってきている。そして、また新たな研究が付け加えられた。

アイコス・イルマのタバコスティックを検証

 横浜市立大学の研究グループが、アイコス(イルマ)のタバコスティック(テリア)からの抽出物の細胞毒性を調べたところ、活性酸素(ROS)の生成と細胞内のカルシウム(Ca2+)濃度の上昇という現象が起き、がん細胞を増殖させるなどの毒性があることがわかったと日本生理学会の英文誌に発表した(※3)。

 同研究グループは、従来の紙巻きタバコとアイコス・イルマのテリアからニコチンとタールを除去した抽出物を用いた。ちなみに、テリアはアイコス・イルマの専用タバコスティックで、スティック内部に金属片を入れており、国内で販売されている主流の製品となる。

 そして、それぞれの抽出物を、ヒトの口腔扁平上皮がん細胞株(OSCC細胞)、ヒト歯肉線維芽細胞などに曝露させ、細胞生存率による細胞毒性、細胞の自死(アポトーシス)、p38というタンパク質(ストレスや炎症性サイトカインなどによって細胞外の刺激を細胞内へ伝えて細胞の機能に影響をおよぼす役割を持つ)の発現と変化(リン酸化)、活性酸素(ROS)の増減、細胞内のカルシウム濃度などを調べた。

 現状の研究において、喫煙者の加熱式タバコの吸い方はまだはっきりと標準化されていない(※4)。多種多様な仕様の製品が次々に出ているためもあるが、同研究グループはアイコス・イルマに関しては5ミリリットル(80パフ、1パフは1回の吸引)の抽出物を用い、これは現実世界の喫煙による濃度と大きく異ならないとした。

 その結果、従来の紙巻きタバコに比べると影響は低いものの、アイコス・イルマの抽出物には、細胞増殖を抑制するなどの細胞毒性があり、細胞の自死を促進し、異常な細胞増殖がみられるなどの悪影響をおよぼす成分が含まれていることがわかった。

 これは、従来の紙巻きタバコと同様、アイコス・イルマには、p38タンパク質と変化(リン酸化)による細胞の自死(アポトーシス)、細胞内のカルシウム濃度の上昇、活性酸素(ROS)の産生などを引き起こすなどの作用のあること、さらに従来の紙巻きタバコとは異なった細胞内カルシウムによる異常な細胞増殖が示唆されることを意味する。

がん細胞を増殖させる有害物質が

 我々の細胞には、細胞の外と中でカルシウムの濃度を調節する機能があり、通常、細胞内のカルシウム濃度は一定に保たれている。だが、この濃度調節機能が壊れると細胞機能が低下したり、細胞が死んだりすることで、がんや心血管疾患を発症するなどの影響が出る。

 細胞外からの様々な刺激により、細胞内のカルシウム濃度が変わることが知られている。喫煙もそうした刺激の一つだ。

 今回の研究により、加熱式タバコのアイコス・イルマにも従来の紙巻きタバコと同様、細胞への刺激と活性酸素による毒性があるということがわかった。

 同研究グループは、アイコス・イルマに含まれている物質のどれが細胞への毒性などを持つのかはわからないとしつつも、がん細胞の増殖を低濃度でも促進させる物質が含まれている危険性があると述べている。

 これまでの研究によれば、アイコスのタバコスティックには、従来の紙巻きタバコの毒性評価では用いられてこなかった物質が多く含まれていることがわかっている(※5)。そのため、従来の紙巻きタバコとの相対的な比較ではなく、加熱式タバコ製品の絶対的な安全評価が求められている。

 もちろんタバコ会社が言っているように、喫煙者や家族らの健康のためには、紙巻きタバコも加熱式タバコも両方やめることが最も効果的であるのは間違いない。

※1:Hongjuan Wang, et al., "Evaluation of toxicity of heated tobacco products aerosol and cigarette smoke to BEAS-2B cells based on 3D biomimetic chip model" Toxicology in Vitro, Vol.94, 18, October, 2023
※2:Gustaf Lyytinen, et al., "Use of heated tobacco products (IQOS) causes an acute increase in arterial stiffness and platelet thrombus formation" Atherosclerosis, Vol.390, 117335, 6, March, 2024
※3:Nagao Kagemichi, et al., "Cytotoxic effects of the cigarette smoke extract of heated tobacco products on human oral squamous cell carcinoma: the role of reactive oxygen species and CaMKK2" The Journal of Physiological Sciences, Vol.74, article number 35, 25, June, 2024
※4:Ola Ardati, et al., "Impact of smoking intensity and device cleaning on IQOS emissions: comparison with an array of cigarettes" Tobacco Control, Vol.33, Issue4, 6, January, 2023
※5:Gideon St.Helen, et al., "IQOS: examination of Philip Morris International’s claim of reduced exposure" Tobacco Control, Vol.27, Issue Suppl 1, 29, August, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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